第35話 未来視(1)

 特訓開始から5日後の朝、万里と共にホテルを出た万有の顔は酷くやつれていた。


「どうしたの万有君、すっごい疲れた様子ね?」

「……当たり前でしょう。この四日間心動かされっぱなしで、おちおち夜も眠れなかった。特に二日目の閉館間際に見たホラーなんか、怖すぎて夜通し震えてたんですから」

「あれ怖かったわねー、私は未来視で展開知ってたからノーダメージだったけど」

「ズルいッスよマジで」

「ズルいことも自由に遠慮なくする、それがS4だって教えなかったかしら?」

「……確かに教わりましたが、それはそれとして恨みますよ」

「まあまあ、疲れてると思って栄養ドリンク買ってきたから飲みなよ」

「それでごまかせるほど軽い症状じゃないですけど、無いよりはマシですかね」


 万有は万里から受け取ったドリンクを飲み干し、重力で瓶を圧縮してポケットにしまう。


「それで、何か新しいワザは開発できた?」

「再現できるかどうかは別として、いろんなワザは思いついてます。ヒュドラを倒す鍵になるかは分かりませんがまあ、試さなきゃ分かりませんよね」

「近々試す機会は来るわ。それはそれとして、今から3秒後にしゃがみなさい」

「しゃが……え?」

「3、2、今!」


 咄嗟にしゃがむ万有。そんな万有の頭上スレスレを、どこからか飛んできた矢が飛んでいく。通り過ぎた矢が地面に当たると、地面は石造りだったにも関わらず矢はしっかりと突き刺さる。


「なっ、矢だと!?」

「特異体エルフの襲撃が始まった。だから、名残惜しいけど特訓は終わり。エルフに攻撃を仕掛けるわよ」

「分かるんですか、奴の居場所が」

「場所も分かるし、どのタイミングでどう死ぬかも知ってるわ。教えらんないけど」

「なら万里姉に全部任せます。連れて行ってください」


 駆け出した万里に着いていく万有。万里と万有は近くにあった駅に駆け込み、偶然止まっていた急行電車に乗り込んだ。


「7号車の2番ドアを入った奥の左側の列、その中で2番ドアに最も近い二つの座席が矢の届かない安全区画よ」

「7号車といったら丁度ここですね。んで二番ドアの奥の列の左側……あった、ここだな」

「それと20秒後にアレンって子から電話が来るから、それも取ってあげて」

「アレンが? わかりました」


 それから20秒が経つと、確かに万有の携帯が鳴り出す。すぐさま通話を受けると、電話口からは確かにアレンの声がした。


 万有はアレンから、紫色のモンスターを操る被検体1号のこと、そしてモンスターを倒すとヒュドラ起動に必要なエネルギーが集まってしまう事の説明を受ける。


「なるほどな、じゃあ俺がブラックホールでスライムを消す判断をしたのは正解だったって訳だ」

「ああ、スライムが正規の方法で倒されていたら今頃危うかっただろうな」

「他2体も同じ方法で倒せばと言いたいところだが……前例がある以上、簡単にはそうさせてくれないよな」

「僕もそう考えてる。それとミトラがお前達に合流しようと向かっているから、彼女と会ったらエネルギーの件について知らせてくれないか?」

「わかった。ありがとな、命がけでこの情報を持って来てくれて。くれぐれもお大事に」

「おう」


 電話が切れたのを確認し、携帯を懐にしまう万有。そのまま万里にこの事を伝えると、万里からは「知ってる」という答えが返ってくる。


「ついでにもう一つ言うと、これから向かう場所にはゴーレムも召喚される。けどそいつには私の能力を使えなかったから、ミトラちゃんと協力して、アドリブで対処お願いね」

「万里姉の能力……確か、『対象に視認されていない間、行動及び意思を指定できる能力』でしたっけ?」

「そうよ。相手が目の前にいない状態に限り、相手がこれから取る行動を無理のない範囲で自由に変えられるの」

「これとパッシブの『未来視』が合わされば、戦わずして勝ちを確定させられるんだから強いですよねえ」

「でも簡単に勝てちゃうとつまらないからつい善戦させちゃうの、これ私の悪い癖」

「だがその悪癖がなければ、俺達は世界を滅ぼすモンスターになってしまいます。そのクセが俺達を人の域に留めてると考えれば、少しは感謝する気になりません?」

「言えてるわね。それじゃ私終点まで寝てるから、着いたら起こしてね……」

「万里姉! ここ電車内ですよ!」

「大丈夫大丈夫、終点まで誰一人この電車に乗ってこないことは未来視で確認済みだから」

「そう言う問題じゃ……はあ、わかりましたよ」


 溜息をつく万有に構わず座席に寝転ぶ万里。宣言通り万里はすぐに寝息を立て始め、万有に起こされるまでずっと熟睡していた。


 終着駅に降り立ち、改札を出ようとする万有だったが、万里に肩を掴まれて立ち止まる。


「良い? 改札を出たら5分間、どれだけ辛くても走り続けて。もし少しでもペースを落としたら、重力に適応した矢が君の額を貫いてしまうから」

「……了解です」


 万里の合図と同時に走り出す二人。駅を出たと同時に無数の矢が空から降り注ぐも、綺麗に二人に当たらずに軌道を横に逸れる。


(万里姉がエルフを操って矢の軌道を変えさせたんだな。果たして1号はこの展開を視野に入れてるのだろうか)


 そのまま走り続ける事5分。万有と万里がたどり着いたのは、広い遺跡の中だった。


「止まって」


 右足を前に突きだして滑りながら止まる万有。顔には汗が滲み、息もかなり切れている。


「あ、あの……重力で浮いて移動、ってのは……しちゃ、ダメだったんですか?」

「え、してなかったの? てっきりそうしてるもんだと思ってたわ」

「してよかったのかよ……真面目に走って、損した……」

「疲れてるところ申し訳ないけど、今すぐその場で前転して」

「またこれかよ!!」


 急いで前転する万有。すると万有がいた場所に3本縦に並んで矢が刺さる。矢が飛んできた方を向いた万有は、紫色の皮膚を持つエルフと、その隣に経つ少年の姿を見る。


「初めまして吉野万有。そして、死んで頂きます」

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