第3話 密室殺人・紫➀

 十二月十三日(水曜日)八時十分。


 俺はいつもより少しだけ早く学校に着いた。

 教室に入ると、既にほとんどの生徒が黙って席に着いていた。

 春の穏やかな陽気には相反する、重苦しく哀しい空気が充満していた。

 おそらく他のクラス、学年でも今、同じ雰囲気に包まれているのだろう。

 それほど、名月暦の死は心苦しく、残酷なものだった。


「おはよう……陽希くん」


 隣の席で同じ小説研究部の白袖もかなりやつれた表情を浮かべていた。

 大きな隈が出来ており、昨日は全く寝付けなかったのだろうと俺は推測する。

 無理もない……。

 俺ももし、氷華があのような処置をしてくれなければ、白袖のように……。

 いや、そもそも今日ここには来れなかったのかもしれない。


「夏梅は大丈夫かな?」


 隣のクラスであったため、今日はまだ彼の姿も見ていなかったため、俺は白袖に尋ねる。


「学校には来ているみたい……。ただ、彼、暦ちゃんにずっと憧れてたから……きっと」

「そうか……」


 しばらくすると、朝の会が始まり、そのまま午前の授業が流れるように過ぎ去った。

 当然、授業の内容はほとんど頭に入らなかった。

 望月先生は大学受験のためには、この基礎の時期もとても大切だから、授業中だけは集中してほしいと酷い顔を作りながら言っていたが、申し訳ない。

 しばらく、俺はそれどころではない。

 早く、犯人を捜さなければ、どんどん足跡は消えて、取り返しのつかない事態になってしまう。


 ――急がないと。



『その通りだ、陽希』


『――――!』


 一瞬の瞬きの後、俺は十六夜氷華の棲む心象次元に意識が墜ちた。


『わざわざ心象次元に呼ばなくてもいいだろ? 普通に話せるんだからさ』


『授業の邪魔をしたくはないからの~』


『それで?』


『望月風馬がまず一番怪しい。第一発見者が犯人という話をこの前の推理小説で読んだばかりだからの~! それにあの部屋の管理者は望月と聞いているしの~!』


『お前……もしかして小説とかの知識だけで探偵とか言ってるんじゃないだろうな……』


『うるさい! 早く行け!』


 再び、現実に戻される。

 俺は休み時間に早速氷華に従うように、先生に話を聞きに行くことにした。


「あの自習室に朝っぱらから立ち寄ったのは、単に俺が今学期の管理者を任されていたからだ。……電気ポットとかのお湯の用意とかがあったんだよ。その直前までは職員室にいたしな。これは教頭が証明してくれている。それに、紙コップ以外のその他の管理物からも毒は1mmも見つからなかったと警察が言ったんだ。俺がやった可能性は100%ないとまで聞いた。……そもそも名月が死んだのは昨日の夕方か夜だろう? その昨日に俺はお前も知っての通り、一日中出張が入っていたんだ。俺がやったんだと思ってるなら見当違いだよ」

「そうですか……すみません」

「さっきも言ったけど、授業に集」

「今は休み時間ですよ」

「そ、そうだったな。……調べたいなら放課後、特別に鍵を貸してやる。なるべく秘密裏にやってくれよ? じゃなきゃ俺が怒られるんだから!」

「ありがとうございますっ!」


 犯人がいるとするならば、必ず学校関係者。

 先生か生徒か、事務員さんのどれかに絞られる。

 ただ、そうは言っても数は途轍もない。

 今のように一人ずつ聞き込みを行っていたら日が暮れるどころかすぐに卒業式になってしまう。

 奇跡的に今、自習室の鍵を借りる約束もできた。

 犯人を見つけるよりも先に、密室のトリックを暴く方が先決だと俺はこの時判断した。






 

 その後もいろいろと考えているうちに、気づけば放課後になっていた。

 俺は早速、現場である自習室に出向いた。


『起きているか? 氷華』


『無論だ。さっさと部屋に入れ陽希』


 少し前。

 鍵を借りる際。本当にスペアキーのようなものがなかったのか聞いたのだが、「ない」と即答されてしまった。

 どうやら、本当にここの鍵はあの名月が室内で持っていた一本だけしかないようだ。


『鍵を外から締めて、それを外から名月の制服の内ポケットに入れたというのは物理的に不可能だろう?』


『今お前の視界を通して、この部屋を隈なく見ているが、鍵を通せる穴や秘密の通路のようなものは無さそうだ。その線は薄い』


『だよな~! じゃあ、この紙コップの飲み口らへんに毒を塗ったとしか……』


『それは科学捜査班がとっくに調べて検出されなかったのだろう?』


『これが殺人だとするならば、毒殺なことは間違いないんだ。そうとしか……』


『そうじゃな。だとすれば――――考えられるのは』


 俺は一度氷華との会話を止め、辺りをさらに調べ始めた。

 自習室に置かれていたものは以下の通りだった。


・五人が自習可能な机と椅子

・コーヒー豆の袋(一人一日一杯厳守という貼紙付き)

・お湯をそのままの温度で保存する電気ポット

・壁に設置されていた使い捨て紙コップディスペンサー

・小さな棚の中にある補充用の大量の紙コップ

・教科書類(それぞれの机の棚にたくさん並べられている)

・細かい作業ができそうな小さな刃のハサミ

・ゴミ箱(消しカスや使い終わった紙コップが捨てられている)

・カレンダー(誰がいつ何時~何時に使用したのかを記入するものであり、外側のドアに貼り付けてあった)

※ゴミ箱内の紙コップも全て検査されたようだが、毒物は見つからなかった


 自習室は学年ごとに用意されており、名月暦が使っていたのは一学年用の自習室であった。

 カレンダーには、四月からトータルで五人の名前の種類しか記載されておらず、あまりこの自習室は頻繁には使われていなかったことがわかる。


『十二月十二日十六時から二十一時 名月暦、か』


 俺は昨日の欄に書かれていた者を読み上げた。


『フフッ』


 その瞬間、氷華は不気味に笑った。


『何か分かったのか?』


『やはり、名月は自殺ではないぞ! その下を見ろ!』


 俺は言われるがままに目線を下に落とすと、そこには『十二月十三日十六時から二十一時 名月暦』と書かれているのが見えた。

 まさしく今日のこの時間を指している。

 これからわかることは、二つ。

 まずは、このカレンダーは予約票のような役割を担っているということ。

 これはおそらくだが、席が五つしかないため、当日になってもしかしたら人数オーバーで使えないかもしれないといった事態を防ぐためにあるものと考えられる。

 外のドアに貼ってあるのもそれが目的に違いない。

 そしてもう一つは今氷華が察したように、これは名月が十二日に死ぬつもりは微塵も無かったのだという絶対的な証明となる。


『待て待て! 名月! 凄い予約を入れてないか?!』


 さらによく見ると、今月末の学校登校可能日までぎちぎちに予約を名月は入れていた。


『ますます自殺はおかしいのぅ』


『急に二学期の終わりからこんな勉強をするようになったのはいったい何なんだろう……』


 俺はカレンダーの、秋の終わりごろからいきなり増えだした名月暦の名前を指しながらそう呟いた。


『考えられる原因としては、成績が下がっただとか、志望校のレベルを上げただとかになる……かの~。すぐに望月に聞きに行くぞ!』


『了解だ』


『それに密室なんだが……――』


『トリックが分かったのか?』


『いや、まだ推理が固まりきらない……』


『そうか……』





――――――――

<ミステリー兎>

自習室なんですが、朝の部は鍵がドアの前に置かれていて自由に入れるようになっております。そして使用者は各クラスで行われる朝の会までに職員室に鍵を返却します(誰も自習室に使用者がいない日は望月先生が返却しにいく)。夕方の部はまた職員室から借りて、終えたら今度はドアの前に置きます。……というルーティーンのようです。

なぜこのようなやり方になったのかというと、単純に校舎開門から朝の会までは時間が短く、時短のためということと夕方の部は職員室は会議などをやっていて入りにくいというので、生徒がこのような仕組みを提案し、望月先生が勝手に承諾してやっているという感じです。途中鍵を一度返すのは申し訳程度の望月先生が学校にバレないように考えた妥協点です。

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