第9話 決別

「何、言って」

「優吾くんのこと好きって言ってるの。水無月さんと付き合ってるのも知ってる。それでも私は優吾くんのこと好きだし私と付き合ってほしいって思ってる」

「そんなこと、一度も……」

「私、優吾くん以外の男の子のこと名前で呼んでない。優吾くん以外の男の子に自分から話しかけることなんてほとんどない。誰に言い寄られても全部拒否してる」

「……」

「優吾くんが私を好きになってくれるって、頑張れば両想いになれるってずっと思ってた。水無月さんを気になるって相談された時、私は優吾くんが好きだったから嫉妬して突き放した。吉柳くんのこと言われた時、彼氏じゃないのになんでって思った。どう? 本当に素振りがない?」


 こんなこと今言いたかったわけじゃない。本当はもっと良いタイミングで、もっと仲良くなってもっと親交を深めてから言うつもりだった。


 優吾くんが水無月さんのこと知ってる素振りで言うから。俺の彼女だって素振り見せるから思わず口から漏れた。でも、どちらにせよどのタイミングで言っても結果は変わらない。


「私は水無月さんが優吾くんに言い寄る前からずっと好きだった。悪いと思うなら私と付き合ってよ」

「……それは、できない」

「彼女がいるから? 私はあの子よりもいいよ。どこが、って言われたら説明できないけど」

「俺は、加恋が好きなんだ。日和ちゃんはいい子だよ。借り人競争の事で勘違いさせたなら謝るよごめん。そんなつもりじゃなかった」

「それがきっかけで告白を決めたわけじゃない。いつか、タイミングを見て言おうと思ってた」

「……ごめん」

「なんで? なんでそんなにあの子のこと好きなの。あの子は恋愛で誰かを傷つけた。それを悪いって言ってるわけじゃないけど自分の感情で人を傷付ける人のことどうして好きなの」


 そんなの、私が言えた口じゃない。私だって沢山人を傷つけた。でも彼女も沢山の人を傷つけた。好きの感情は時に人を暴走させて、傷つけるべきではない人も傷つける。そんな彼女を見ているのに、どうして優吾くんが謝るの。どうしてかばうの。




 どうして、私じゃダメなの。




「俺はあの子が好きなんだ。あの子は俺に一生懸命思いを伝えてくれて、俺のことに一生懸命になってくれた。たとえそれで日和ちゃんやその他の人を傷つけていても俺は俺に一生懸命になってくれた加恋が好きなんだ」

「なら私が一生懸命を出せば先に好きになってくれた? 彼女にしてくれた?」

「それ、は」

「そんな理由だけで振られるなんて納得できない。あの子だけの良さがないと私は折れない」

「日和ちゃんは俺を怒らせたいの? 加恋をそんな理由だけ、だって? ふざけんな」

「私はあの子の良さが分からないって言っているの」

「……〝斎藤さん〟にこれ以上話すことはない。もう二度と話しかけないで」


 優吾くんは教室を出て行った。窓の空いている外からは楽しそうな声が聞こえる。でもそんなのもうどうでもよくて。私は彼に拒絶された。線を引かれた。


 仕方のないことをしたのかもしれない。でも私は納得できない。そんなの諦められるほど軽い気持ちじゃなかった。涙が零れる。嗚咽が止まらない。野依が施してくれた化粧が落ちているのにそこに気持ちを寄せるほどの余裕が私にはなかった。


 優吾くん。優吾くん。好きの気持ちだけは本当なの。


 あの日。貴方を見つけた時からずっと、かけがえのない人なの。






「陽太。日和見てない?」

「いや。そういえば優吾もどこ行った?」

「日和ちゃんなら榊原とどこかへ行ったぞ?」


 俺は野依と日南と優吾の行方を捜していると同じクラスの伊織からそう言われた。二人でどこかへ行ったことに驚き、俺は声をあげた。


「え。それ本当か⁉ ありがとう!」

「手分けして探そう。私はグラウンドを探すから陽太は校舎」

「りょうかい!」


 俺は校舎の中を走り回る。優吾のことだし誰もいない空き教室とかにいるだろうな、と思ってできるだけもし二人が話していた時のことを考えできるだけ足を潜める。すると前から優吾が歩いてきた。


 ビンゴ! 俺は優吾に駆け寄った。


「優吾! どこ行ってたんだ?」

「ちょっと用事があって」

「日和だろ? 二人で話してたんだ?」

「……俺が斎藤さんと話すことはもう二度とないよ」

「え?」


 それだけ言うと優吾は走って下駄箱へ向かった。斎藤さんってなんだ? 日和ちゃんって呼んでた優吾がそんなこと言うか? 二度と話すことはないってなんだよ。どういうことだよ。


 俺は嫌な予感がして急いで優吾が歩いてきた方面へ向かい走る。すると小さな嗚咽音が聞こえ、急いで教室に入るとそこには蹲り膝を抱えながら涙を流す日和の姿があった。その姿にゾッとし、俺は急いで日和の背を撫でる。


「日和⁉ 何があったんだ? 大丈夫か?」


 声を出すことができないぐらい嗚咽している日和。過呼吸一歩手前の呼吸音に俺は冷や汗が止まらない。こんなに取り乱してる日和を見たことがない。


 俺はどうすることもできなくて野依へ急いで電話をかける。すると五分もしない内に野依が教室に入って来た。背を撫でることしかできない俺と今だ泣き続ける日和の姿を見て野依は悲痛で顔を歪ませた。


「日和‼ 陽太は保健室から袋貰ってきて。あと教室から日和の水筒も。急いで!」

「わかった!」


 俺は野依に言われた通りに行動する。頭が呆然としていたのによく動けたと後から褒めたいほどだ。保健室へは鼻血が出たからそのゴミ入れとして、日和の水筒は机の上にあったからすぐ持ってくることができた。十分もしない内に教室に戻るとそこには少し様子の落ち着いた日和がいた。野依の表情は変わってなくて、今も油断できない状況だって頭がろくに動いてない俺でも分かった。


「日和。何があったかなんて聞かないよ。でも日和なら大丈夫。ね? ゆっくり呼吸して?」

「俺と一緒に息できる?」

「……わたし、ゆうごくんにふられた。きょぜつ、されたのっ」


 俺が想像した状況と同じだった。斎藤さん、って日和と一線を引いた優吾。その間に何があったかなんて、告白しかないだろう。日和がわざわざ優吾に嫌われに行くことなんて絶対にない。応援合戦が終わるまではずっと優吾しか見ていなかった日和が、だ。


 優吾だって彼女がいても日和を選んだ。それが気を遣ってやっていることなんて誰が見ても分かったことだ。でも、その意味が分かっていても彼女より日和を優先したと誰よりも喜んだのは俺達だ。日和を元気づけたくて良かれと思ってした。でもそれが全部裏目に出た。彼女に詰められたことだって、日和を頑張らせたのだって全部俺達だ。


「日和……日和ごめんっ」


 野依は泣いているし俺だって視界が歪む。


 どうして、どうしてこんな健気な女の子が傷つかないとダメなんだ。どうしてただ一途に思っているだけなのに、頑張っているのにこんなに傷つかないとダメなんだ。


 優吾の気持ちなんて、考えなんて俺にはこれっぽっちも理解できなかった。

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