第2話 毒舌小町

 さて、せっかく姉妹揃って岐阜県まで来たのだからと、皆で美味しい海の幸を食べに行こう!という事になった。

 しかし岐阜県に海は無い。特にこの飛騨地方の町は山に囲まれた盆地ばかりだ。海の幸など何処にある? と思われるだろうが実はお隣に素敵な県がある。富山県。日香里たち姉妹の実家からは車なら1時間弱で行ける。

 ただし今回は蜃気楼で有名な魚津まで行くつもりだから、もう少しだけ時間がかかる。時間はかかるのだが、そこには人気の浜焼きや蟹の食べ放題もあるのだ。


 姉妹の気合は十分。

 前日から胃腸を整え、当日は早朝から身支度。天然スローライフの日香里でさえ、朝6時には声高らかに宣言した。

「さあ、私はもう何時でも出られるわよ」

 小町と美乃里はあきれ顔で目を合わす。でもこれで第一関門突破、浜焼き&蟹食べ放題には充分間に合いそうだ。


 富山に向かってR41を車で走る。運転は次女の美乃里だ。

 美乃里は結婚後二十数年富山で暮らしていたし、一人娘の香は結婚して今も富山在住だ。孫の拓海と連れ合いの拓斗の三人で暮らしている。

 そんな訳だから、美乃里が一番この道の運転に慣れている。

「拓海ちゃんも、今年の春から小学生かあ。帰りには寄って行くんでしょ?」

 日香里が尋ねる。実は日香里と小町の鞄には入学祝が潜んでいる。

「そうねぇ、ちらっと寄っても良い?」

「もちろん! 私も拓ちゃんに会いたいし」

 小町は拓海ファンだ。


 市内に入ると高速に乗り換える。そこからは小町の運転に替わる予定だ。

「その前に、コーヒーだけ飲みたいんだけど」

 日香里がそう言うのでコンビニでコーヒーを買うことにした。ところがなんと日香里はコンビニでコーヒーを買うのは初めてだと言う。

「いくつになっても新しいことに挑戦ってできるのねー」

 意気揚々とレジに並んだは良いが、早くも難問にぶち当たっている。

「ホット、三つ下さい」

「ホット? なんのホットにされますか?」

「え?」

 横から小町がフォローする。

「コーヒー」


「サイズはどうされますか?」

(サイズ? そんなにいくつもあるの? SとかMとかLとかってこと?)

「えっと・・・・、真ん中のサイズで」

「レギュラーとラージの二種類なんですが」

「じ、じゃあ、レギュラーで」

 カップを三つ渡されて狼狽えていると、

「タッチして下さい」

 店員さんがそう言うのでさらに狼狽える。

 横から小町がさっと手を伸ばしてレジのパネルにタッチした後、更にキーホルダーでタッチ。ピっと音がしてレシートが出てくる。その間に美乃里は紙カップを持ち去って横の機械を操作している。

「ひかちゃん、濃いめだよね? こまっちゃんはどうする?」

「あ、私も濃いめで」


「驚いた。なんかしばらく行かなかったらコンビニも変わったのねぇ」

「しばらくって、相当長い間行ってなかったんじゃないの?」

 それぞれ手にコーヒーカップを持って車に乗り込みながら話す。日香里はちょっと凹んでいるかと思いきや案外楽しそうだ。

「だって、行く用事ないもん。でも面白かった。コンビニ、凄いな」

「普通のスーパーでも無人レジとか増えてるでしょ? 今は」

「うん。スーパーだとむしろ無人のレジのほうを選ぶんだけどね、思うように袋詰め出来るし、台数も多いから早いし」

 美乃里と日香里の会話に小町も加わる。

「けどさ、店によっていろいろ過ぎない? 商品読み取りは店員さんがやって支払いだけタッチパネルで自分で、とか。あ、そういえば商品を置いただけで直ぐに金額が出るお店もあったよ、あれは感動もんだったな」

「へえ。そんなレジがあるの? もはや魔法ね。明治時代の人が見たら今の日本は魔法使いだらけよね」

 日香里は何故かタイムトラベラーに思いを馳せている。小町は車を発進させながら話を続ける。レジ話に花が咲く。

「あと、なんかさ、スーパーのレジ籠の横にスマホみたいなの付けて買い物してる人もいるのよ。あれって、まだやってみたことないんだけど、もしかしたら籠に入れた時点で支払い完了なのかな? 」 

「あ、それ。私も気になってた。でも試す勇気はないのよね。もしも一旦籠に入れたけど気が変わって別のと取り替えたらどうなるのなあ? とか心配で」

 美乃里も似たような事を考えていたらしい。

 日香里は明治時代の人の気分になってそこら中に魔法を探しているのか、その後はずうっと楽しそうに空想の世界に浸っている。それを見て美乃里はふと気になった。

「そういえば、ひかちゃん。ダークファンタジーはどうなったの? 」

「そうそう、どうなった?」

 小町もルームミラー越しに後部座席の日香里を見ながら尋ねる。

「書いてるよお。でもなんかね、ダークにならなくて。ふんわりしちゃうのよ」

「パソコンは使ってるの?」

「うん。何とか初期設定も自分でしたけど昔とは全く別物になってるのね、パソコンも。わからない事はスマホで調べながら結構大変だった。スマホが無かったらお手上げだったかも」

「へえ、凄いわ、ひかちゃん。案外デジタル強いのかもね。レジで戸惑うのはただ慣れてないからなんじゃない? もう少し出歩いたほうがいいかもよ? なんなら今度一緒に外国行く?」

 美乃里の誘いに日香里もまんざらではなさそうだ。行ってみたいという。まずはパスポートだね、などと話しているとふいに小町が声を上げた。

「もう! 何なのアイツ」

 日香里と美乃里が驚いて小町を見る。

「後ろの車よ。さっきからパッシングしたりなんか煽ってくるのよ。殺すぞ、マジで」

「いやいやいや、こまっちゃん、口が悪い」

「ブラック小町になってるわよぉ」

 小町は実は毒舌家だ。多分心の中は口にしてる言葉ほどブラックではないのだが、とにかく言葉のチョイスが過激だ。

「こっちは大人しく走行車線走ってんだからねっ。抜きたきゃとっとと追い越し車線行けよ! 下手くそかよ!」

 いやあ、怖いよ小町・・・・そう思いながら日香里はそろりと振り返って後ろの車を見る。確かに若い男性が三人ほど乗ったヤンチャそうな(個人的な感想です)車がついてくる。助手席の男性はやたらと手を振っているし、日香里も少し怖くなった。

「こまっちゃん、変な人に付き合うことないよ。次のSA入って、やり過ごそう」

 美乃里の意見に日香里も同意する。小町も悪態をつきながらだが二人の意見に従ってSAに入った。

 ところが後ろの車もついて入ってくるではないか。

「やだ、怖い」

 日香里が言うと、美乃里は冷静に言う。

「大丈夫。ここなら人が沢山いるから滅多なことにはならないわよ。それにこっちはおばちゃん三人。もしかしたら私たちの後ろ姿が若く見えたのかもよ。ふふふ」

「あのクソどもがっ! こっちにはバックカメラの映像もあるんだよっ」

 小町の毒舌は収まらない。


 駐車エリアに車を停めると、後ろの車もそろりと近づいてきた。乗っているのが若い女性ではないと判れば行き過ぎるだろうと三人は思っていたのだが、なんと車を停めて助手席の男が降りてきた。そればかりかこちらの車の窓ガラスをノックする。

 こういう時、何故か日香里は長女スイッチが入るらしい。妹二人を守らねばと、考えるより先に体が動く。運転席と助手席の二人を制して後部座席のドアを開けた。

「なにか?」

「あ、後ろのハッチバックから・・・・」

「え?」

 見れば、スカーフがハッチバックのドアに挟まれて辛うじて飛ばずにあった。そういえばコンビニに立ち寄った際に小町がハッチバックを開けてなにやら荷物を並べ替えていた。その時にでも引っかかったのだろう。さっきから後ろの車はこれを伝えようとしてくれていたのだ。なんだ、親切な人たちではないか。

「あらあらまあまあ、ありがとうございます。前の車からこんなものが出てたら気になりますよねぇ。すみません。ありがとうございます」

 日香里の様子を見て小町も美乃里も降りて来る。スカーフは小町のお気に入りのシルク。さっきの毒舌はどこへやら申し訳なさそうに頭を下げる。

「ありがとうございます。全然気が付かなかった。飛ばなくて良かったです本当に。飛んで他の車のフロントガラスにでも貼りついてたら大変でした。ごめんなさい」

 頭を下げる三人に笑って手を振りながら、若者を乗せた車は去って行った。

 それを見送りながら日香里がしみじみとつぶやく。

「私、年をとってから若い人に偏見の目で見られてるって感じてたんだけど、こっちも若い人を偏見の目で見てるのかもね。感じのいい人たちだったね」

 しかし、バツの悪い小町は毒舌で締めくくるのだ。

「どうせならもっと上手く伝えろっての。あれじゃあかえって危ないわよ」

 美乃里は笑いながら(これぞこまっちゃん)と何故か安心してしまう。自分でもこの安心の正体は解らないのだが。

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