第5話 密室殺人・紫➂

『犯人も……監視カメラでも校内にあれば……すぐに特定できただろうにな』


『無いものを嘆くな陽希よ。今ある情報のピースを少しずつ揃えていき、パズルの真実、すなわち犯人を特定させる。それが探偵じゃろう?』


『ハア……。お前は探偵になったのかもしれんが、俺は探偵になったつもりはない。勿論、お前の助手にもな』


『…………ぷい』


『拗ねるな拗ねるな』


 ふと時刻を見ると、既に下校時刻が迫ろうとしていることに気づいた俺は、氷華を悪いが一旦無視し、帰る支度を始めた。

 鍵を望月先生の手元に返却し、荷物が置いたままになっていた教室に戻ると、そこには白袖と夏梅が何やら話し合っていた。



「お、陽希じゃん」

「二人で何話してたんだ?」


 俺は夕陽が沈み切った真っ暗な教室で二人が何を話していたのか、いや何をしていたのかが気になり、尋ねた。


「……その。壮くんが……ね? 暦ちゃ」

「暦が自殺しただんなんて有り得ないって話だよ……!」


 白袖がまだ頑張って言いかけていたのに。

 と俺は心の中でツッコむ。

 

「陽希もそう思うだろ??」

「ぁ、ああ! 俺も実は今の今までそれについて考えてたところだよ!」


 そう信じていたのは、氷華や俺だけじゃなかったのだ(俺も確証が持てるまでは信じ切れていなかったのだが)。

 いつもはあまり激しい感情を出さずにいた俺も、この時ばかりは流石に心に来るものがあった。

 そして。

 何より、朝から暗い表情だった白袖や心配だった夏梅がこうして無事に希望を信じて起ちあがってくれたことに安堵する。

 俺はこの時、久しぶりに笑った気がした。


「ってことで、俺たち文学研究部は! 名月暦の死の謎を絶対に暴く! 明日から捜査スタートだ!」

「……絶対……自殺なんかじゃない!」


 俺たち三人は固い握手を交わし、名月のために動くことを誓った。







 学校のチャイム音が鳴り響いた。

 下校時刻を知らせる最後の鐘の音。

 俺は、帰り道が違う白袖と夏梅とは解散し、真っすぐ家に帰ろうとしていた。


『良かったのぉ~陽希。辛い時こそあのように言の葉を交わせるのが真の友達というものじゃ』


『たまには良いことを言うじゃないか氷華』


『ええい! いつも言ってるじゃろ!』

 

 ……そんな感じで、十二月十三日は終わりを迎えた。







 十二月十四日(木曜日)十六時。

 

 俺は約束通り、小説研究部が一緒の白袖、夏梅とともに名月暦が死んだ自習室に赴いた。

 鍵は再び望月先生に無理を言い、なんとか本日も貸してもらうことができた。


「じゃ、俺は机とかを中心に調べるから、陽希はコーヒー豆とかが置いてある棚とか窓際を頼む。零ちゃんは入口付近を頼むよ」

「…………え」

「ん? どうしたの零ちゃん?」

「……ホントに勝手に調べちゃっていいのかな」

「先生に鍵を借りられたということは、OKということだろ? さ、始めよう」


 夏梅は分担を勝手に決め、やる気に満ちた表情で捜査を始めだした。

 白袖は俺のほうをチラチラみながらも、自分の持ち場へ着いた。


「……?」


 俺は何か気になることでもあるのかと思ったが、いち早く犯人を知りたいという気持ちが前のめりになり、作業に集中した。


「床にコーヒーがこぼれたシミのような痕があるな」


 夏梅は名月が座っていたであろう真下のその痕があったマットに顔をギリギリまで近づけ、そう言った。


「おそらく一杯飲んで……。それで……って感じだろうな」


 俺はその瞬間の名月の姿を想像しながら、夏梅の背中をそっと優しく叩いた。


「ったく。犯人は慎重すぎる野郎だな。陽希もそう思うだろ?」

「そうだな。毒殺に密室を被せる時点でかなりの計画者だ。しかも痕跡も何一つ残さないで……」


 俺たちが自習室に入ってから言葉を交わしたのは今のこれだけになる。

 それほど捜査に没頭したのだ。

 時間はみるみるうちに経ち、日が落ちてしまった。

 すると、その中で、夏梅が久しぶりに口を開いた。


「少し休憩にしないか……?」

「「……うん」」


 俺と白袖は曲げていた腰を上げ、近くの椅子に座った。


「せっかくだし? ここのコーヒー飲もうぜ~」


 夏梅はコーヒー豆を棚から取出し、そう言った。


「ぁ、私が淹れるよ!」

「そうだな! 零はいつもコーヒーを水筒に入れて持ってくるくらい大好きだもんな! 『本格的な淹れ方』みたいなのがあるんだろ? 頼むぜ」


 五分と経たぬうちに紙コップに淹れられたコーヒーが目の前に届いた。

 夏梅はそばにあった角砂糖をふんだんに入れてからグイっと一気に喉に注いでいた。

 当然熱かったので、しばらく咳き込んでいたところ、白袖は「大丈夫……?」と背中をさすってあげていた。

 

「ガキかよ……コーヒーはそんな勢い付けて飲むもんじゃないだろ……」


 俺はその様子を見て、呆れていた。

 そうして、自分は心の中で少しかっこつけて『俺はブラックで飲めるんだ』と思い、コーヒーを口に入れた瞬間だった。


「アッツっ!!」


 それは完全に夏梅の再放送になってしまった。

 「ほら言っただろ!」とゲホゲホ言いながら笑う夏梅に心配そうな表情を向けながらも小さく微笑む白袖。


 俺は、その光景がとても懐かしく、とても嬉しかった。

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