第8話 『重力術』(2)
地上に降りた万有は、ミトラを連れて森の中を歩いていた。万有は事前にスタッフからモンスターの位置を示すコンパスを受け取っており、それに沿って進んでいる。
「おかしいな、そろそろ発見出来ていておかしくないはずだが」
「あとどれくらい歩くのらか……? もうへとへとのら」
「スタッフ曰く、降下地点から徒歩10分圏内に居るって話だ。だがもう歩き始めて10分経つ。方角も間違って無さそうだし、これは一体――」
「待つのら万有! 空を見るのら!」
万有が空を見上げると、遙か上空にタカの様な鳥類の姿が見えた。その巨鳥こそ、万有とミトラが探していた『グリフォン』だった。
「ああ、そういう理屈か。アイツはずっと俺達の少し前を飛び続けていた、だからコンパスの針はずっと動かなかった……しかし、あの高度はまずいな。何とかしないと、飛行船が襲撃を受けるかもだ」
「や、やべーのら! 今すぐ何とかするのらよ!」
「もちろん。そして今、丁度打つべき手を打ち終えた所だ」
次の瞬間、さっきまで空を飛んでいたはずのグリフォンが目の前に墜落する。その衝撃で辺り一面に無数の木片を伴う暴風が吹き荒れ、木に付いていた葉っぱはズタズタに切り裂かれ地面に落ちる。
風が止む頃には、さっきまで緑豊かだった森は枯れ木だらけの閑散とした風景へ成り果てていた。しかし、万有とミトラは無傷でその場に立っている。
二人の周りには木片と葉っぱで出来た半円状のドームが展開されており、万有が腕を降ろすとそれらは一斉に地面に落ちた。
「思ってた以上にでかいな、こいつ。もう少し重力の加算を抑えめにすりゃよかった」
「な、何が起こったのらか……?」
「グリフォンに『触れた』判定を付加し、奴に掛かっている重力を100倍にしてやった」
「判定?」
「俺が重力を操れる対象は3つ。半径10m以内にいる対象と自分、そして俺が触れた対象だ」
ゆっくりと体を起こすグリフォン。慌ててミトラは万有の背後に隠れ、顔だけを覗かせてグリフォンの様子を見る。
「触れれば勝ちな能力である以上、必然と『触れる』ための技術を多く開発する事になった。さっき見せた技は、俺が目で見た物に『触れた』判定を付与して一度限りの重力操作を可能とする技だ」
「一生それ使っとけば完封勝ちできるのらね」
「いや、乱発は出来ん。操作できるのは一度だけだし、この技を使った直後は10秒ほど能力の使用が不可になる」
「地味~に痛いデメリットのら」
「10秒だけ、重力による防御が出来ず無防備になるからな。それと服から手を離せ、戦闘にに入る」
裾から手を離して遠くに離れるミトラ。グリフォンは既に体勢を立て直しており、ジッと万有のコトを睨んでいる。
グリフォンは紫色の羽に覆われた巨鳥で、万有と比べて体長は10倍強も大きい。
さらに羽ばたき一つで人一人塵にしてしまえそうな程の大きな翼を持っており、脅威度S1級モンスターと称されるにふさわしい風貌をしていた。
「来な。驚かせた詫びに、一回だけ攻撃を許してやる」
その言葉を受けグリフォンは大きな雄叫びを上げ、翼を思いっきりはためかせ前方に暴風を放つ。
暴風の威力は凄まじく、暴風の軌道上にある枯れ木はことごとく粉砕される。
風が止み、風が起こした土埃が晴れると――無傷で立っている万有の姿が、そこにはあった。
「攻撃を許す事と、それを食らってやる事とは別問題だ。しかし凄まじいな……まともに食らっていたら、肉片すら残っていたかわからん」
グリフォンは驚いたように呆然と口を開けていたが、やがて翼を広げてその場から飛び去ろうとする。
「モンスターのくせに危機管理能力も高いか。さすが、S1認定を受けるだけの事はある。だが惜しいな、相手が悪いの一言に尽きる」
万有は右手を勢いよく前に突き出す。すると、それまで枯れ木が立ち並ぶ森だった景色が、360度全方向に広がる星空に変化する。
しかし変化してから星空が消えるまでの時間はたったの1.75秒で、加えて0.25秒かけて展開した星空がハッキリと見えていた時間は、僅か0.5秒とさらに短い。
0.5秒経過後は1秒掛けて徐々に薄くなり、やがて元の背景に戻る。その1.75秒の変化を経て、ミトラはある違和感を覚えていた。
「……何かに触られたのら。でも周りに人は居ないはず」
「実際、俺の『コスモ』の範囲内にいた生物はみなそう感じるらしい」
「『コスモ』のら?」
「秒速100mの速度で展開されるエリアの事だ。このエリア内にいる生物は、例外なく『吉野万有に触れられた』判定を得る」
「ア、アタシに触ったのらか!?」
「判定って言ったろ、実際に触れた訳じゃない」
万有が腕を大きく振り上げると、空中へ飛び去っている最中だったグリフォンが地上に墜落する。
「この技は俺が10年掛けて積み上げた冒険者キャリアの極致だ。S1に居ながらそれを経験できた誇りを胸に抱き、倒れるが良い」
勢いよく腕を振り下ろす万有。それと同時にグリフォンは真っ平らに潰れ、滝のような血を辺り一面に吹き出す。
万有は血の流れを重力操作で止め、あふれ出した血を巨大な球体状に凝縮し、空高く打ち上げた。
その場にはぐちゃぐちゃになったグリフォンの遺体だけが残されていたが――
ミトラは呆然としたまま亡骸の傍に歩いて行き、やがてその遺体に両手で触れた。
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