第27話 蘇りし災厄の記憶
「任務、完了」
白衣の男に拳銃を向けるアレン。
「待て、奴は何かを話す気だ。それを聞いてからでも遅くない」
「……おいお前、妹に何をした?」
「貴様が兄だと? ハハ、この土壇場で笑わせないでくれ」
「無駄口を叩くな! さっさと話しやがれ!」
激高し、男の足元に銃弾を撃ち込むアレン。咄嗟に万有はアレンの銃の持つ手を上から押さえ付けるも、力負けして下げられなかった。
「彼女から取りたかった情報は取り切った。だからついでに、二年前に貴様が奪った彼女の記憶を蘇らせてやったのさ」
「なっ……!?」
目を見開き、拳銃を地面に落とすアレン。そのまま地に膝を着き、力なくうなだれる。
「記憶を? 良い事じゃないか、アイツは記憶を取り戻したがってた」
「……違うんだ万有。コイツの記憶は、蘇っちゃいけない物なんだ」
その時、ふと後ろで足音がする。その音に万有が振り返ると、そこには呆然とした表情で棒立ちするミトラの姿があった。
「ミトラ?」
「なんてことを……しでかしたんだ、アタシは」
「おい、どうしたんだ! 何とか言え!」
突如、ミトラはアレンが落とした拳銃の下に向かって走り出す。咄嗟にそれを察知したアレンが地面を叩いて拳銃を消すと、ミトラは転び、地面に伏せて泣き出した。
その様子を見て、密かに眉をひそめる万有。
「おいお前ら、こりゃどういう事だ」
「吉野万有、貴様は騙されていたのさ。彼女は村を滅ぼしたヒュドラを倒して冒険者達の仇を取りたいと言っていたらしいが――あの村を滅ぼしたのは、他でもない彼女自身だぞ?」
「……なんだと?」
「全く、こんな話を本人の前でさせるとは鬼畜な奴だ。だが話せと言われた以上は最後まで話さねば――」
「待ってください」
ミトラはゆっくり立ち上がり、男の方に向き直る。
「彼には私が、後で事の全てを話します。ですので博士」
胸の前で両手を交差させ、等身大のグリフォンを出現させるミトラ。ミトラが男を指さすと、グリフォンは突進の構えをする。
「先に地獄で待っててください。私もじきに、そちらへ参りますので」
グリフォンの突進を受けた男は、思いっきり壁に叩き付けられて意識を失う。手を降ろしてグリフォンを消したミトラは、振り返ってアレンの方を見る。
「アレン兄ちゃん、博士の尋問頼んで良いのらか? 博士なら、完成したヒュドラがどこにいるかを知ってておかしくないのら」
「……わかった」
アレンは暗い面持ちのままミトラの横を通り過ぎ、男の体を担いで階段を上っていく。その後ミトラは万有の下に歩き出し、ある程度の距離を取って止まる。
「もっと近寄れ、ミトラ。そう距離を取って話す程の仲でもないだろ」
「いや、もうそっちには行けないのら。今のアタシは人の闇そのもの、万有の隣に立つ資格はないのら」
「そうか、そこが落ち着くならそのままでいい」
「ごめんのら」
「それと、説明は急ぐな。お前が話したいと思ったその時に話してくれ」
「……いや、今説明させて欲しいのら。言うのは心苦しいけど、これ以上後になるともっと苦しくなる気がするのらから」
「そうか。なら善は急げだ、座って話をしよう」
地面に腰を落ち着ける万有。それに合わせ、ミトラもあぐらを掻く。
「……アタシの過去を話す前に、一つ聞いてもいいのらか?」
「どうした」
「アタシは万有に嘘をついたのら。記憶がなかったとは言え、自分でやった事を、さも誰かにされたかのように語って。その事を万有は、怒ったりしてないのらか?」
「何故怒る必要がある」
「もし最初からヒュドラの討伐が自分がした事の尻拭いに過ぎないことを知っていれば、きっと手を貸さなかったはずのら。なのに万有は、それを知らないまま退けないところまで連れて来られてしまった」
「……そういう」
「もし怒ってるなら、一発ぐらい殴ってもいいのらよ。キツ~いの、一発」
万有は頭を掻き、溜息をつく。
「お前、俺の事何か勘違いしてねぇか?」
「へ?」
「俺は聖人じゃねえ、だからお前に手を貸してるのは復讐を手伝うためじゃねえんだ」
「じゃあなんで――」
「単純にその時の俺がタダ働きに興味があっただけだ。だからヒュドラを倒す動機が復讐と尻拭い、どっちであろうと手を引く理由にはならないのさ」
「……」
「同時に、お前が過去に何をしていようが俺のスタンスは変わらない。俺は託された仕事を粛々と完遂するし、第一……」
「第一?」
「お前、望んで街を滅ぼした訳じゃないだろ」
「……どうしてそう思うのら?」
「そういう事をする奴じゃないって思った、そんだけだ」
その言葉を聞いたミトラは涙ぐみ、瞼からこぼれそうになる涙の粒を手で拭う。
「は、果たして話が終わった後も、そう言ってられるのらかね! じゃあ話すのらよ。『災いの子』の生誕、そして引き起こした一つの『終わり』の話を」
ミトラは目を閉じ、ゆっくりと語り出す。いつのまにか意識を取り戻していた碧も、万有のすぐ隣に座り込んで話を聞くのだった。
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