第7話 『重力術』(1)

 協会本部を出た二人は、元いた山小屋へ戻ろうと電車に乗っていた。

 万有とミトラは車内で立っていたが、ミトラは背中を丸めて溜息をついている。


「おいおい、いつまでショボくれてんだ」

「E級……このアタシが……」

「確かにお前の身体能力は凄まじい。能力も身体能力も、他のS級と比べても遜色ない高さを誇っている」

「じゃあ何でE級だったのら!?」

「奴らが過程では無く結果をみるタイプだったからに他ならん。もう少しジャンプ力を抑えて着地に成功していれば、結果は変わっていただろうな」

「全力を出しすぎるのは良くないって事のらね……」


 眉を落とし、より一層肩を落とすミトラ。


「何事もほどほどが大事だ。それに気づけただけ良かったじゃねえか」

「でもE級じゃあ、いざ変異体ヒュドラの討伐が決まった時に連れて行って貰えないかもしれないのら。それじゃ、アタシがここに来た意味がないのら」

「確かに、大勢のS級冒険者を軽く葬ったモンスターの討伐にE級は連れてけないな。だが打つ手はある」


 電車のドアが開くと、万有はミトラの手を引いて電車を降りた。


 改札を出た二人はベンチに腰掛けて話を続ける。


「ランクを上げる最大の近道は、自分一人で格上のモンスターを数回倒す事だ。だがこの方法は大抵上手く行かない。協会が下す判定はその殆どが適正だからな」

「アタシは違うのらよね? ね?」

「そうだな。それに、お前の能力はその無理を押し通す切札となっている」

「でも、今のアタシには使役出来るモンスターがいないみたいのら」

「問題ない。だから明日、お前の手札を1枚増やしてやる」


 目を丸くして万有の顔を見るミトラ。


「ただまあ、強すぎるモンスターを手札に加えても制御できるかっていう問題が出てくるな。脅威度A+級あたりのモンスター……そうだ、グリフォンなんか良いだろう」

「グリフォン? あのでっかいタカみたいな奴のらか?」

「そうだ。要は明日、俺がそいつを討伐してお前に使役させてやろうって事だ。心躍るだろ?」


 心躍るあまり、ミトラは両手を前でブンブン上下に振っている。


「そうのらね! あいつの背にのって世界中を飛び回れるのも良いし、何よりアンタの戦いを間近で見れるのも楽しみのら!」

「くれぐれも、期待しすぎて眠れなくなるんじゃないぞ。俺と奴との戦闘、その巻き添えを食らわん保証は無いからな」

「分かってるのら、だから早く帰るのらよ!」


 勢いよく立ち上がり、人混みを縫って全力疾走するミトラ。溜息をつき、万有は人一人分空中に浮いてミトラの後を追うのだった。


 ◇  ◇  ◇


 翌日、万有とミトラは協会が用意した飛行船に乗ってグリフォンのいる場所へ移動していた。船内には七人のスタッフがおり、各々仕事に集中している様子だ。


「なんかやけに待遇良いのらね?」

「そりゃそうだ。今日俺が受けたのは、変異体グリフォンの討伐依頼だからな」

「変異体って、通常種より強いというアレのら?」

「ああ。元々通常種を受けるつもりだったんだが、丁度昨日そいつの発見報告があったらしくてな。脅威度もS1相当だから、俺が引き受けることになった」


 ミトラは肩をビクッと震わせ、目を剥いて驚く。


「き、聞いてないのらよそんなの! S級のモンスターなんて、果たして使役できるのらかな……」

「そこは俺も危惧してるところだ。だがまあ、こうなった以上やってみるしか無いだろう。より効率的な近道をする機会を得たと思って頑張れ」


 そんな二人の元へ、一人のスタッフが駆け寄る。


「もうすぐ討伐対象がいる区画へ到達します。出発はいつもと同じで?」

「ああ。それと、俺達が降りたら高度を上げておけ。相手は変異体で且つ飛行型だ、いつもの高度に居たら探知されるかもしれんからな」

「分かりました。船内に居る全職員に通達! これから非常用ハッチを開ける、酸素マスクの準備を!」


 一人のスタッフが『非常用』という看板がついた箱を開けると、他の六人も箱の周りに群がってマスクを取り出し装着する。


「えっ? 何が起こってるのらか?」

「今から飛び降りるんだよ、この飛行船からな」

「と、飛び降りる!? 死にたがりのらか!?」

「死なねえよ。とにかく来い」


 万有は暴れるミトラの体を小脇に抱え、甲板の中央にある脱出口の真上に立つ。


「いつでもいいぞ」

「了解! ハッチ、開け!」

「せめて心の準備をさせて欲しいのっ……らあああああああああ!!」


 スタッフの一人がボタンを押すと同時にハッチの床が抜け、万有は悲鳴を上げるミトラを抱えたまま地面へ高速で落下する。しかし降下速度は急速に遅くなっていき、降下から二秒後には空中で完全に静止する。


「と、止まったのら……?」

「言ったろ、死なないって。俺が重力を操作して落下を阻止してやった」

「重力、それが万有の能力のらか?」

「ああ。俺の能力は、『重力の強さと方向を操作できる能力』だ。詳しくは戦いながら説明するから、まずは地上に降りて件のグリフォンを見つけるか」

「戦いながら? 変異体の、しかもS1相手にそんな器用なことが出来るのらか?」

「できるさ、なんたって俺はS4だからな」


 ゆっくり降下しながら、万有は不敵な笑みをミトラに向ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る