第9話 自由

「……ミトラ? 何をしてる?」


 万有の声にも振り向かず、しゃがんだ姿勢のままで亡骸に触れ続けるミトラ。少し経つとグリフォンの遺体が光り出し、やがてミトラの手の中へ完全に吸収された。


(ああ……これ、ここに来たばかりの俺と同じ事を経験してるな)


 ハッと我に返って立ち上がったミトラの額には、滝のような汗が滲んでいた。


「な、何故かめちゃめちゃ疲れてるのら……っていうか、グリフォンは?」

「お前が吸い込んでたよ」

「吸い込む? ああ、確か使役するためにモンスターの遺体に触れる必要があったのらね……え、なんでそれをアタシは知ってるのらか?」

「チュートリアルだ。能力を初めて使う際に一度だけ能力が一時的に意識を乗っ取り、理想的な用途を体で再現すると同時に脳内に能力の使い方をインプットするんだ」

「能力って意思を持ってるのらか!?」

「そうだな。だがチュートリアルを終えると意思は消えるから、もう一度今と同じ事が起きるかもって心配は要らないぞ」

「よ、よかったのら。それで、どうやって飛行船に帰るのらか?」

「浮いて帰ろうと思ったが、いま飛行船が居る位置は酸素が薄くて危険だな。スタッフに連絡して、帰還用のポータルを作って貰うか」


 万有が電話を掛けると、五秒も経たないうちに大きな鏡が万有の目の前に現れる。万有とミトラは一斉に鏡の中に飛び込み、飛行船の中へ帰還した。


 ◇  ◇  ◇


 万有と共に山小屋に帰ったミトラは、テーブルの上に積み上げられた札束の山に釘付けになっていた。目を光らせて凝視するミトラとは対照的に、万有は何食わぬ顔で夕食を作っている。


「こんな大金、見た事ねえのら……!」

「大金だと? それは元の報酬金の一割だ、B級上位モンスターの討伐報酬よりちょっと少ないぐらいだぞ」

「い、一割のら? じゃあ残りの九割は――」

「協会に寄付した。俺の寄付が無きゃ、協会は給料も土地代も払えない状況らしいからな」

「本当だったのらね……協会は万有のお陰で首の皮一枚繋がってるって噂は」

「独り立ち出来たと思ってたんだが、どうやら上手く行かなかったらしい。ところでミトラ、もしその金が全部お前の懐に納まるとしたらまず何を買いたい?」

「えぇ~??」


 顎に手をあて、背を丸めて考え込むミトラ。しばらくして体を起こしたミトラは、机の上で頬杖を突く。


「……バウムクーヘン一本、のらかねえ」

「食べ物か、その発想はなかったな」

「宝石なんて腹の足しにならんものを買うくらいなら、食べ物を買って一日でも多く腹八分でいられるようにするのら」

「大事な事だな。それじゃ――」


 万有は山から一個の札束を取り、ミトラに差し出す。


「明日、早速一本買ってくると良い。バウムクーヘンの相場はわからんが、こんだけあれば事足りるだろ」

「いいのらか!? こんなにいっぱい貰っちゃって!」

「そこにある奴全部やっても良いんだが、それじゃ金銭感覚が狂っちまうからな。とりあえずしばらくそれでやりくりしてくれ」

「わーい! ありがとうのら!」


 札束をもって喜ぶミトラ。その様子を見ている万有は、複雑な思いを胸中に抱えていた。


(もう1,2ヶ月ここで金と無縁の生活が出来てれば、札束一つで有頂天になれたあの頃の俺に戻れたかも知れないな。今となってはもう後の祭りだが)

「ねえ万有! 使わないから、このお金達で札束風呂やっていいのらか?」

「ダメだ、素肌が紙幣の角で擦れて痛むからな」

「そ、そうのらか。それじゃ、確かに止めといた方がいいかものら」

「それに、もう浴槽には湯を溜めてあるからな。丁度良い、風呂出た頃には夕飯が出来るからひとまず入ってこい」

「わかったのら! 一応言うけど、覗くんじゃねーのらよ?」

「そう言う趣味は無い。戯れ言なんか言ってないでさっさと行ってこい」


 ミトラは頬を膨らませて万有を睨み、その後わざとらしく足音を立てながら風呂場に向かった。


 一人その場に残された万有は、皿いっぱいに盛られたスパイスを鍋の中に入れた後、札束が積まれたテーブルの前に座る。


(結局、金からは解放されなかったか。『大量の金があれば金による支配から解放される』って、本気で信じて10年走り続けて来たんだがな)


 山から一つ札束を取り、ジッと見つめる。


「……俺はな、お前が大嫌いなんだよ。お前をいっぱい持ってないと生きられない世の中も、同じぐらい嫌いだ!」


 札束を強く床に投げつける万有。その衝撃で紙帯がほどけ、地面に万札がまき散らされる。


「俺は必ず、お前を稼いだり使ったりしなくて良い生活を勝ち取ってみせる。誰も縛ることの無い、かつ誰にも縛られない生活をな」

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