第4話 密室殺人・紫➁

 十二月十三日十六時半。


 俺は物理実験室で何やら作業をしていた望月先生に再び話を聞きに行っていた。


「成績? 暁星、まさかコレを忘れたか?」


 望月先生はファイルの中から入学早々に行われた学力テストから本学期の期末テストまでの成績上位者が名を連ねるベストテンの表を見せた。

 これまでに実施された学内のテストは全部で五回。


「――!」


 その全てにおいて学年一位の順位をキープしていた生徒がいた。

 そして。

 その正体は名月暦。

 学力が下がったから勉強を増やしたわけじゃないの……か。

 俺はさらに頭の中で「?」が増えた。


「……もしかして順位表これまでに一度も見たことなかったのか?」

「はい……。他人がどうだとかあんまり関心が持てなくて……」

「……マジかよ。それで? 知りたかったのは、名月暦が勉強時間を増やした理由とかか?」


 望月先生は察しが良く。

 すぐに目的がバレてしまった。

 俺は正直に「はい」と答えた。


「それは勿論担任の俺としてもかなり気になっていた。夏前にやった三者面談でも、お母さんは決して厳しいような人じゃなかったし、志望校調査の二者面談でも、ハードルを極端に上げていたなんて記憶はない。……ホントに意味不明だ」


 これは正直な話、お手上げ状態だ。

 分かったことは名月暦が自ら命を絶ってはいないということのみ。

 相変わらず、犯人は影すら全く分からず、密室の謎も未だ解けずにいる。

 さらには、名月暦が秋ごろから自習室を頻繫に使い始めていたという事実も裏付けができていない。

 捜査は行く道を見失った。

 ……そう思った瞬間だった。


『ふむ、今の話を聞く限り、名月暦は勉強時間を増やしていない。その線が考えられるな』


 行き詰ったという表面心理を読み取ったのか、氷華が助け舟を出すように、口を開いた。


『自習室のカレンダーの記載が噓だとでも言うのか?』


『お前は部活が同じ名月の筆跡を知っているのだろう? だからそれは違う。あの予約は過去のも含めて全て本物だ』


『……すまん。お前の言いたいことが分からない。教えてくれ』



 氷華はいつになく嬉しそうにしながら言った。


『そうか! 自習室は勉強をする部屋、っていう固定概念があった! 集中できる環境、と思えば勉強以外の別の作業をしていたっておかしくはないってことだ』

 

 俺はもう一度、密室の自習室へと戻り、名月が座っていたと思われる机周りを探すことにした。


「先生、ありがとうございました!」

「おい、廊下を走るなよ~?」

「はい!」


 それぞれの机には引き出しがあった。

 俺は名月が昨日座っていた机の引き出しを静かに開けると、そこには一冊のノートが大切にしまってあった。


『何が書いてある?』


『今開くって!』


 一ページ目を開くと、小説研究部についての企画書の詳細などがまとめてあった。

 どのような活動をしていくのかであったり、活動をどこでやり、頻度はどれくらいが適切なのかを考えているようなメモ書きなどが何ページにも渡ってズラリと書かれていた。

 俺は、すぐに名月暦がここで何をしていたのかが察せた。


『……名月はずっと。自分が作った同好会に近いあの小説研究部を正式な学校の部活として成立させるように努力していたんだ。部室なんてなかった。だからここはアイツにとっての部室・企画会議室であって、勉強と同じくらい集中すべき大事なことだったんだ……!』


 俺は涙ぐみながら、彼女の真実を氷華に伝えた。


「~♪ ♪~♪ ♪♪♪~♪♪♪♪♪♪~~」


 その瞬間だった。

 突然、吹奏楽の演奏が廊下に響き渡ってきた。


「いや――うるさっ!!」


 俺は思わず耳を塞ぎ、そう述べた。

 当然涙も引っ込んでしまった。


『ドアを全開にしておくからだ陽希! 早く締めろ!』


 心象次元にいても、この五月蠅さは感じ取ってしまうのか、氷華もお怒りだった。


『――は? いやいやいやおかしくないか??』


『何がだ?』


『ここは自習室だぞ?? こんな音がもし、毎日するなら集中できるわけないだろ!』


 俺はそう言いながら、ドアを閉めようとするも、ここでまた新たな異変に気が付いた。

 ドアがなかなかしまらないのだ。

 手でドアを押さえて部屋を閉じようとすると、反発してしまい、どうしても僅かに隙間ができてしまう。

 音は空気を振動させて伝わるため、これでは吹奏楽の爆音をシャットアウトできないのだ。

 俺は、仕方なく鍵を回し、強制的にドアを閉めた。

 すると、多少ではあるがその音は小さくなり、防音に成功した。

 密室突破の際、破壊したのはドアノブのみ。

 つまり、このドアの今のような不調は名月暦が死ぬ前からずっとあったということになる。


『この学校は伝統校だからか建物が全体的に新しくないんだ』


『――――』


『また無視か氷華?』


『いや……違う。少し先ほどの推理の続きを考えていたんじゃ』


 すると。

 その時だった。

 閉めたばかりのドアを「ゴンゴン」と叩く生徒が現れた。


「ねえ? 暁星くん? 何してるの?」


 ドアの硝子越しからだが、その生徒は俺のクラスの委員長・小鳥遊稲穂たかなしいなほさんだとはっきりとわかった。

 スクエア型の赤い眼鏡をかけた赤髪ロングの目立つ女子など、少なくともこの学校では彼女しかいない。

 俺はドアを開け、彼女に一度入ってもらい、再びすぐにドアを閉めるために鍵をした。


「すまない。吹奏楽の音がうるさくてな」

「そうじゃなくて、ここで何をしてるのって話なんだけど」

「俺が名月と同じ部活だったのは知ってるだろ? この部活に関するノートを取りに来たんだよ!」


 俺は手に持っていたノートを小鳥遊に譲渡し、噓ではないことを証明した。


「ここの鍵は?」

「それを取るために特別に望月先生が貸してくれた。今なら物理実験室に居ると思うから聞きに行ってもいいぞ?」

「いえ、許可を取っているなら何も問題はありませんよ。むしろ私がお邪魔でしたね」


 小鳥遊はノートを返し、軽く会釈してそう言った。

 この通り、彼女は委員長にふさわしい規律を重んじる生徒だ。

 少し怖い印象だったが、ちゃんと話は聞いた上で是非を判断してくれる、良い奴なのだと俺は思った。


「なあ、小鳥遊さんは名月の死をどう思う?」

「とても残念に思うわ。彼女は私以上に模範的な生徒でありながら、私には無い人望もあった。正直、悔しかったけど、もう目標にすらできないのは本当に悲しいことね……」

「そうだな……。それで小鳥遊さんは何しにここへ来たんだ?」

「吹奏楽でこの先の廊下を使ってるのよ私。そこに行く途中でたまたま君を見かけたってわけよ。ちょっと今日は教室の掃除に時間がかかっちゃって参加が結構もう遅れちゃっているからもう行かなきゃ。じゃ、そういうことだからまた明日教室でね」


 小鳥遊はそう言って、その場から去って行った。


「大変だな」


 今は期末試験期間でほとんどの部活動が停止しているのだが、うちの学校は強豪校というやつらしく、このようにテスト勉強期間だろうと練習を惜しまない。

 俺が、もし何かの間違いで吹奏楽部に所属していたら絶対秒で辞めてるだろうなと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る