第12話 小金井 碧

 山小屋を出た後、ミトラは終電に乗り込んでモンスターの居る街に向かっていた。午前0時前と言うこともあり乗客は殆どいなかったが――


 ミトラの乗る車両にはミトラの他に、座席に寝そべり顔を覆って号泣する女性が一人乗っていた。


「う、うぅ……天井までハマった上に、せっかく引いた大当たりもすぐ終わるなんて聞いてないよ……」


 その女性は黒いブラウスに灰色のズボンという男装じみた格好をしており、さらに金髪ショートでかつ紫目、そして両耳に大量のピアスを付けていた。


(調子狂うのらねぇ。今から私、命張って任務に行くところのらけど)

「20万スった……このままじゃ……グスッ、今月の家賃も払えない……これからどう生きていけばいいの?」

(一日でそれだけ無駄にするとかむしろ才能のらね。でもこれ以上騒がれるといよいよ緊張感が抜け切っちまうのら。かくなる上は――)


 ミトラはショルダーバッグの中から札束を取りだし、その中から紙幣を20枚取り出す。それを持ち、ミトラはその女性に近づく。


「ちょっと、お姉さん! これをやるから二つ後ろの車両に行って欲しいのら!」


 紙幣を女性に突きつけるミトラ。すると女性は手を顔から離し、食い入るように見る。


「こ、子供がそんな大金……!? いやそんな事より、私はそんな金受け取れないよ。今日の負けは明日勝って取り返す! それが格好いいギャンブラーの生き様だからね」

「別に情けを掛けてる訳じゃなくて、単純に黙って欲しいだけのら。これから命を懸けてモンスター退治に行くって言うのに、目の前で泣かれてちゃ調子狂うのらよ」

「この時間に!? その年で命を!? 君は一体何者なの!?」

「うぅ、頭痛くなるから大声出さないで欲しいのら! とにかく、受け取るにしろ受け取らないにしろ早くどこか行くのら。泣きたいなら余所で泣くのらよ」

「……ふーん」


 女性は立ち上がり、ミトラの顔をジッと見つめる。女性の目は充血しており、涙の痕も見えている。しかしその表情からは、先ほどまで態度や言葉で見せていた悲しげな雰囲気は無くなっていた。


「面白いね君! 良いよ、泣くのはもう止めてあげる。その代わり……」


 女性は紙幣を持つミトラの手を掴み、しゃがんで目を合わせる。


「このお金で私を雇わない? 道中何が起るか分からないし、協会のルールにも依頼対象の討伐にさえ関わらなければ即興で同席可能って書いてあるからさ」

「でもさっきお金は受け取らないって言ってなかったのらか?」

「それは負け分の埋め合わせとしては受け取らないって話さ。労働の対価として受け取るなら、ギャンブラーの生き様に泥を塗らずしてその金を受け取れるの」

「は、はあ」

「どうせあげる予定だったお金でしょ? ならもう予定通り私にあげちゃわない?」

「……まあ、このまま見捨てるのも寝覚めが悪いのらからね。受け取るのら」

「やった! ありがとね」


 金を受け取った女性はバッグの中に直でそれを突っ込み、平然と蓋を閉じ元の場所に座る。


 それから、女性はミトラが置かれている境遇について根掘り葉掘り問いただし始める。ミトラは少し困惑しながらも事情を全て話し、気がつくと駅を降りて目的地に向かっていた。


 暗い獣道を進む二人。女性は懐中電灯で前方を照らし、ミトラは地図を見ながら歩き続けている。


「万有ねえ。そいつと暮してて、何か楽しいことあった?」

「まだ一緒になってから三日しか経ってないからわからないのらけど、少なくとも飽きることはなさそうのら」

「ならいいんだけど。あいつ平時は感情を表にしないからさ、居て楽しいのかなって」

「やけに詳しいのらね。知り合いのら?」

「……まあ、知り合いみたいなものかな。でも彼、私のこと覚えてるかな? 高校卒業して以来会えてないし」

「帰ったら会わせてあげるのらよ」

「いや、会うのはいいや。しかしまあ、君づてに彼に挨拶ぐらいはしてもいいかな。君、名前は?」

「ミトラ・ハルのら」

「ミトラちゃんね。そんじゃ万有に、『小金井碧こがねいあお』がよろしく言ってたって伝えておくれ」

「分かったのら……っと、そうこうしてるうちに目的地に着いたのらね」


 ミトラと碧の目の前には洞窟があり、そこの入り口は『立ち入り禁止』という標識が付いた一本の鎖で塞がれていた。


「うーん。くぐるには低すぎるし、またぐには高すぎるのら。なかなか罪な位置に付けやがるのらね」

「そういうときは壊すに限るでしょ。何、これから洞窟の地下深くでドンパチやるんでしょ? なら今大きな音立てても変わりゃしないさ」


 碧はバッグの中からククリナイフを出し、袖を大きくまくった右手で持って振り上げる。ミトラが顔を手で覆ったのを見た碧は、雄叫びと共にナイフを振り下ろす。


 ……しかし、傷ついたのは碧の方だった。下顎にまで到達するほどの大きなヒビが碧の腕に入り、たちまちそこから止めどなく血があふれ出す。

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