第15話 自覚

「悪い遅れた!」

「遅い! もうくたびれたよー」


 考え込んでいると時間は早いもので、バイトが終わった立花くんが合流した。野依も吉柳くんももう疲れ切っていて砂の上に寝転んでいる。少し前に急な雨に見舞われたので砂は冷めているらしく、今は照り付けている太陽の下でも熱くないらしい。


 これから遊ぶことに気合いを入れている立花くんは勿論水着姿で。上半身裸。見慣れない裸体に私は思わず目を背けた。華奢だと思っていた彼は体格がよかったらしく薄っすら腹筋が割れていた。海の家でバイトをしているとはいえ焼けたのだろう。健康的な肌が太陽の光をまだ吸収している。

 海のほうを眺めていると砂から起き上がった吉柳くんがパラソルの中に入って来た。


「日和ちゃん疲れた? 大丈夫?」

「ありがとう。あんまり長時間外に出るタイプじゃないからちょっとだけ……」

「なら陽太とあっちの浜のほう歩いて来れば? あっちは人も少ないし」

「でも……」

「嫌じゃないんだったら決まり! 陽太ー」


 半ば強引に立花くんを呼ぶ吉柳くんを私は止めることができなかった。遊ぶ気満々の立花くんを私の都合でみんなから引き離すなんて。


「どうした?」

「日和ちゃん人疲れしたらしいからあっちの浜のほう案内してやってよ。この辺詳しくなったろ?」

「……日和はいいのか?」

「立花くんが、よければ」

「いいよ。あっちは人も少ないし、一人で行くには心配だからな」

「僕みんなに言っておくし、楽しんできて」

「ありがとな。颯汰」

「お安い御用」


 私は立花くんに引っ張られるようにして立ち上がり、海の家の時のように手を引かれた。彼の顔は見えなくて、どんな表情をしているかなんて分からない。でも耳が少し赤くなっていて、嫌々じゃなかったことに安心した。


 海の家のある方の海辺から少し離れたここは同じ海辺なのに雰囲気が違った。周りには手を繋ぎ距離の近いカップルしかいなくて、でも騒がしいとかそういうのじゃなかった。ゆったりとしているそれは咄嗟に吉柳くんが言った人疲れをしたのであろう私にとってぴったりだった。


「海、綺麗だね」

「……ああ。そうだな」

「あっちとはまたどこか違うね。静かで誰もいないみたい」


 会話は思ったより続かなかった。でも、居心地がいい。あれ、どうしてこんな気持ちになるんだろう。不思議な気分だけど嫌ではなかった。


 のんびりと歩いていると正面から三人の騒がしい女の子が歩いてくる。その中の一人が何かに気づいたのだろうかこちらに向かい走って来た。


「陽太じゃん!」

色葉いろはさん。何してんっすか」

「友達とこの辺ぶらついてた! あれ? そっちの子は?」

「……地元の、友達っす」

「ふーん。あっちにさ、健太たちもいるから一瞬でもいいし来ない?」

「健太さんっすか? 珍しいですね」

「でしょ? ねえ、陽太のこと借りてもいい?」


 少し色の焼けた健康的な肌に、くびれた腰回り。金色の髪は綺麗に巻かれていてまるで彼女の引き立て役みたいで。片や私はラッシュガードに身を包み貧相な体を隠している。髪だって濡れていてお世辞にも綺麗、とは言えなかった。


 立花くんは色葉さんに迫られて、困っているような顔をしていた。珍しい、と言っていた健太さんと言う人に会いたいのかもしれない。ここまで付き合わせたんだ。送り出さないと。


「いい、ですよ。付き合いですし、仕方ないです」

「え」

「また後で戻すからー‼ ほら行こ!」

「え、ちょ!」


 大きな胸を押し付けられながら腕を強引に引かれる立花くんに私は控えめに手を振った。笑顔、作れてたかな。歪じゃなかったかな。不自然じゃなかったかな。

 遠くに行く立花くん。その姿が小さくなっていく度に視界が歪む。今更受け入れることができたなんて。ほんと情けない。優しくされて、同情されて。好き、って言われたから好きになった。そう今までは思い込んでいたはずなのに、そう言い訳してたはずなのにもう自分自身に言い訳できそうにない。


 彼の魅力なんて前から知ってたのに。今更気づくなんて。単純で、馬鹿な女。

 私の世界は彼が中心となって色が戻る。

 しゃがみこんだ私を気に掛ける人なんて誰もいない。だから思う存分に気持ちを吐くことができた。


「いかないで……」


 朱音先輩。今なら貴方の質問に対して、声を大にして答えることができそうです。





「あれ? 日和一人? 陽太はどこ行ったの?」


 少しの間、一人で過ごし私は野依達のもとへ戻った。パラソルの下には野依と吉柳くんしかいなくていつもより距離が近いように感じた。

 でもそれに気を遣う余裕なんてなくて。


「野依。野依、私立花くんのこと好きになっちゃったっ」

「え」

「あれだけ優吾くんのこと好きだったのに、忘れられなかったのに乗り換えが早い自分に呆れるの。好きって言われたから好きになったんじゃないかって。野依達の心配を失くすために好きって思い込んでるんじゃないかって思ってた」

「日和……」

「でも、立花くんが女の子に連れていかれた時嫌だって思った。いかないでって思ったの‼」


 みっともなくまた泣きじゃくる私の背を撫でる野依。その顔は喜びで満ちていた。


「いいんだよ。理由が何であったって日和が幸せになれるなら私はなんでもいいの」

「日和ちゃん。陽太はいい男だよ」

「知ってるよ。良いところいっぱい」


 今まで一番、私は幸せだろう。

 瞳に涙を溜める野依が、そんな野依を愛おしそうに見る吉柳くんが私には見えて。自分だけ幸せになるなんて私は許せなくて。もう安心していいよ。大丈夫だよ。そんな意味を込めて笑顔でこう言った。


「私はもう大丈夫。だから好き同士、幸せになってね」

「日和……知ってたの?」

「うん。でもごめん。私気を使える余裕、なかった」

「僕たちは元々日和ちゃんが幸せになってから付き合おうって話、してたんだ。だから日和ちゃんが気に病むようなことはないよ」

「でも」

「もう。日和は自分のことだけを考えること! 私たちは、どうにでもできるよ」


 笑顔で吉柳くんと手を繋いだ野依にこれ以上何も言えなかった。

 でもその代わり、私は笑顔でおめでとう、とだけ言った。

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