第8話

 悪い予感ほど当たるもので、それからおばあさんは姿を見せなかった。


 あれから二か月、蒼はへばりつく相手について毎日考えていた。


 埒が明かないと思ったし、さすがに認めるしかないと思って、仕事を終え万国橋のたもとのベンチにやってきた。


 スマホを取り出す。


 そして、何度も消そうと思って消せなかった番号を表示した。相手が出てくれる可能性は低いと思いながら、発信する。


 留守電に切り替わるかと思った時、電話は通じた。


「もしもし」


 あの頃と変わらない、葵の声だった。


「葵?」

「うん」


「久しぶり」

「久しぶり」


 声が明るいことにとりあえずほっとする。


「元気?」

「うん、ソウは?」


「元気」

「そっか、良かった」


 大学で出会った同い年の葵は、付き合い出してすぐに「二人ともアオイじゃ紛らわしいから、蒼はソウね」と勝手に決めて、それを貫いた。

 告白をしたのは自分だが、リーダーシップがあるのはいつも葵のほうだった。


 だから、先に就職が決まったのも当然だったのかもしれない。


「今、福岡?」

「ううん、横浜」


「え?」

「転勤で」


「そうなんだ」


 葵は驚いていた。喜んでほしいと思うのは厚かましいと思いながら、傷ついたことでそれを期待していた自分を思い知らされる。


「仕事、順調なんだ」

「うん、まあ。葵は」


「私は・・・」


 葵が黙り込む。


「葵?」

「私ね・・・休職してる」


「え?」

「忙しすぎて、いろいろあって、メンタルやっちゃって」


「そう、なんだ」


 あの葵が。今度はこっちが絶句する番だった。

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