第7話 ひとつになること

(ひとつになること)


「どうして、裸が描きたいの?」

 恵美はもう一度、愛実に尋ねた。


「特に裸でなくてもいいんだけどね……、美しいものが描きたいの。それと美しいい心。飾らない心って言ってもいいわ!」


「それが、裸なのね。確かに飾らないといえば裸ね。でも美しい人は服を着ると、より美しくなるわよ!」


 恵美は、まだ愛実の意図が分からなかった。


「それは、そうなんだけれどね……、絵を描いていると、自分の心の中に描いている人の姿とか心とかが入ってきちゃうのよ。感情移入っていうやつじゃないかな。絵を描きながら、体の中にもう一人のお姉さんを作り出すような、私の体の中に住んでもらうような感じ……」


「絵と体の一体感ね。楽曲と演奏者の一体感みたいな感じなのね!」


「そうそう、そんな感じ! 楽曲の場合は音そのものじゃない。音って、きっと裸なのよ。だからとても素直に音の心を感じられて、体の中に入ってくる。絵も描いているものが裸でないと、私の中に入ってこれないんじゃないかな、服が邪魔をして、特に心は見えなくなる……」


「それはただの思い込みじゃないの。私の心の中には、いつもアミちゃんがいるわよー」


「でも、ちょっと違う感じ、私もレイを描くまでは気が付かなかったけど、普段思っているよりも、もっともっと身近に感じて、自分がレイになったくらいの気持ちなの。さっきの例えで言えば、好きな楽曲を聴くのと演奏することの違いかなー」


「じゃー、私も今度アミちゃんのヌード描いてみようかな。アミちゃんの裸見てたら描きたくなっちゃった!」


「もちろんいいわよー! 代わりばんこにモデルやりましょうー」


「そうねーでも、わりと確りした考えをもって描いているのね」


「考えだけで描ければいいんだけどね。やっぱり、それよりも人の体って難しいと思うわ。花や果物なんかは、それなりに感じよく描けるんだけど、人間の顔って不思議よね。よ―く見て、そのとおりに描くんだけど、似ないのよ。と言うより、形がないのかもしれない。あるようでないような不思議な物体。最近、ようやくデッサンが整ってきたけど。でも、今度はその不思議な物体から表情をつけないと、マネキンみたいな、お人形さんみたいになっちゃうでしょう。それがまた、一苦労なの。線一本、影一つで、ぜんぜん心が違っちゃう感じ!」


 愛美は、その時の苦心を思い出しながら話した。


「それなら、服を着ててもいいじゃない?」


 無駄に脱がされたのではないかと、恵美は怒って見せた。


「単なる似顔絵ならそれで終わりなんだけど、一人の人間として見ようとすると、服はやっぱり嘘っぽい感じ……」


「服で体をごまかすって言うこと?」


「ごまかすって言うより、人間の方が服に影響されちゃう感じ……」


「う―ん、制服効果っていうやつね。感じわかるわー」


「……、でしょう! だから、裸になったときの人間って、わりと素直な心が体にも顔にも出るんじゃないかな―?」


 愛美は、自分に言い聞かせるように、キャンバスに向かって描き続けた。


 恵美は、感心しながら絵の出来上がりが楽しみになってきた。


「でも、それもあるけど、やっぱり女の人の体って美しいと思うわ。それに、体も顔と同じように、形が捕らえにくいのよ。もしかしたら、顔よりも表情が浅いだけ、その気持ちをあらわすとしたら百倍難しいかも知れないわ―」


「でも、アミちゃんは、人それぞれの飾らない個性を描きたいのね。裸の心を……」


「そうねー、ちゃんと描ければいいんだけど……。まだ実力が足りませ―ん!」


「何人ぐらい描いたの?」


「まだ、レイちゃんとお姉さんだけよ!」


「あらま―あっ、たった二人……」


「だ―って、みんな脱いでくれないもん!」


「それで、私が犠牲者に選ばれたのねー」


「光栄でしょう―」


 愛美は、新しいモデルを得て満足げである。


「何か、実験台に乗せられている気分……」


「でも、心配しないで。モデルはレイしか描いたことないけど、レイの絵は百枚ぐらい描いたから。少しは実力あるわよっ!」


「レイちゃんも大変ねー」


「私も、大変よ。レイをモデルにするときは、私もモデルやってあげるものー」


「じゃ―この状態と同じじゃ―ない!」


「そうよー、でも最近レイが絵を描くのが面倒くさくなっちゃったみたいで、今は私の専属モデルだけど……」


「それなら、私がやらなくても、いいじゃない?」


「でも、この春休みに拒絶されちゃって……」


「はは―んっ、無理やり襲ったな!」


「へへ―っ、襲ったわけじゃ―ないけど。レイが意識しはじめちゃったみたいで、胸もだいぶ大きく膨らんできたから、年頃になってきたということかな……」


「そうよね。恥ずかしくないほうがおかしいのよ!」


「私、ぜんぜん平気よ……」


「それは、アミちゃんがまだ子供だからよ!」


「そうかなー?」


 それからも二人の会話は、尽きなかった。


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