第11話 自由を受け入れる事
時刻は夕方。山小屋に帰ってきたミトラは、机を挟んで目の前に座る万有に店主としたやり取りの委細を報告する。
「……お前、玄武についてどれくらい知ってる?」
「モンスター自体の情報については知らないのらけど、街に居た時に冒険者から噂は聞いていたのら。何でも、A級冒険者が16人集まらないと倒せないとか」
「間違いではない。奴が持つ常軌を逸した防御力は、それほどの大人数で無ければ突破できん。少なくとも、一人で相手するモンスターではない事は確かだ」
「やっぱりそうのらか。ところで防御力って、具体的にどのくらいのらか?」
「玄武を倒すには、まず甲羅を破壊して全身に張り巡らされた不可壊のバリアを解除する必要がある。だがこの甲羅が硬くてな、数十人が同時に最大火力をたたき込んでようやくヒビが入るレベルだ」
「そ、そんなに……」
「しかし玄武ねえ、五年前に俺が対峙した奴と同じ個体なのかな。だとしたら俺も立ち会うべきか? 奴を取り逃したのは俺だし」
「仕留めきれなかったのらか!? あの万有が!?」
思わず机を叩いて立ち上がるミトラ。その反応に一切動じること無く、万有は話を続ける。
「俺はきっちり殺しきったつもりだったがな。だが奴は、狡猾にも死んだふりをして俺を騙していたらしい。要するに、奴にはそれを可能とする知能があるって事だ」
「モンスターが、知能を……」
「これまでの情報を経て、もう一度聞くぞ。本当に玄武の討伐に行くんだな?」
「女だけど二言はねぇのら。でも、準備くらいはして行くのら」
それまでリラックスしながら話を聞いていた万有だったが、その言葉に思わず眉をひそめ、背筋を伸ばす。
「準備? 何を準備する事があるんだ。玄武に関する情報は今伝えたのが全てだぞ」
「グリフォンを操るための特訓のらよ。あんなに強いモンスター、特訓無しで操れるとは思えないのらからね」
万有、深い溜息をつく。
「やっぱそう思ってたか。どうせお前、その特訓とやらも気合いで解決する感じだろ?」
「何故分かったのら!?」
「だろうな……俺の目を見ろ。大切な事をお前に伝える」
万有から漂う雰囲気が突然ガラッと変わった事に、ミトラは目を丸くして驚いた。
「な、何のらか急に」
「断言しよう。能力を使いこなすのに、特訓だの修行だのして苦労する必要は全く無い」
「……は?」
「能力者は水晶を通して自分が扱える力を知り、連想ゲームの様にそのキーワードからワザを編み出していく。その際、コストやデメリットの有無も自分で決められるんだ」
「え、コストもデメリットもワザの誕生と共に自動で設定されるものじゃないのらか?」
「自動で設定されてるように見えて、実際は無意識に頭の中で決めてる物を適用してるだけだ。そしてそういう奴らは、得てして『強い力には強い代償があるべきだ』って先入観に囚われている」
「そうじゃないのらか?」
「覚えとけ、冒険者はこの世で最も自由な生物だ。強い力をノーリスクで使っても良いし、特訓せずに強いモンスターを使役出来て良い」
「そんな事、許されるはずがないのら。だって楽に強い力が使えたら、暴走して悪いことしそうのらから」
「心が弱い奴はそうなるだろうな。事実、S3とS4の違いは『強大な力を持っても悪になびかぬ心』の有無だと言われている位だし」
「でしょ? だからアタシは――」
「だがお前は違うだろ。本当にお前が心が弱いならあの日、ずぶ濡れになりながら三日間座り込むなんて事するものか」
「そうのらか?」
「自分の行いがどう凄いかは言われなきゃわからんモノだ。もしまだ自信が無いなら改めて言ってやる。お前は強い、もっと自信を持て」
「!?」
突然万有に頭を撫でられ、驚いて頬を赤らめるミトラ。万有は少し微笑んでおり、それが万有と過ごした三日間で一度も見たことが無い表情である事も動揺を加速させる要因となる。
「それに、過酷な特訓なんぞしたら目的が変わりかねん。お前は強くなるのが目的じゃなくて、変異体ヒュドラを倒すのが目的だろ? だから強くなる過程を無視して、その分ヒュドラ探しに注力しようぜ」
「……それ、アリのらね」
「だろ? お前とグリフォンの間にどれだけ力の差があろうが関係無い。手中に入れた以上は自由に支配し、自由にしたいことをさせて良い。恐怖を乗り越え、自由を受け入れたお前にはその資格がある」
「胸を張って、玄武と戦っていいのらね?」
「お前ならやれる。それはこの俺、吉野万有が保証しよう」
「……よし」
ミトラは席を立ち、小屋の玄関に向けて歩き出す。
「おい、まさか今から行くとか言わないよな」
「明日では遅いのらよ。この熱意が覚めやらぬ内に成果を出して、せっかく付けた自信が途絶えないようにしたいのら」
「なるほど。それじゃ、これも持っていけ」
万有、ミトラに向けて一本の鞘付きナイフを投げる。しっかり右手でキャッチしたミトラは、鞘から抜いてその刀身を見つめる。
「なんかこれ、刃が茶色いのらね」
「一掴み分の土に重力操作で圧力を掛け、ナイフ状に形作った『土ナイフ』だ。モンスター以外に護身手段が無いのはまずいだろ? だから、それを持ってけ」
「ありがとうのら。それじゃ、行ってきます」
ミトラは微笑み、それから小屋のドアを開けて外に出た。
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