第7話 密室トリックと犯人の正体➁
「……じゃあ同じように順番に説明するぞ」
「頼む」
氷華は再び杖を箇条書きで書かれたその文をなぞるように差し向けた。
「まず、いつソレを抜き去ったのかだが……これは朝の密室解除時一択じゃ」
「ドアノブを破壊して、名月をその場にいたみんなで運んだ時か……。確かにあの時は全員が名月に注意が集まっていた。それに……その場に誰がいたのかすらそこにいた誰もが覚えていなかったほどに混乱した場だったからな。なら、証拠隠滅――特別工作紙コップとやらを抜き去り、捨てたのもその時間になる。ただ――」
「ただ!! どのゴミ箱からも近くの庭にも、そのようなものはあがっておらん! 無論、全員が身体検査、持ち物検査を受けた! ならば、そう――その特別工作紙コップは同じように隠したに違いない! そう! また別の紙コップに綺麗に重ねたのじゃ!」
何が興奮するのか全く分からないが、氷華の推理はかなり的を得ているように思える。
紙コップに綺麗にぴったり重なる、その円錐台型の工作紙コップを捨てれないのなら、隠すしかない。
となれば、元々隠すように作られたその特徴を活かすに他ない。
とても理にかなった考え方だと俺は思った。
「なら、それは紙コップディスペンサーの中間層辺りの紙コップに重ねて隠したというわけだな……。よくそこまで頭が回る」
「では、納得したようなので、次の疑問点へと行くぞ」
氷華は、俺が今の推理に反論をしてこないことを確認し、黒筆で描かれた今の疑問点をすぐに消し去った。
「次に、その特別工作紙コップをどうやって設置したのか……。当然だが、普通に他の普通の紙コップに重ねるようにディスペンサーに入れると、中に張りつくように重ねていた特別工作紙コップがズレてしまう。ならば、こうすればよい――!」
氷華は特別工作紙コップ入り紙コップを一番上に来るように紙コップの束を何段か作り、ディスペンサーに設置した。
「ソレを一番上にすることにより、ソレは外側部分のみが紙コップとディスペンサーに触れることになり、中の特別工作紙コップがズレ落ちたりしないだと……? それは確かにそうだが、朝来たときはディスペンサー内にはたくさん紙コップがあったぞ?」
「取り出したのが最後の一個だったことに気づいた名月暦が自分でその時補充したんじゃ! 彼女は几帳面な性格じゃからの。犯人はそれも信じたんじゃ」
そしてこの時、俺は最大の反論ポイント、推理の欠点を見つけてしまった。
これに対して、もし。
氷華が何の反論もないのだとしたら、全てのこれまでのトリックが成立しなくなるだろう。
俺は、氷華を信じるようにその問いかけを突き付けた。
「一番上にソレを持ってきたのは分かる。……ただ、その下の重ねた紙コップは何個ある? どういった計算でその数になっている? それらの毒なんてないただの紙コップを名月が使ってしまうことや、一番上のソレを名月以外の誰かが使う可能性は十分に考えられる……! それを聞きたい」
「……あのカレンダーの存在を忘れたか?」
「!」
「ドアに廊下側から取り付けられていたあのカレンダーには明確な役割があったはずじゃろ?」
「……予約票。誰がいつ何時にあの自習室を使うのかがそれを見れば誰でもわかる……!」
「犯人はおそらくそのカレンダーを頻繫に確認し、正確な未来予想――名月が手にする特別工作紙コップが仕掛け日から何番目にすればいいのかが逆算的に分かったんじゃろう……」
俺は驚いた。
密室の謎に毒殺の謎。
それに俺が用意してくるであろう疑問・反論の数々。
その全てに対して、十六夜氷華は論理的根拠に基づく、完璧な推理を持ち得ていたのだ。
いつもはどうでもいい雑談や文句をしてくる氷華にまさかこんな特技、いや才能があっただなんて本当にびっくりだ。
「探偵になるってのはハッタリじゃなかったんだな、氷華」
「当たり前じゃ!」
氷華は頬を膨らませ、こちらを「私の探偵力を疑っていたのか?」という目で睨んでいた。
「それで? そんなトリックの数々を考えた犯人はいったい誰なんだ? そもそもソイツは生徒か先生か? 俺の知っている顔か? 今さら気を遣う必要はないぞ? あとはそいつを捕まえて、何で名月を殺したのかを直接俺が聞き出してやる……!」
氷華は俺の言葉を聞き終わるに、いつになく真剣な表情に切り替わり、しばらくの間黙り込んで拳を静かに力強く握っていた。
「……知り合いか?」
俺は覚悟を決めて、そう言った。
すると。
氷華も覚悟を決めた目つきをしていた俺を見て、自分も覚悟を決めたのか、黙り込んでいた口をゆっくりと開き、その名前をついに口にした。
「――――白袖零」
聞き間違えたのか……?
いや、それはありえない。
この距離だぞ。
白袖零……?
知り合いかだなんて甘く見積もって考えていた俺がバカだったのか?
いや、待て待て噓だろ……。
「白袖は……俺の、同じ部活の――名月の友達だぞ!!」
俺は驚きの感情を怒りと疑いの感情に溶け込ませ、最後の最後にでたらめを言ったのであろう氷華にそう言い放った。
しかし。
言葉ではそう否定していても、心の中では彼女が言い逃れができないほどに一番怪しいのだとこれまでの話を聞いていた俺は実のところ、そう思い始めていた。
先ほどのトリックの中には、名月暦が几帳面な性格だという情報を知り得なければ、再現できないものが含まれていた。
――犯人は、自習室と名月暦に詳しい人物。
そして、俺が前に見させられた部活動の幻は、氷華が言うに、過去の情報の断片を収集し、一つのストーリーにしたもの。
その夢を見るということは、これまでの過去の復習とも捉えることができる。
俺は、その夢を思い出す――。
『私はこう見えてもA型だぞ?』
『……意外と几帳面だよね。暦ちゃんって』
名月暦が几帳面だと俺や夏梅が知るよりもずっと前から知っていたのは紛れもなく、白袖零だったのだ。
「……それに、彼女が水筒に入れてよく持って来ていたコーヒーの味は、自習室の備え付けのコーヒーの味と全く同じじゃ。先ほど銘柄を確認したところ、入荷一年待ちの希少なものじゃった。……たまたまで片づけてもいいのじゃが、彼女が朝早くに自習室をこっそり訪れ、豆を盗んでいた、というストーリーを思い描くことができる」
「それが自習室に詳しい理由……か」
「うむ」
「同じく自習室に詳しい管理者の望月先生はどうなんだ? 何度かこれまでに二者面談などをしてきただろ。白袖と同じように名月が実は几帳面な一面があるってことを知っていてもおかしくないだろ……?」
それでも……。
俺はまだ諦めきれなかった。
例え、トリックの全てが彼女がやったという証拠になったとしても。
動機は不明のままだったからだ。
「そうじゃのぉ~。だが、望月は既に二回も自習室の鍵を無断で陽希に貸しているじゃろ? もし彼が犯人ならば自らトリックの証拠を捜してくださいと言っているようなものじゃないか? 深層心理的にそれは無意識に避けるものだと私は考えるがの」
「……そうか」
「それで、陽希よ。お前はどうする?」
「……真実を知りたい。何で白袖が……名月を殺したのかが」
◇
気づくと、俺の意識は現実世界に戻っていた。
目の前ではまだ夏梅と白袖がコーヒーを飲んでいた。
とてつもなく長い時間を心象次元で過ごしていたように感じるが、こちらの世界とはやはり時間の流れ方がまるで異なる。
ほんの瞬きほどの時間しかあれから経っていないようだった。
俺はそれを再確認した。
「なあ、白袖、夏梅。少しわかったことがあるんだが、聞いてくれないか?」
「…………」
「…………」
「…………」
俺は氷華に伝えらた推理をそのまま彼らに伝えた。
「噓だろ?? じゃあ……白袖が犯人なのか?」
夏梅は悲し気な声色で白袖の肩を揺すりながらそう言った。
「違うよ……!! 何で私になるの……? 答えて陽希くん!!」
白袖は青ざめた表情で助けを求める視線を俺の方へと送る。
「……俺も白袖じゃないってことを確定させたい、ならこれしかない」
俺は壁の紙コップディスペンサーの中に入れられていた紙コップの束を全て取り出し、その中から例の特別工作紙コップを捜し始めた。
「やめてよ……!! もうっ!!」
「夏梅!! 白袖を押さえててくれ!」
夏梅は俺のいつになく必死な呼びかけに、今が緊急事態ということをすぐさま理解し、俺のやろうとしていたことを止めようと向かおうとしていた白袖の脇に両手を入れ、それを阻止した。
「……ごめん! 零」
「放して!!」
俺はその間に、紙コップの束を崩し、ソレを見つけることができた。
これが――氷華が推理した円錐台の工作紙コップ。
まさか本当にあるなんて――。
少し薄紫に染みたような色がソレの内側にこびりついていたのが確認できた。
「陽希くん……それを返して!!」
「返して? これは白袖のモノなのか?」
「――――ッ!! 退けッ!!」
白袖は夏梅を思い切り突き飛ばした。
夏梅はそのままドアに頭をぶつけ、当たりどころが悪かったのか、眠るように倒れてしまった。
「なんでなんだ……白袖っ!! 何で名月を――! 友達を殺したんだ!!」
「お前も……密室で殺してやる」
「!?」
白袖は見た事の無い鋭く荒んだ目つきで俺を睨みながらそう言い、掌を合わせ何かを囁いた。
「――――
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