第2話 エルフの双子の兄弟ジンとクシュダ

そんな「変わり者」のエルフの双子の兄弟ジンとクシュダは、煌蘭六区の冒険者ギルド「漆黒旗」に所属するA級冒険であった。

「兄貴、今日はどの依頼にする?」

エルフの拳闘士ジンは所属する冒険者ギルド「漆黒旗」に向かう道すがら隣を歩く兄クシュダに声をかけた。

ジンとクシュダは双子の兄弟ゆえに見た目がかなり似ている。

栗皮色のややクセのある髪に紅茶のような赤みを帯びた茶丹色の瞳孔。

エルフ特有の整った顔立ちに褐色の肌に筋肉で引き締まった体つきは遠目にもよく目立つ。

「…緊急性が高い依頼が無いのであれば、いつもどおり魔物退治でいいだろう」

クシュダは様々な武器を駆使する近接戦闘の専門家戦士である。

長柄武器の扱いに長じておりジンと連携した近接戦の腕前は、煌蘭の冒険者の中でも五指に入るとの呼び声も高い。

「え~また魔物退治かよ。下水でスライムとかゼラチナスマター退治とか御免だぜ」

「確かに不定形の魔物は俺たちにとって不得手であるが、中堅でも危険な魔物の対処は率先して上位冒険者が担当すべきだろう」

「そりゃそうだろうけど行商の護衛であったら、たまにはそれを受けて他の街にでもいってみてもいいだろ」

「万年人出不足のうちのギルドで、俺たちがそんな長期依頼を引き受けたらいい顔はされないだろうな…」

この世界には「魔物」と呼ばれる危険な生物が跋扈している。

大半は人に敵対的であり遭遇すれば襲い掛かってくることが常である。

都市や村など人が居住する場所に出没することはほとんどないが、下水など外界と繋がっている場所には水棲の魔物がひっそり忍び込んで繁殖しているケースがある。

煌蘭のような巨大な都市ともなると長大な暗渠が都市中に張り巡らされており、衛生の都合上どぶさらいの仕事が冒険者ギルドに頻繁に持ち込まれる。汚れ仕事であるどぶさらいは大抵駆け出しもしくは戦闘にあまり長けていないEかFランクの冒険者が担当するのだが、稀に凶悪な魔物が繁殖地としている場合があり思わぬ悲劇につながるケースも多々ある。

そのような魔物の駆除は主に高位の冒険者にあてがわれることが多い。

「うーん…でもたまにはこう羽を伸ばしてもいいと思うんだよね、俺たち」

巨大交易都市煌蘭は、統治と治安維持のため区と呼ばれる複数の境界に分割されている。

現在彼らがいる六区は南区、別名「貧民街」と呼ばれる貧困層が集まる治安が悪い地区である。煌蘭の行政は帝国の最高権力者である皇帝が任命する執政官が担当する。

執政官の下には都市の治安維持を目的とした「衛士隊」が存在するが「貧民街」である南区の衛士は他の区に比べて数が少ない上に練度も低く頼りにならない。

それに代わって「冒険者ギルド」と呼ばれる民間の互助組織が治安を担当している現状なのだ。六区の冒険者ギルド「漆黒旗」は、土地柄のせいもあって汚れ仕事が多く、煌蘭の冒険者ギルドの中では人があまりいつかないと言われている。

もっとも大陸の他の地方都市冒険者ギルドに比べれば、はるかに多い冒険者が所属しているのだが。

二人がギルドの扉を開けると、中は普段よりも遥かに多くの冒険者が詰めかけており、騒然紛然とた様子だった。

依頼が張り出される掲示板の前に人だかりができており、そこが特に騒がしくなっている。

その様子を見てクシュダはジンに声をかけた。

「残念だが長期依頼をのんびり受けていられる余裕はなさそうだな、ジン。何か厄介ごとが持ち込まれたようだ。…いくぞ」

「へいへい。兄貴は生真面目なこって」

二人が掲示板に近づいていくと、依頼を受け付けるカウンターより呼び止める声があった。

「よお、エルフ兄弟。今日も早いな。ちょっとこっちにきてくれ」

手を上げて二人を呼ぶのは、髭を生やした中年の竜人だ。

見知った顔にクシュダが破顔して尋ねた。

「この人だかりの理由はなんだ、マスター?」

漆黒旗のギルドマスターを務めるドミトリーは、齢五十を越えるベテランの冒険者だった。

数年前の依頼中に魔物より受けた傷により現役を引退したが、現在もトレーニングは怠っておらず、無駄な肉一つない引き締まった体形をしている。

「実はまた下水道で魔物が出現したようでな……」

「やっぱり今日も下水かよ!」

自分が最も避けたい場所での依頼に、ジンが頭を抱えた。

煌蘭は五十万を超える人口を支えるため、上下水道が全区に完備されている。

しかし街が出来てから三百年以上経過し、至る所で老朽化が進んでいる。

煌蘭の行政を担う執政官府としては早急に補修を進めたいところであるが、下水道は魔物が発生しやすい場所のため、工事は遅々として進んでいない。

魔物の討伐や下水道の清掃などの仕事は冒険者ギルドに依頼が出されることが多く、主に下位のランクが引き受ける

「討伐に向かった冒険者の内、三チームと三日経った現在も連絡が取れない状況が続いている。さすがにこれ以上、Dランク以下の冒険者を向かわせるわけにはいかなくてな。有志を募っていたところなんだが、お前たちが来てくれて助かった」

「依頼内容は彼らの救出か?」

「可能であればでいい。お前たちには至急下水道の調査に向かってもらい、原因となっている魔物の排除を頼む」

連絡がとれなくなって三日。

下水道から上の街に上がる場所はいくらでもあることを考えて、音信不通になっている彼らが今も無事である可能性は低い。

非情な判断だが、ギルド全体を考える立場にあるマスターとしては脅威の排除を優先するほかなかった。

「しかし最近、やたらこういう事件増えてないか?町中ですら魔物が現れているみたいだし」

「……ああ、ここ一か月ほどやたらにそういう案件が増えているな。最近は衛士隊も夜間の警備を強化しているようだが、依頼は増える一方だな」

クシュダが目を向けている掲示板には、普段よりもはるかに多くの依頼が掲示板に張り出されている。

そのどれもが魔物退治に関係することばかりだ。

「何が起きているのか私としても気になるところだが、まずは下水道の件が優先だ。緊急案件のためお前たちに依頼したいのだが、頼めるか?」

「しばらくは下水道関係の依頼は受けたくなかったんだけどなぁ」

「そうも言っていられまい。緊急の依頼とあれば引き受けるのがAランクの使命だ」

冒険者はランクによって受注できる依頼に大きな違いがある。

最上位のランクであるAともなれば国家に関わる依頼なども行われることもあるが、その分、果たさなければならない責務も増す。

ギルドから与えられる依頼は、基本的に最優先で引き受けなければならない。

「すまない、助かる。それでは依頼の詳しい内容について伝えよう。私の部屋に来てくれ」

ドミトリーは二人に頭を下げ、自分の執務室に二人を招き入れるのだった。

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