第10話 斎藤さん

 体育祭が終わってから数日。日和は自分の感情がなくなったかのように殻に閉じこもるようになった。私が話しかけても上の空で陽太が話しかけても会話が成り立つことがなかった。それは日和が慕っていた朱音先輩や友達として仲良くしていた吉柳でも変わらなかった。


「日和ちゃん。大丈夫かしら……」

「何かあったのか? 訳を話してくれよ」

「……ごめん。私の意思だけじゃ話せない。でも、一つだけ言えるのは日和は振られたの」

「アイツにか?」

「そう。斎藤さん、って一線引かれてる」

「は⁉ アイツ何様なんだよ。日和ちゃんから好意貰っといてそれを投げ捨てて決別だ? どうなってんだよ」

「颯汰。やめなさい」

「誰に何を言われようと僕はアイツのこと許さないよ」


 吉柳は憎悪で、朱音先輩は悲痛で顔を歪ませた。みんな日和のことを思ってる。


 でもその思いは届きそうになくて、日和は一人沈んだまま。無理もない。あれだけ好きで、生きる糧にまでなっていた榊原に振られ、挙句決別された。当の榊原は水無月とずっと一緒にいて、周りを牽制する態度は体育祭の日以降増したようにも感じる。


 榊原のことを恨むわけじゃない。でも、どうしてここまでなったのか分からない以上彼に責任を押し付けることしかできない。日和がこうなった責任を。


「ねえ陽太。日和、どうなるんだろうね」

「分からない。優吾は俺達とも話す気はないらしいし、もうどうすることも……」

「私、榊原のとこ行ってくる。追い返されても詰め寄ってやる」

「ちょ! 野依やめとけって!」


 私は日和のことが大好きだ。一番の友達で、私は親友だと思ってる。


 日和が幸せになれるなら、ととった行動は日和のためにはなってなくてこのような結果を招いてしまった。私はあの時何があったか、確かめる必要があった。榊原が悪いのであれば責めに、日和が悪いのであれば少しずつその傷を絆していけるように。水無月のせいなら、ぶっ飛ばしに。


 隣のクラスに行けばすぐに見つかった。私は視線を浴びながら榊原のもとへ行く。


「榊原」

「……俺から話すこと何もないよ」

「アンタがなくてもこっちにはあるのよ」

「優吾と話すのやめてくれない? 迷惑なんだけど」

「話しをしたいって言ってるだけだよね? てかあの日日和に何言ったんだよ」

「特に何も? ああなったのはあの子の自業自得じゃない?」

「は? 何様だよ。人のこと傷つけといて自分は関係ないです? 人の心ないわけ?」

「加恋のことをとやかく言う筋合は加藤さんにはないはずだ」

「呆れた。こんな男に日和を託そうとした私がバカだった。もっとマシな男だと思ってたのに私男見る目ないわ」


 ふざけないでほしい。でもこの二人は本気で言っている。私はそれが分かりもう相手にする気はなかった。あの日、何があったかなんてもうどうでもいい。この二人に日和を近づけない。私がすべきことはこれだけだ。


 イライラしながら教室へ戻ると不安そうな顔をした陽太が寄って来た。


「大丈夫だった? 優吾なんて?」

「あの二人、自分は全く悪くないような口ぶりだった。私は二度とあの二人に日和を近づける気はない。陽太も榊原と関わるのやめたほうがいい」

「……そう、かもな」

「私、朱音先輩と吉柳にこのこと話してくるから。日和のことお願いね」


 もう二度と日和のことを傷つけさせない。そのためなら周りを使ってもいい。私の評価が下がってもいい。まだ入学して二か月で変わる関係なんてどうでもいい。


 私は誰よりも可愛くて、誰よりも一生懸命頑張った日和の力に、ただなりたかった。





「どうしよう。野依、相当怒ってるよな……」

「なんかあったわけ? 野依ちゃん荒れてるらしいじゃん」

「まあ、ちょっと……」

「日和ちゃん関連? あの子振られたってめっちゃ噂流れるけどマジなわけ?」

「俺の口からは話せないな」

「あの子可愛いしモテてるから振った男の顔見てみたいわ。陽太もよく相手してもらってるよな」


 伊織から日和の噂は色々聞いていたがまさか振られたことがもう回ってるなんて思ってなかった。誰かが見ていたのか、誰かが聞いていたのか。それとも優吾が誰かに話したのか。


 何にせよ今は日和にとっていい状況じゃない。野依が先輩や吉柳に話をしに行ったけど、どうにかなるなんてそれだけじゃ思えなくて。でもどうすることもできなくて。

 何もできない自分に腹がたったのはこれが初めてだった。


「日和ちゃん可愛いし俺告ろうかな。わりと好きだったんだよなぁ」

「は⁉ そんな素振りなかったじゃん!」

「まあ、あの子陽太か榊原好きだと思ってたし。でも榊原彼女できたし陽太その気ないだろ? 顔好みだあんな超良い子好きにならないわけなくね?」

「たしかに……」

「でもまあ、野依ちゃん怖いし無理かなー」

「……その程度の気持ちで日和に告んなよ」

「分かってるって。騎士が二人もいて日和ちゃんの将来の彼氏は大変だねぇ」


 ケラケラ笑いながら冗談を言う伊織に若干苛立ちを覚えた。

 日和は軽い女じゃないし、将来本当に日和を幸せにしてくれる人ができたら見極めはするが口出しせずに日和を託すつもりだ。でも。


「俺が、幸せにできたらいいな」


 あれ。こんなこと口にするつもりはなかった。こんな気持ち、俺は知らない。

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