第6話 密室トリックと犯人の正体➀

「このコーヒーの味に。何か思うことは無いか?」


 ここは――十六夜氷華の心象次元。

 少し離れたところに彼女が居た。

 前と同じように、彼女の勝手で俺は心象次元に呼びこまれてしまったようだ。

 中央の濃く、黒ずんだ渦の一部を紙コップで掬い、ソレを口にしていた氷華に対して俺は先の質問に答えるべく、「何も思わない」と一言返した。


「今お前が飲んだコーヒーと図書室で白袖に貰った水筒のコーヒーは全く同じ味。そう言いたいのだ私は」


「何を言っている? あの図書室での出来事は全てお前が魅せた幻だったんだろ? その問い掛けはまるで意味がないよ、氷華」


 俺は冷静な態度でいつものように氷華の言葉を否定した。


「いいや違う。あれは幻であって幻ではない……現実と夢の狭間のような儚い世界の断片。あの中での出来事の一つ一つはお前の過去の情報を基に、マフラーを一から編むように……紡ぎ、縫い、織りわせて構築したものじゃ。すなわち、あそこでの五感は全て真実じゃ」


「じゃあ、あの最後の二人からの告白は??」


「それは私の趣味。自信作じゃ」


「ふざけんな」


 氷華は袖で口元を隠しながら高らかと嗤う。


「それで! 心象次元にまでわざわざ呼んで何が言いたい?」



「!? 一から説明してくれ……!」


 一からというのには当然密室の謎なども含めて文字通り全てを紐解いて説明してくれの意味だった。

 氷華はそれも当然分かっていると自信ありげな表情を見せ、黙ってコクリと頷き、黒いまどろみから大きな筆を取り出し、心象次元をキャンパスのように使い始めた。


「何だよ……眼鏡それ


 俺は次々と書かれていく筆文字を見つめながらも、先ほどから氷華本人に対して少し気になっていたそのことについて小声でツッコんだ。


「こういうのは雰囲気が大切なんじゃ!」


 一通り描き終えたのか、今度は説明のための長い杖のようなものを同じ様にして取り出し、「よく聞け! 質問は何でも受け付けるぞ!」と元気よく言い放った。

 その描きだされた筆文字とは、以下の通りだった。



➀何故名月暦の死亡時刻から発見まで自習室のドアは内側から鍵をかけられていたのか?(完全密室の謎)

➁何故名月暦が使った紙コップから毒物が検出されなかったのか?(遠隔毒殺の謎)



「さて、陽希はどちらを聞きたい?」

「全部って言ってるだろ……!」

「➁はトリックの説明があって少し長くなるぞ? それでも良いか?」

「しつこいぞ!」


 おそらく氷華はこれらの謎が判っているということは犯人が誰かということも分かっているということになる。

 そして。

 それが俺も、今から始まる説明の中盤もしくは終盤のどこかで必ず知ることになる。

 俺は両頬を叩き、覚悟を決めて、氷華が座っていた骨の椅子に腰かけた。


「まず➀の鍵が部屋の内側にあり、施錠されていた謎なんだが……これは陽希、気づいているな?」


 氷華は眼鏡をくいっと上げ、ニヤけながら俺にそう尋ねた。

 うざい先生のような態度を取っていた氷華に少しイラついたが、あくまで今は氷華の推理を聞き、それが真か偽かを判断していく大切な時間になる。

 ささやかなことは黙って我慢することにした。


「それは、、だろ。理由は俺たちが昨日の夜に実証・体験済みのアレだろ?」


 俺は昨日のこの自習室で起こった小さな問題を頭の中で振り返った――。



『~♪ ♪~♪ ♪♪♪~♪♪♪♪♪♪~~』

『いや――うるさっ!!』


 

 名月暦が頻繫に使用していた自習室の時間帯には、ドアを閉めないと全く集中できないほどの吹奏楽の演奏の音が鳴り響く。


「正解だ陽希。補足説明をすると、自習室のドアが建付けの問題上、鍵をかけずには完璧には閉じない性質があった。要は、この密室は名月暦自身が知らず知らずのうちに創り上げてしまった密室。いや……もっと言うと、犯人はそれを知っていた。だから利用したということになる」


 氷華の淡々とした解説に俺は納得し、うんうんと小さく二回頷いた。

 それを確認した氷華は杖を下に伸ばし、次の➁の解説をすると伝える。


「それで、➁なのだが……これはを事前に工作をしたのではないかと私は推理した」

「毒が検出されない紙コップか? そんな高度な技術を犯人は使っていたのか……」

「いや、自習室にあるものだけでそれは工作できる。それは、この小さな刃のハサミと二つの紙コップなんじゃがの」


 氷華はまたしても黒いマドロミの中から現実世界(自習室)にあった実際の形のそれらを瞬時に造形して俺に見せた。


「まず、一つの紙コップの、口元を付けるフチ部分をこのハサミで綺麗に平行に切り落とす。次に、今切った部分からさらに約一センチ、底の抜けた円錐型(円錐を底面に平行な平面で切り、小さな円錐の部分を取り除いた立体図形)を作るイメージでハサミを入れる。これをもう一つの紙コップの上部に綺麗に重ねてみると……だ」


 氷華は出来上がったその小さなイカリングのような紙コップの上部分の輪っかを、もう一つの紙コップの上部に重ねてみせる。


「見てみろ。真上からじっくり見なければ、重なっているようには見えんじゃろ! 犯人はこれに毒を塗っておき、壁の紙コップディスペンサーに仕込んでおいたのじゃ! 犯行時間は夜。自習室にはデスライトしかなかったので部屋自体はかなり暗かった。何より、そんなものが忍ばされているだなんてものは固定概念として考えには決して至らない。深層心理的にってやつじゃ」


 確かにその特別な工作紙コップを使用するならば、名月にこっそり毒を飲ませ→工作物のみを抜き取る→証拠隠滅→外側の紙コップからは毒物が検出されないという筋が見える。

 しかし、それにはいくつかの疑問点が浮かぶ。


「……それは無理だろう。その工作物だけじゃ、この完全遠隔毒殺は成功していない」

「解説はまだ終わっていない。➁は長くなると言ったばかりじゃろ? 今陽希の心理を覗かせてもらった。疑問点はこうだな?」


 氷華は今まで空中に字として止めていた➀と➁の文を指パッチンをして、消し去り、俺が思う➁の疑問点とやらを描きなおした。

 それが以下の箇条書きだった。




・円錐台に切っていた毒付きの特別工作紙コップを、ハサミを何も入れていない紙コップから抜き去り、捨てた/隠したのか

・紙コップディスペンサーにその特別工作紙コップ入り紙コップをどのように設置し、どうやって名月暦のみをターゲットにソレを遣わせることができたのか




「陽希はどちらからがいい?」

「……再放送だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る