第26話 笑われた分だけ
電気椅子からミトラを離す作業を万有とアレンがしてる最中、碧はゴブリンと互角の戦いを繰り広げていた。
お互い斬られては即座に傷が塞がりを繰り返すなど、埒のあかない状況に碧は悩んでいた。
(突破口が一向に見えない! お互い自己治癒能力が高すぎて、どれだけ深い傷を与えても意味が無いんだ! でも私にはこれしかやることが……)
「おい碧、本当に大丈夫かよ。丁度僕の手は開いてるし、必要なら援護するぞ」
「頼りたい所だけど……やっぱり一人でやらせて。手を貸して倒して貰ったってなると、後で燻る気がするから」
「……無理はするなよ」
再びゴブリンと向き合う碧。しかし意識がアレンに削がれた一瞬を狙い、ゴブリンに両足を切り落されてしまう。
(しまっ――)
続けざまに斧で顔を斬られて右目を失明、さらに回し蹴りを喰らって吹き飛ばされる碧。蹴り飛ばされた事で地面に落ちたククリナイフからも遠のき、碧は反撃手段を失ってしまった。
「碧!!」
懐から拳銃を取り出して構えるアレンだったが、万有にスライドを引かれて静止する。
「よせ」
「でも!」
アレンは万有の顔を見上げて睨もうとしたが、万有の苦虫を噛み潰したような表情を見て、静かに目線を電気椅子の設備に戻し拳銃を仕舞う。
「俺だって堪えてる。だが、生きながらに失敗した事実でプライドをズタズタにされる方がよっぽどキツいだろう」
「……なるほど」
「信じてみていろ、今に碧は巻き返す」
そう話す万有とアレンを余所に、碧は断たれた足を引きずってゴブリンとの距離を取ろうとする。しかしゴブリンはにやけ面でわざとゆっくり近づいていき、碧の表情を舐めるようにじっくり見回す。
(……やっぱり私、足手まといだ。S4たる万有ですら苦戦した相手に、B+級の私が適うと思った私が馬鹿だったんだ。かっこつけて死にに行って、馬鹿みたい!)
断たれた足を再生しようとする体とは対照的に、碧の心はすっかり落ち込んでいた。
(そうだ、私は馬鹿なんだ。有能であろうとしていろんな事をしてきたけど、やっぱり馬鹿は隠しきれないんだ)
ゴブリンはケタケタ笑いながら、拾い上げたククリナイフを碧の前に投げる。ついにはしゃがみ込み、碧を指さして爆笑しだした。
(……もういいや、ならもう取り繕わない。馬鹿を思いっきり押し出して、いくらでも笑われてやる、ただその代わり――)
碧は思いっきり左手で地面を押して体を浮かせ、右の拳によるフックの軌道にゴブリンの顔を捕らえる。
「笑われた分だけの幸を私にくれよ、神様」
ゴブリンの顔に渾身の右フックが当たったその刹那――凄まじい量の火花が飛び散ると共にゴブリンの顔が半分えぐれ、さらに広大な部屋の壁際まで一気に吹き飛ばされる。
頭から壁に激突し、失いかけている意識を何とか保とうとするゴブリン。そんなゴブリンの目の前に、青いオーラを全身から煌々と放つ碧が立ち塞がる。
「さっきまで笑ってたヤツに見下される気分はどうだ? 気持ち悪いだろ」
斧を手に取り、碧の体を袈裟斬りにするゴブリン。しかし出血するより先に、傷口がみるみる内に塞がっていく。
「虹保留からの大当たり、引かせてもらったぞ」
――冒険者の能力には、二種類存在する。普段から意識的に使用不使用を切り替えられる『能力』と、常に使用され続ける『パッシブ』の2つ。
今まで碧が能力だと思っていた物はパッシブにすぎなかった。碧の本当の能力は、攻撃の際319分の1の確率で出る『大当たり』を引き当てた時、150秒間に限り発現する。
碧は大当たりをゴブリンにぶつける0.001秒前にそれを知覚し、一度のみ宿る『能力の意思』によって本能でそれを理解する。
そうして碧が身につけた能力は――『攻撃した相手の痛覚を、現実の人間と同じ感度にまで調整する』というものだった。
「私が味わった苦痛を、お前にもお裾分けしてやる」
碧はゴブリンの顔を思いっきり殴りつける。するとゴブリンは途端に地面にうずくまり、頬を抑えてうなり始める。
「分かったか? 私達人間は本来、この一撃を食らっただけでアウトなんだよ。例え傷が完治しようと痛みは消えず、また痛んだ記憶もすぐには消えない」
ゴブリンは碧を睨み、ゆっくり立ち上がって殴りかかる。しかしその動きは非常に緩慢で、そのせいか碧はしっかり目で見てから余裕で攻撃を受け止められた。
「戦場に行ったらまた痛い目に遭うかも知れない、みんなそう思いながら戦ってる。分かったらあざ笑ったことを反省して少しぐらい敬意を払えよ、え?」
睨みながらゴブリンを見下す碧。その様子を見て、ゴブリンはフッと小笑いする。
「……そうか」
碧はゴブリンの腹を殴り、腹を押さえてうずくまったゴブリンの頭を踏みつけ――ククリナイフで首を落とした。
再生防止のため頭を遠くに蹴飛ばした碧は、ナイフを振って血を払ったのち、腰に提げた鞘にナイフを収める。
「あ、碧……?」
万有の呼びかけに、全身血まみれになった碧はぐるりと首を回して反応する。それに一瞬驚く万有とアレンだったが、その後二人揃って恐る恐る碧に手招きした。
その様子を見た碧は、目に涙を溜めて口角を上げる。
「み、みんな~!!」
両手を広げて万有の元に駆け寄り、力一杯抱きつく碧。
「痛かった、痛かったよぉ~! 慰めて! 慰めてくれないと――」
「偉い! 凄く偉いぞ。あの窮地からよくぞ逆転して見せた! そしてよく……生き延びてくれた。生きてるだけで偉いぞ」
「……ハハッ、あの時の私より良い事言ってる。どこまで行っても私は、君に勝てないんだなあ……」
万有の体からずり落ちて地面に寝そべる碧。心配して駆け寄った万有は、碧が寝息を立てている事に気づく。
「いいや、お前は俺に勝ってるさ。俺達はアイツに笑われることしか出来なかったんだからな。さあアレン、さっさとミトラを――」
その時、凄まじい電撃音と共にミトラが絶叫する。振り返ると、電気椅子が作動している事に気づく。
「な、なんだと!? アレン!」
「僕は何もやってないぞ! これは一体――」
「フフフ……」
声のした方を向いた二人が見たのは――ほうほうの体で立つ、リモコンを持った白衣の男だった。
「任務、完了」
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