第2話
「あれ? 平野っちじゃん。久しぶり」
ファミレスに幼馴染の宝華がいた。小中高と同じで、その頃はメガネをかけていたのに、今は随分とギャルっぽくなった。デコ出し金髪、おまけにカラコン。
陰キャだった頃の面影はもはやない。
悲しきかな。すぐに宝華だと分かったのは、青春時代、唯一話しかけてきてくれた異性だから。目の下にあるホクロが特徴的だ。
「バイバイ!」
友達に手を振った宝華は、我が物顔で向かいの席に着くと、ニッコリと微笑んだ。
「ねぇ。8年ぶり?」
「そんなに経つか」
俺は驚きのあまり、自分の声にぎこちなさを感じる。
「何も言わずに学校を辞めちゃうんだもん。心配して家に行ったのに引っ越してたしね」
彼女は心の底から怒っているようだった。
「その、申し訳なかった」
俺が反省しているのを見ると、宝華はニコッと微笑む。その言葉を待ってましたとばかりに。
「それなら今日は贖罪も兼ねて、平野っちの奢りということで」
コールボタンを勝手に押して、さも当たり前のようにオムレツの大盛りを頼む。俺がジト目になるのも無理はない。
「さっきの連中とも食ってただろ。馬鹿なのか」
「バカじゃないし。男の前で大食いはしない主義なの」
「俺も男なんだが」
「メール返してくれなかったよね。まだ根に持ってるんだけど」
「それは本当に申し訳なく・・・・」
どうやって謝ろうとも、それすらも許されないほどに、宝華には酷いことをしてしまった。昔は一番の親友だったのに・・・
すると、宝華は窓に張り付いて食い入るように外を覗き込んでいる。電柱の影には相変わらず女幽霊がいてこちらに手招きしていた。まぁ、俺にしか見えないのだが・・・・。
「あ、見て見て! あそこにお化け! ジャパニーズホラーじゃん!」
「お前マジか」
それは完全に幽霊を指していた。
「真面目にマジだよ」
「宝華、お前っていい奴だな」
彼女は首を傾げる。
「どう言うこと? 私はいつも良い奴だけど」
「あの幽霊が見えるんだろう」
「見えますとも。あの程度のコスプレなら私にもできるし」
会話が微妙にズレている。それは宝華も感じているらしい。ホンモノの幽霊なんているはずがない。それが普通だ。
詐欺師だって立派なスーツを着こなす時代。この幽霊は露骨すぎた。
古典的な白装束に、LEDみたいにピカピカ光る人魂。人通りがあってはホラーの要素なんてまるでない。
小さい頃から宝華とは一緒だったんだ。怖がりなのは知っている。俺にあったが運の尽き。今の自分を鏡で見たら、きっと意地悪そうな顔をしているだろう。
「何を言ってるんだ? あれは本物の幽霊だぞ。周りに浮いてるフワフワした青い奴。あれ全部人魂だから」
「そんなこと言って怖がらせようとしても無駄だよ。あの頃の私じゃないからね」
「そうか、そうか。それなら騙されたと思って写真を撮ってくれ。きっと映らないから」
「バカにしてんの? いいよ。でも、もしあの幽霊が偽物だったら、平野っちの変顔を撮らせてもらうから」
「変顔。バリエーション100枚を撮らせてやる」
「約束げんまんだよ。嘘ついたら買い物に付き合ってもらうから」
「ん? 今、違う事を言わなかったか?」
「なんでもないし、針を千本飲ますのは面倒なだけだから。勘違いすんな」
宝華は今流行りのカメラを首から下げていた。『映え』だとかニュースキャスターも意味のわからない事を言っていたな。カシャ。静かなシャッター音が鳴る。現像された写真がすぐに出てきた。
「あれ? おかしい。光が反射して撮れなかったのかな」
幽霊が居るところだけ、ボヤボヤとした光で塗りつぶされていた。カシャ、カシャ。宝華の顔が次第に青ざめていく。目がウルウルして今にも泣きそうだ。
「どうしよう! 私、もうすぐ死ぬかもしれない! 幽霊を見たら死んじゃうんだよ!?」
映画や小説に限らず、見たら最後、呪われてしまう系の幽霊は多い。
「そうか。御愁傷様」
「怖いの嫌いなのに見ちゃったじゃん。平野っちに騙された!」
「騙してない。本当にいただろ幽霊」
「このアホポンたん!」
宝華は勢いよく立ち上がると、俺の胸ぐらを掴んで前後に揺する。
「視界が揺れていく〜」
「バカっ!」
宝華はひとしきり暴言を吐き終えて、我に帰ると、周囲の視線に耐えかねて静かに着席した。顔も耳も真っ赤だ。
「落ち着いたか」
「落ち着かんし!」
牙丸出しの顔で言われた。毛を逆立てている猫みたい。
「安心しろ。どうせ死んだら恥の感情なんて無いから。それに霊を見たからといって必ずしも死ぬと決まったわけじゃない」
宝華はハッとして俺を見上げる。尊敬の眼差し。いかに自分がトンデモ発言をしていたか、これで漸くわかった事だろう。
「そうだよね。幽霊を見たら呪われるなんて作り話だよね。なーんだ。怖くて損した。先に言ってよ」
すると、計ったように着信音が響く。ラン、ランラン♪ こんな感じで宝華は昔から能天気だった。掛けてきた相手は、さっき別れた女友達のようだった。
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