第10話 伝説のバウムクーヘン
翌朝、ミトラは山小屋から遠く離れた街を訪れていた。そこは閑静なシャッター街で、どこもかしこも閉まっていた。
(本当にここに、『伝説のバウムクーヘン専門店』があるのらか? こんな所に店なんて建てたら潰れそうのらけど)
ミトラは外出前、万有からおすすめの店を聞いていた。万有から貰った地図を元に歩を進めるミトラだったが、目印となる赤い看板は未だに見えない。
(地図によれば、あともう数分は歩くらしいのら。面倒のらね~瞬間移動魔法とか使えねぇのらかな)
心の中でぶつくさ文句を言いながらも歩みを止めなかったミトラ。数分後、ミトラの視界に赤い看板が映ると彼女はすぐに駆け出す。
赤い看板の麓には確かに電気の点いた店があり、受付の奥には丸太の様如き太さを誇るバウムクーヘンの原木があった。
(あれが……もうじきアタシの手に!)
胸を躍らせながらドアを開け、店の中に入るミトラ。レジの前には白いブラウスの上にエプロンを着けた、銀長髪の女性店主がいた。
店主はミトラに気付くと、カウンターから身を乗り出して目を合わせる。
「ごめんなさい、ウチはいま休業中なの」
「えぇ!? 休業中って表に書いてなかったのらよね!?」
「あっ、昨日下げたまま放置してたの忘れてた……」
「ど、どっちみちこのままじゃ帰れないのらよ! 余り物で良いからなんか売って欲しいのら!」
「う~ん……」
腕を組み、溜息をつく店主。少し考え込んだのち、店主は鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
「貴女、冒険者だったりしない?」
「どうしてわかったのらか!?」
「能力の有無ってね、匂いで分かるのよ。そこで提案があるんだけどさ――」
店主は机の下から、一輪のバウムクーヘンが入った袋と1枚の紙を持ってカウンターの上に置く。
「もし貴女が腕に覚えがある冒険者なら、ウチが今抱えてる厄介ごとの対処に協力して欲しいの。ちゃんと報酬も用意してるから」
「そのバウムクーヘンが報酬のら?」
「いえ、これは依頼とは関係無いわ。もし貴女が自分に自信を持っていないなら、依頼はせずにこれを貴女に売ってお終い。さて、貴女はどのタイプかしら」
ミトラは俯いて顎に手を置く。
(もしかしなくてもこれはモンスター退治のらね。初めての戦いって思うとすごい緊張するのらけど……自分を追い込むことが、緊張を打ち消す鍵のら)
顔を上げ、再び店主と目を合わせるミトラ。
「あの、もしアタシが断っても代わりはいるのらか?」
店主はしばらくミトラの目を見つめた後、バウムクーヘンの袋をカウンターから下げる。
「そうね。もうこの依頼書は協会に提出済みで、今は受注者を待ってる状態だわ。誰も依頼を受けてくれる気配無いけど」
「……やっぱりのらか」
「でもね、ウチの営業再開を待ってる人は大勢居るの。休業してからかれこれ一ヶ月半経つけど、頻繁に常連さん達から手紙を貰うの。営業再開はいつですかーって」
「!!」
「お嬢さん、力を貸して。私は一刻も早くこの店を開けたい。そのためには、この依頼書に載ってるモンスターを倒すしか打つ手はないの」
依頼書をミトラに渡す店主。依頼書には『玄武』という名前と、そのモンスターの外観が映された写真が載っていた。それをみたミトラは顔面蒼白になり、滝のような冷や汗を掻き始める。
「こい、つは……!」
「この玄武ってモンスターは、私が卵を取り寄せてる村の地下で眠ってたの。でも二ヶ月前に玄武が目覚めたせいで、日に三回以上の地震が起こるようになってさ。卵の配達もままならなくなって、今に至るわ」
「い、一応聞くのらけど、卵を取り寄せる村を変える事って出来ないのらよね?」
「ダメね。あそこの卵じゃないと上手く焼き上がらないの」
「……そうのらか……」
ギュッと目をつむったまま、依頼書を強く握りしめるミトラ。
「やっぱり、ダメかしら?」
その声に反応し、ミトラはカッと目を開いて店主の方を向く。
「いいや、やってやるのらよ。英傑の街出身の最後の冒険者、その初戦の相手としては十分のら。ただ……頑張りはするのらけど、討伐が一日二日遅れても怒らないで欲しいのら……」
「もちろんよ。貴女が来なかったら、もう二度とこの店を開けられなかったかも知れないんだから。数日待つくらいなんてこと無いわ、だから焦らず落ち着いてね」
ミトラは微笑み、店主に背を向けて店を出ようとする。
「あ、待って! これ持ってって!」
振り返ったミトラに向け、店主はバウムクーヘンの袋を投げる。
「頑張る君へお姉さんから餞別。それ食べて元気出してね」
「ありがとうのら! それじゃ、行ってきますのら!」
袋を持ち、店を出るミトラ。そんなミトラを、店主は不敵な笑みを浮かべながら見送る。
「心配しないでも、君なら余裕で玄武を倒せるわよ。君にはS級相当の力と心がある。それはこの私――元S4冒険者・佐々場万里が保証するから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます