第1話 姉の親友が、うちに来るらしい。


 進級したクラスにも慣れ始めた4月中旬。

 沖縄にいるはずの姉から突然、電話がかかってきた。


悠生はるきぃ。今度そっちに詩織が住むことになったから」

「……はい?」

「詩織は覚えてるだろ? 引っ越しの日取りは後で連絡する。詩織にはあたしの部屋を使ってもらうから。あとは――」

「ちょっ、ちょっと待って」


 俺は電話を持ちながら、立ち上がる。

 いまは昼休み。俺は生徒会室で一人、弁当を食べながら溜まっていた書類の処理を行っていた。

 副生徒会長として仕事をさくっと終わらせて、放課後早く帰宅できればと考えていたのだが。

 青天の霹靂ともいえる姉からの電話で、俺のささやかな目論見は吹っ飛んでしまった。


「いま忙しいんだ。冗談はあとにしてくれないか、姉さん」

「ハァ? なんで冗談言うためにわざわざお前に電話すんだ」

「えっ? なに? 本気で言ってるの?」

「本気じゃ悪いことでもあんのか?」

「だっていま、家に住んでるの、俺だけだよ?」


 父は海外赴任中、母も父に同行しているため、両親ともに不在となっている。


 姉はといえば沖縄の大学(医学部)に進学しているので、こちらもおなじく不在。


 よって、現在実家にいるのは俺だけ。

 高校に進学してからは実質一人暮らしの状態となっている。


「母さんたちには後で伝えておく。説得はこっちでやるから心配するな」

「あの、心配してるのはそういうことじゃなくて――」

「じゃあ、頼んだぞ」


 一方的に電話を切られてしまった。

 コミュニケーションも何もない。

 こちらに決定権を委ねない通告は下知と同義である。

 姉が絶対者ムーブをするのはいつものことだが、さすがにこれはない。


「しかし詩織さん……。詩織さんかぁ……」


 姉の親友――絹田詩織さん。

 横暴な姉と違って、お淑やかな雰囲気のあるキレイな人だった。


 昔は家にも何度か遊びに来ていたので面識はある。6歳下の俺をものすごく可愛がってくれた。そりゃあもう、むちゃくちゃ可愛がってくれた。

 

 いつの頃からか、家には来なくなっていたけど。久しぶりに名前を聞いて、懐かしさが込み上げる。

 

 その詩織さんがウチで暮らす?

 俺と?

 なんで?

 

 年が離れているとはいえ、男女が同じ屋根の下、2人で暮らすのはアリなのか。

 同居というよりも同棲ではないだろうか。

 

 もう一度冷静になってアリかナシか考えてみる。


 …………いや、どう考えてもナシだろ。


「うわーーーーーーーーーーーーーー!」


 やかましい声で誰かが生徒会室に入ってくる。


 生徒会で書記を務める1年生、藤堂瑛輔とうとうえいすけだ。


 一応、この春から高校生になったばかりの後輩だが、うちの学校は中高一貫であり、瑛輔とは中等部に所属していた生徒会からの縁である。

 高校に進学してからも、生徒会に入り、庶務として活動してくれている。

 バカだけど、裏表のなさに好感が持てる後輩なので仲良くしている。

 バカだけど。


「大変だーーー、先輩ーーーーー!! もうおしまいだーーーーーー!!」

「どうした。推しのタレントが結婚発表でもしたか? ガチャの爆死か? 遊んでるソシャゲのサ終か?」

「これ見てくださいよ!」


 瑛輔はスマホの画面を俺に見せつける。

 見覚えのあるゲームのホーム画面が映し出されていた。


「ん? なんだ。『逆ブレ』じゃないか」


『逆光ブレイズ』、通称『逆ブレ』。

 去年リリースされたタワーディフェンス型RPGのスマホゲームである。


 瑛輔に誘われて、俺も時折ログインして遊んでいた。

 リリース直後から人気を博しており、セルラン上位にもランクインし続けるので、サービス終了の心配などなかったはずだが……。

 瑛輔が表示した画面には、運営のお知らせが表示されている。

 

 イベントの告知ではない。

 お知らせのタイトル蘭には【ミーア・リゼットのCV担当変更のお知らせ】と書かれていた。


『現在、『逆光ブレイズ』にて、ミーア・リゼットのキャラクターボイス(CV)を担当されている霧山シオンさんが病気療養のため休業されることになりました。


 これにともない、次回のアップデートより、これまで収録されているボイスも含めたミーア・リゼットのCV担当を変更いたしますことをお知らせいたします。


 ユーザーの皆様にはご理解をお願いいたしますとともに、霧山シオンさんの一日も早い快復を、関係者一同お祈り申し上げます』


「うおお、これは……」


 このお知らせは正直ダメージを受けた。


 ミーア・リゼットは『逆ブレ』のメインヒロインであり、ゲームの顔役キャラでもある。


 主人公を導く先輩という立ち位置であり、ホーム画面にログインすると「おつかれ、後輩クン(ちゃん)」と挨拶してくれるのが恒例だったのだが……。


「マジか。ミーア先輩の声、変わるのか」

「恐れていたことが、ついに……! 霧山シオンのほかの持ち役はみんな代役とかなのに、なんでミーアは降板なの……」

「ゲームは毎月、更新が入るからな。ミーアは衣装替えも季節ごとに出るし、代役というわけにもいかなかったんだろ」

「ああ……、生きる希望が……。ミーアの声、めっちゃ性癖でよかったのに……」


 悔しがり方がキモイな、この後輩。


「しかし霧山シオンの降板ももう1ヶ月経つのか」


 霧山シオン。


 最近話題になっているアニメではほぼ主演か準主役を務めている。

 いわゆる人気声優。あまり声優には詳しくない俺でも知っている。


 しかし現在は病気療養のため休業しているらしい。


 1ヶ月くらい前、「人気声優休業」というトレンドと共に霧山シオンの休業ニュースがSNSのTLを埋め尽くしていたのが、俺の目にも入ってきたのだ。

 

「せめて、『オカ恋』の2期開始までには復帰してくれ~! 白銀六実しろがねむつみちゃんの声が変わるのはイヤだ~!」

「そういえば、ミーアの声優さんは誰がやるんだ?」

「あ、『龍殺』のメジョリナやってるRICHIKOっす! メスガキ演技がサイコーで、いまのオレの最推しっす!」

「先月はシオンが最推しって言ってなかったか?」

「やだなぁ。トレンドは常に移り変わるんですよ。ユーザーとして、最新の流行には乗っていかないと!」

 

 ひどい奴だな。

 と思う反面、そういうものか、とも思う。

 

 ミーアの降板にショックを受けている俺だって、この頃はイベントに追いつけず、ログインはサボり気味になっていた。熱心なファンとは言えない。


 霧山シオンの休業も残念だとは思うが、それ以上の感情は特にわかない。

 

 薄情な人間だという自覚はある。

 昔からあまり物事に執着するタイプでもない。

 

 我が道を突き進む姉とは正反対。

 分相応をモットーに、割と打算的に生きている。

 

 生徒会の活動も大学の推薦を見越して入ったようなものだ。


 まぁ、なんにせよ。

 いまは顔も知らない人気声優の降板より、姉の親友である。


 詩織さんとの2人暮らし。

 さて、どうしたものか。


 そこまで考えてから、ふと俺は気づいた。


 そういえば詩織さんって、いまなにをしてるんだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る