第9話 ???

そこはねじ曲がった空間だった。

無数に立ち並ぶ楼閣、複雑に入り組んだ回廊、延々と続く部屋に次ぐ部屋。

それが前後左右のみならず中空にも立ち並び、摩訶不思議な光景を作り出している。

「やれやれ、ついに時がくるね」

楼閣の屋根の上に腰かけて、青年が口を開いた。

エルフだろうか、耳がとがり繊細な顔だちをしているが、その双眼は血のような深紅の輝きを放っている。

「もうじき鬼王の眠りが醒める。僕たちにとっては喜ばしいことだけど、世界にとってどうなのかは分からないね」

「喜ばしくなどあるまい。破滅かそれとも存続か……。いずれにせよ戦乱は避けられまい」

返事してきたのは遥か後方、無限に続くかと思われる回廊にたたずむ男。

雪のように白い肌に、頭から奇妙な角のようなものが生えているが姿形は竜人によく似ている。

そして双眸は屋根の上の男と同じようにやはり赤く輝いていた。

「鬼王が目覚めれば、私たち鬼もいずれ地上に出なければなるない事態となる。かといって引っ込んでいては魔神どもへの対処の仕様がなくなる。つまり、どうしようもないということだ」

「鬼王が目覚めるのは魔神へ対抗策だ。使徒たる俺たちに選択肢はあるまいよ」

畳の上で大の字になって寝ころんでいたもう一人の男が、不貞腐れて声を上げた。

こちらは他の二人に比べてやや小柄だが、最も筋肉質で引き締まった体をしている。

そしてやはり瞳は赤い輝きで彩られている。

「魔神どもの好きにさせれば、世界は旧人類の歴史が辿ったように破滅する。この世界に生きとし生けるものすべてが手を取り合って対抗する以外に道はない」

「すでに先兵が動きだしているようだね。遠からず上位の魔神たちもこちらの世界に現出してくると思うよ」

「魔物も活性化し数が増している。私たちがいくら間引いても限界は近い。結界の外に魔物があふれ出す日も近いだろう」

「上の世界の人たちがそうなる前に気づいて、こっちと手を取り合ってくれるといいんだけど」

「無理だな。上の連中は長い平和の時代に浸りすぎて、戦乱の時代のことをほとんど覚えていない」

畳から体を起こした男は、筋を伸ばしながら忌々しそうに気を吐く。

「我々鬼族がこの世界の厄介ごとを遥か地下深くで数百年も受け持っていたことも、上の連中は知りもしないだろうしな」

「……もはや我々の力だけでは抑え込むことに限界がある。鬼王に目覚めてもらうしかないが、魔神どもがそれを許すとは思えない。魔神が地上に乗り込むことはできれば避けたかったが、無理なようだ」

「そうなる前になんとかここまでたどり着いてもらいたいものだね。そうなれば、この世界の真実を告げられる……」

三人が目を向ける先には、長大な扉があった。

黒く冷たい輝きを放つ金属で作られたその扉は、あまりにも巨大すぎて人が使用するには大きすぎるものだった。

精緻な彫刻が施されているがどこか禍々しい印象があり、直視していると得体のしれない寒気を感じさせる。

扉はわずかに隙間が生じており、そこから黒く揺蕩う何かが漏れ出していた。

「我々が間に合うか、それとも門が開くことが先になるか……。競争だな」

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