第10話 アーベルとクリスティアーノ
煌蘭二区、別名経済区。
煌蘭の西に位置するこの区域は経済区という名が示すように煌蘭の交易の中心地である。
さまざまな国や民族の商人が集い市が開かれ、世界各国からもたらされた品々が活発に取引が行われている。
西方の絹、南方の珍しい果物、東宝の海からもたらされた珊瑚や海産物、北方の山から産出された鉱物。
あらゆる品々が煌蘭で取引され、金さえあれば手に入らないものはないと言われる。
最も賑やかで活気のある二区の中央市場を抜け、まっすぐ西に向かうと大門へと行き着く。
交易都市煌蘭は、防衛上都市のすべてが巨大な城壁によって囲まれている。
都市に出入りするには北、西、南に作られた大門を通ることになり、各門にいる門番が通行する旅人の身分と荷物の検問を受けることになる。
本日の門番の担当は、アーベルとクリスティアーノだった。
アーベルは今年二十歳になった竜人である。
自分に適性のある職業が剣士であることが分かった時、生まれ育った煌蘭で職に就く事を決心し煌蘭警備隊に志願した。
配属先は二区西の大門の門番だった。それ以来三年間変わらずこの場所で勤務し続けている。
「身分証を確認っと……雪渓省の柊村のコウさんね。遠いところからよく来たね。」
「へい、市場に卸す野菜を運んできやした」
帝国では出生した町や村などの自治体に届け出を出すことで身分証が発行される。
基本的に本人が死ぬか、犯罪を犯して市民権をはく奪されない限り有効で、帝国国内や友好国に移動する時など、常に関所等で提出を義務付けられている。
「荷の確認、完了したよ。異常なしだ」
アーベルが対応している時に相棒のエルフのクリスティアーノが荷を検査を行い、スムーズに手続きを終えていく。
初日の訓練で意気投合してからずっとバディとしての関係が続いており、すっかり慣れたものだ。
「よし、通っていいぞ」
「お役目ご苦労様ですだ」
納付が野菜をどっさりと詰め込んだ荷車を運び出し、中央市場へと向かっていく。
荷車と商人の後ろ姿を見届けながら、アーベルはクリスティアーノに対して問いかける。
「クリス、お前本気であの話断るつもりか?」
「本気も何もあの話はきっぱり断ったよ。それが俺の答えだって」
「それが俺の答えってお前、昇進断るやついるか?」
先日、クリスティアーノは上司である警備隊隊長に呼び出され、二区の市中を担当する衛士隊の小隊長に推挙するという内容の話をされた。
しかしクリスティアーノはその話をすぐに断ったと同僚から聞いたアーベルは、驚いてクリスティアーノに尋ねたが彼の答えが今と同じように淡白なものだった。
「君がいない部署に配属されたら、今のような成果を上げることはできないんだよ。それなら栄転だろうが意味ないだろ?」
「いやいやいや、別に俺がいなくたってお前だったらどこでもやっていけるだろ」
クリスティアーノは警備隊の兵士としてかなり優秀だ。
隊の模擬戦闘ではアーベルの勝率は三割ほどである。
槍術と格闘術に長けるクリスティアーノは、槍を用いての中距離戦と格闘による接近戦を自在に使いこなし、常に主導権を握って戦いを優位に運んでいく。
アーベルの剣技の腕も決して引けを取るものではないが、距離戦など手札の数で押し負けてしまうケースが多い。
「武術の腕も俺なんかより遥かに上だし、状況を的確に判断する能力も高い」
「君が同じ隊に配属されるというなら引き受けたけどね。君がいないなら他所に行く気はないよ」
アーベルはこのまま門番として二区に配属されるため、自分の隊に引き入れることができないと聞かされたクリスティアーノはすぐにそれを断った。
彼の条件はただ一つ、自分の隊にアーベルが所属することだった。
「お前な……。俺を買ってくれるのは有難いんだが、買い被りすぎだぞ。俺より強いやつなんてどこの隊にでもいるだろ」
「アーベル、君は本当に自己評価が低いね。いや、自分に厳しいというべきかなぁ。確かに武術の腕だけで言えば君の力量はそれほど高くない。だけどそれなら模擬戦闘の時、どうして僕と引き分けたり、一本取れたりするんだい?」
「それはお前のクセをある程度知ってるから……」
「そう、君は目がいい。いろいろな事をよく見ているし、ちょっとした変化も見逃さない。君の注意力と勘のお陰で抜け荷が発見できたのも、一度や二度じゃないだろう」
「そりゃまぁ、そうだけど……」
アーベルとクリスティアーノたちは、これまでに何度も抜け荷の摘発を成功させてきた。
抜け荷とは煌蘭を含めて帝国全土で取引を禁じられている麻薬や陶磁器、絹、砂糖などを巧みに他の荷に隠して取引する荷のことである。
煌蘭のような大都市には当然抜け荷商人が入り込み、海外と不正に取引する者が後を絶たない。強かな抜け荷商人たちの偽装を暴くことは簡単なことではないが、アーベルは不思議と抜け荷が隠された品を見ると、それを発見することができた。
「君のお陰で俺たちは結果が出せている。俺たちの二人の成果が、たまたま武術が多少秀でているだけの俺に評価が集中されるのはおかしいだろ?」
「いや武術の腕は兵士にとって大事だと思うぞ。それに、お前だって違和感を感じたりするから俺の見立てや勘を理解してくれるわけだし」
「そこだよ。はっきりいって並みの連中じゃ、そこまで理解できる頭もないし、体も動かないのさ。そんな環境で俺は仕事したくないね」
「お前、結局我儘いってるだけじゃねぇかよ。好き嫌いでするもんじゃないだろ、仕事は……」
「ああ、それとこれが一番大事なんだけどさ」
「なんだよ?」
クリスティアーノはニヤリと笑って、話を続ける。
「俺は自分のついて行くリーダーは君だけだって決めてるんだよね」
「はぁ?何言ってんだお前」
「これまで俺は自分の直感に従ってやってきて、そこそこうまくやってこれた。で、その直感がお前について行けと告げてるんだよ」
「意味わかんねぇ……」
「君が後で俺のリーダーになってくれるなら、とりあえずで小隊長職も引き受けたけどそうでないなら完全にパスだ」
「……そんなことあるわけないだろうが」
相棒の根拠もない推しに困惑するアーベルだったが、クリスティアーノは自信満々の態でバンバンとアーベルの背中を叩いた。
「俺を信じろ相棒!君は自分が思っているよりはるかに大物なんだぞ」
「い、痛ぇよこのバカ力!」
「おっと、次のお客さんがお出でになったようだよ。対応よろしく!」
街道より西の大門に入ってきたのは三人組の旅人だった。
エルフの男が一人、竜人の男が二人。特に変わった様子は見られない。
「ようこそ煌蘭へ。身分証を提示してくれ。」
「はい、お確かめを」
エルフの男が代表者らしく、三人分の身分証を差し出してきた。
出身地、名前、職業、記載されていることに問題はない。
「煌蘭には何の目的で?」
「見ての通り私は行商人でして、市場に仕入れに参りました。煌蘭の商品は高く売れますからね。こちらの二人は護衛です。傭兵ギルドの証明書もあります。」
竜人二人は鎧で武装しており、提示された証明書から傭兵ギルドの傭兵であることも分かった。
街道は比較的安全とはいえ、魔物や野盗が跋扈する危険な場所も数多く存在する。
各町や村を行き来する行商人が安全のために冒険者ギルドや傭兵ギルドから護衛を雇うのはごく自然なことだ。
「いかがでしょうか?問題がなければそろそろ通らせていただきたいのですが」
「ああ、これなら大丈……」
許可をだしかけて、なぜかアーベルは続きの言葉が口に出せなかった。
身分証も証明書も問題はない。身なりや雰囲気におかしなものは感じられない。
手持ちの荷物も特に大きなものやなく、怪しい物も見受けられない。
普段であればすぐに通せる旅人のはずなのに、この三人を見ていると得体のしれぬ不気味な感覚にとらわれるのだ。
特に武装していない行商人のエルフの男から強くそれが感じられる。
本当にこの者たちをこのまま煌蘭に通してしまってよいのだろうか。
いつの間にかアーベルの握りしめた手は汗でしっとりと湿っていた。
「おい、アーベル……っ!?」
さすがに時間がかかり過ぎていることに異変を感じて進み出たクリスティアーノも、アーベルのただならぬ表情に事態の深刻さを察して押し黙った。
「……何かありましたか?」
とりあえずもう少し調べるべきなのか、それともこのまま通すべきなのか。
アーベルが返答に窮していると背後から予想外な声がかかった。
「おいお前たち、何をやっている!?」
「隊長……」
「後ろが使えているじゃないか、早くお通ししないか!」
「は、はい。お待たせしました。それではどうぞ」
「ありがとう。」
「ささ、こちらが二区商業区となっております。宿はあちらにありまして、はい。」
いつもは部下に任せきりで詰め所から出てくることもしない隊長が、わざわざ外に出てきて行商人一行を慇懃な態度で案内している。
あまりの事に呆気に取られているアーベルの肩にクリスティアーノが手を置いた。
「何があったんだい、アーベル?」
「分からない……。あの三人組を見ていたら、胸の内から何とも言えない感情が湧き出してきたんだ」
「何とも言えない感情?」
「恐怖……とでも言えばいいんだろうか、おぞましい何かに俺の心臓が掴まれたようなそんな感触なんだ……」
「……どうも君の感想を聞いていると、あの三人は人ではない何かだったように聞こえるな」
「まさかあの三人が魔物だったっていうのか!?」
クリスティアーノの言葉にアーベルは驚きの声を上げた。
「落ち着いて。あんな人間らしい姿形、話し方をした魔物の話なんて聞いたことがない。あくまで物の例えだ。だけどアーベル、やはり君の見る目は確かだ。そして何かを感じ取る勘みたいなものもね。俺はやはり君を主に仰ぐつもりだよ」
「クリス、こんな時に何の話を……」
「それから隊長に助けられたね」
「隊長に?」
「隊長にその気はないんだろうけど、あいつらを引き離してもらって助かったよ。正直、俺と君二人で戦ったとしてもとてもかなわなかったと思う。詰め所の警備兵全員でかかっても果たして倒せたかどうか……」
「……それほど強いのか」
武術に通じたクリスティアーノがそういうのだから、間違いないのだろう。
それほどの強さをもつ謎の三人組が二区に入り込んできた。
これがどのような事になるのか、今のアーベルとクリスティアーノに知る術はなかった。
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