第6話 賭け試合

賭け試合。

腕に覚えのある闘士たちが武器もしくはすでにより戦い、観客はその勝敗をめぐって金をかける危険な催し物である。

指を立てるサインによるギブアップは認められているものの、死傷者がでる危険な試合になることが多く、煌蘭を含め大半の大陸の都市では法により禁止されている。

しかし刺激に満ちた娯楽ほど人を引き付けるもの。

法の目が届かぬ場所で開催される違法な賭け試合は、どんなに為政者が規制をかけても催されていた。

煌蘭では犯罪組織が胴元になり、六区貧民街の中でも最も奥まった区画に闘技場が設けられ開催されている。

賭け試合と一口にいっても、参加する闘士によって様々な形式が存在する。

剣など武器を使った剣闘試合、捕らえた魔物同士を戦わせる魔物試合、魔物と闘士が戦う討伐試合など様々な催し物が存在するが、その中でも最も人気があるのが拳闘士たちで行われる拳闘試合である。

武器を用いず己の肉体のみで戦う拳闘士の試合は白熱したものになりやすく、一試合の賭け金も非常に集まりやすい。

興行主である犯罪組織はこぞって強い拳闘士を雇い、拳闘試合に出場させている。

いくら人気があるとはいえ、違法行為である賭け試合は日中にはほとんど行われない。

日が沈み空に闇の帳がおろされる時刻になると、煌蘭中から賭け試合のファンや博徒たちが闘技場に集う。

貧民街である六区に燈明につかう油を買える家はほとんどないので、区画の大半が闇に包まれているが、闘技場のある一角のみ明々と松明が灯され観客は迷うことなく向かえる。

いくら夜中とはいえこれほど目立つ場所が気づかれるはずもないのだが、不思議とこの闘技場が衛士によって摘発されたことはない。

興行主たちから執政官に対し多額の賄賂が渡っており、半ば暗黙の了承を得ているというのが煌蘭内の通説である。

今夜の試合は最も人気のある拳闘試合、それも生え抜きの拳闘士による試合が組まれるとのことで、闘技場はいつも以上の熱気に満ちている。

闘士の控室からその雰囲気を感じ取っていた拳闘士のガイウスは、闘技場へと向かう階段を駆け上がりながら心の昂ぶりを感じていた。

「いいねぇ、この雰囲気!拳闘試合はこうでなくっちゃな。」

階段の最後の段から跳躍し、空を一回転。

華麗に着地してみせる拳闘士のパフォーマンスに会場の熱気は熱狂へと切り替わった。

「金色の獅子ガイウス!闘技場の英雄は今日の試合でどんな戦いを見せてくれるのか!」

金色というだけあって、ガイウスの装備は豪奢な肩当から足甲にいたるまで全て金で染め上がられている。

これは闘技場の拳闘士として派手に目立つことを意識した衣装であるが、対戦相手の血液で真っ赤に彩るとさらに艶やかになる。

煌蘭の拳闘士で第一位の人気を誇るガイウスは、魅せる試合を心得ていた。

続いて対戦相手が向かい側の入り口より、静かに現れる。ガイウスの衣装とは対極的な黒と銀で彩られたシックな装備を身にまとっている。

肌の色は褐色というよりは漆黒。はちきれんばかりの筋肉で覆われた巌のごときガイウスの体格に比べ、やや細身でありながらしっかりと鍛えられ、無駄な肉が一切ない引き締まった体格している。

「黒豹カルロス!現在五連勝中の新進気鋭のルーキー!闘技場の王者に対してどのような戦いを挑むのか!?」

「ルーキーさん相手か、こりゃあ楽しみだ。」

拳をうちならしながら、ガイウスは二つ名である獅子のごとき獰猛な笑みを浮かべた。

ルーキーであろうと容赦なく叩きのめし踏み台にする。

そうやって彼は這いあがってきたのだ。

ルーキーの中からいつ自分をとって変わろうとするものが現れるかわからない以上、禍根は摘み取っておくのが一番だ。

「じゃルーキーさんのお手並み拝見……」

「続きましては狂犬ブルーノ!本闘技場初参戦の拳闘士です!王者と期待のルーキーに対してどこまで食い下がれるのか、期待しましょう!」

「おいおい、三人目だと!?俺は聞いてねぇぞ!……あのでかさ、巨人族か!!」

想定外の三人目の拳闘士出現に面食らうガイウスであったが、ブルーノはその体躯の巨大さも圧倒的だった。

竜人の中でも特に頑強で大柄な体の持ち主であるガイウスよりも、二回りほど大きい、まさに筋肉の山と形容しても差し支えないほどだ。

竜族を超える体躯の持ち主である巨人族は、巨神と呼ばれる太古の神が自分の姿に似せて生み出したといわれる種族である。

敏捷性こそ竜人劣るものの、その巨体から発せられる圧倒的なパワーとスタミナは目を見張るものがある。

観客席から発せられる声は歓声がほとんどであることから、恐らく観客には今日の試合のカードが知らされていたが自分にだけ情報が伏せられていたらしい。

ルーキーのカルロスも落ちついた顔をしているところから見て、事前に知らされていたのだろう。

「俺だけ蚊帳の外かよ……あのクソジジィ!!」

自分を追い落とそうとする敵対組織のやり口に歯噛みするガイウスであったが、闘技場の王者が試合を前に逃げ出すわけにはいかない。

ガイウスが覚悟を決めて構えをとるのとほぼ同じタイミングで、司会が開始のドラを打ち鳴らす。

「ぐぅおおおぅあああああ!!!」

雄たけびを上げて最初に飛び出したのはブルーノだった。目を爛々と輝かせ、ガイウス目掛けて飛び掛かってくる。

「じ、冗談じゃねぇ!」

ブルーノの丸太よりも太い右手は巨大な鋼鉄のガントレットで覆われており、ガイウスの脳天めがげて振り下ろされた。

こんな一撃を無理に受け止めては、体が破壊されてしまう。

後方に飛び去って回避するガイウスだったが、今度は慌てて頭を下に下げた。

数瞬後に、はらりと彼の前髪が一房宙に舞い、夜風に流されていく。

「おや残念。今の一撃で首を落とせるかと思ったんですがさすがは王者ですね」

「……てめぇ」

ガイウスの回避を見越していたカルロスが、音もなく横に回り込み首筋目掛けて強烈な蹴りを繰り出してきたのだ。

殺気を感じたガイウスは咄嗟に地面に向かって頭を下げることで回避できたが、直撃したらカルロスの言う通り、首が落とされていてもおかしくないほどのダメージをくらっていただろう。

なんとかガイウスはカウンターの拳打を放ったが、不自然な姿勢からでは無理があったようでなんなくガードされてしまう。

「二人がかりなら俺を倒せるつもりかよ」

「並みのペアなら難しいでしょうが、あの狂犬くんが嚙みついてくれるなら勝機がありそうですね」

初撃が空振りに終わったブルーノは、今度は腕を広げてガイウスに掴みかかってくる。

あの巨大な二本の腕に掴まれたら最後、ガイウスの体はへし折られてしまうだろう。

「くそったれが!」

一対一の戦闘であれば回避しながら反撃の機会を窺うところなのだが、少しでもガイウスがそのような気配を見せると、すかさずカルロスが攻撃を打ち込めるポジションに回りこんでくるため反撃できない。

ガイウスは毒づきながら回避に専念する他なかった。

そんな攻防が数手繰り返されさしもの王者ガイウスの息があがるようになってきた時、闘技場に轟音が鳴り響き大地が揺れだした。

「な、なんだ!?」

音の発生源は捕獲された魔物の搬出口の奥からだった。

巨大な木製の格子扉が激しい衝撃をくらって軋んでいる。

数度の衝撃の後、ついに扉は衝撃に耐えきれずに崩れ落ちた。そして扉を破壊して闘技場に姿を現した獣の姿を見て、人々は一斉に声を上げる。

「「「キマイラだ!!!」」」

獅子と山羊の頭に獣の胴体、蛇の尻尾を持つ巨大なる魔物。

圧倒的な知名度を誇るその魔物は、闘技場で戦いを繰り広げる3人の拳闘士を獲物とみたようだ。

耳をつんざく咆哮を上げて地面を切り上げた。

「おいルーキー!魔物まで乱入する筋書きなのか、この試合はよ」

「いや、さすがにこれはおかしいと思いますが…ね!」

ギラリと輝く爪を伸ばしてキマイラが殴りかかってきたが、ガイウスとカルロスは左右に飛び去って回避する。

さらに追撃をかけようと蛇の頭をした尾がガイウスに噛みつこうとするが、ブルーノがその強大な双腕で蛇の胴を抑え込んだ。

「ぐがぉぉぉぉおぉぉ!!!」

キマイラの上げる咆哮と同じくらいの大きさの雄たけびを上げてぎりぎりと蛇の尾を締め上げている。常人には到底真似できぬブルーノの戦術を見て、ガイウスは得心がいった。

「あいつ、やはり狂拳士か。それならあのでたらめな戦術も納得だな。」

戦士や拳闘士の中には、戦闘に対する恐怖を克服するため、もしくは己の戦闘力をさらに強化させるために、自分の精神を狂化させる能力をもつ者がいる。

狂戦士もしくは狂拳士とよばれる彼らは、強化によって身体能力を飛躍的に向上させられるが、精神を狂わせているため思考が働きにくくなってしまう。

戦術的といよりは本能的な獣のごとき戦い方を見せるブルーノの戦い方は、まさに狂拳士のそれである。

「さて王者。とりあえずあの化け物を倒すまで一時休戦でお願いしたいのですが」

「なんだルーキー、随分と弱気じゃないか。何がなんでも俺をつぶすつもりじゃなかったのか?」

「そこまで無謀じゃありませんよ。拳闘試合の中で死ぬならまだしも、あんな化け物を前に王者とやりあうなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。俺が山羊頭を担当しますから、王者はどうぞ獅子の本体を。」

「先輩に見せ場を譲るとは殊勝な心掛けじゃないか。」

「できた後輩がいて嬉しい限りでしょう、先輩。」

言うが早いが、ガイウスは跳躍して山羊頭に蹴りを浴びせにいく。

キマイラの山羊頭は攻撃力こそ低いものの、知恵が回り不可思議な魔術を使用してくる。

放置していると筋力を下げられたり、眠気をもたらす魔術を頻繁に飛ばしてくるため、討伐するときは真っ先に破壊すべき部位とされているのだ。

残すは本体と言われる獅子の頭であるが、こちらも厄介な部位である。

強靭な前足の一撃と顎から繰り出される噛みつきは相当な威力があり、かすっただけでも肉がこそげ致命傷に至る場合がある。

さらに獅子は広範囲に炎を吐き出す場合もあり、攻撃しにくい部位なのだ。

「見せ場を譲るとかいって一番楽な部位を選択しやがったな、あの黒肌野郎!」

さらりと一番厄介な部位を自分に押し付けていった抜け目ない後輩の姿にガイウスは悪態をはきつきつつ、今まさに火炎の息を吐きだそうとしている獅子頭に拳を叩きこんで黙らせる。

「黙ってろ、この騒々しい犬っころが!どっちが本当の獅子なのか証明してやるぜ!!」

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