第4話 失恋
「ねえ日和。あの女だれ?」
「隣のクラスの水無月さん。一泊二日の遠足あったでしょ? その時に優吾くんのこと紹介してくれって頼まれて」
「え、紹介したの?」
「勿論断ったよ。でも私、あの子の恋愛に火つけちゃったみたいで」
「それで……」
遠足が終わり、優吾くんの人気にやっとひと段落つきそうな頃。水無月さんは今日も飽きず、優吾くんにアタックしにきていた。キャンプファイヤー以来、彼女は人が変わったかのように誰よりも積極的に、誰よりも本気で優吾くんを落としにきていた。
そんな姿に回りのミーハーは優吾くんに近づかなくなり、そういう意味でも周りは落ち着いていた。優吾くんも解放されて晴れ晴れとしており男の子と話したり、今ではクラスの女の子も無害だと思ったのか声をかけられても何事もなく返答するようになっていた。そんな彼の成長にもやもやしていて。優吾くんにアタックしている水無月さんにももやもやして。
早く振られてくれないかな。そんな気さえ起きてきた。でもそう上手くはいかなくて。
「日和ちゃん。相談があるんだけどいいかな?」
「どうしたの?」
「俺、気になる子ができてさ……その子にどう声をかけようかなって」
「え。気になる子って……だれ?」
「言わないって約束できる? 隣のクラスの水無月加恋ちゃん」
私は、自分で自分のことを追い詰めてしまった。彼女に火をつけたのは私で、そんな彼女の頑張りが認められたように優吾くんは彼女が気になっている。
ああ。神様は振られてほしい。そう思った私に罰を与えようとしている。
「どう、思う?」
「……優吾くんがそうしたいならそれでいいと思う」
「あの子、良い子かな?」
「私、話したことないから分からないよ」
「そっか。陽太にも聞いてみるね。ありがとう」
ショックで言葉を交わすことができなくて。水無月さんのこと好きにならないで。その子より私のほうがいいよ。なんて言葉は吐き出せなかった。今日、斎藤日和は失恋してしまった。
でも思い返せば私はいつからか優吾くんに積極的になることをやめていた。諦めてしまっていた。そんな私の恋が実るはずもなくて。打倒だな。そう思いまでしてきた。
それから少し経ったある日。野依が焦ったような顔をして私のところへきた。
「日和‼ 榊原の話聞いた?」
「水無月さんのこと? 付き合ったの?」
「え。うん……」
「ちょっと前に優吾くんから相談されてたの。そう、付き合ったのね」
「……日和は、それでいいの?」
「たぶん私はもう、頑張れない。頑張ることを途中でやめてしまったの」
五月下旬。六月に体育祭を控えている間近。好きな人に恋人ができてしまった。
ただ、それだけのことだった。
それからは私達はバラバラになって。優吾くんは水無月さんといるようになり立花くんは私を気の毒と思っているのかあまり声をかけてこなくなった。野依とも気まずくなってしまい四人は別々。これで、潮時なのかもしれない。大切な友達ができて、好きな人ができて。こんな私には幸せすぎる日々だったんだ。そう思うと心はすごく楽になった。
「あれ? 日和ちゃんじゃん」
「吉柳、くん」
「そういえば優吾と喧嘩でもした? いつも一緒にいたじゃん」
「……喧嘩はしてない。別の人と、付き合ったの」
「へえ。アイツ日和ちゃんと付き合ってたと思ってた」
〝日和ちゃんと付き合ってると思ってた〟この言葉が私の胸に突き刺さる。周りから見てそう思われていたのに実際は別の人と付き合った優吾くん。そっか、私は哀れな人に思われてるんだ。
そう思うと失恋した時には出てこなかった涙が出てきた。失恋したことも辛いけど、周りから優吾と付き合ってると思われていたことが一番つらかった。
「え。なんかごめん……ごめんね、泣かせて」
へらへらしていた吉柳くんは真剣な顔になり、私の腕を引く。手を目元で抑える私には周りの状況なんて全く分からなくて。周りの私達の関係を疑う声が耳に入るけど、そんなことどうでもよかった。私は優吾くん以外、どうでもいいんだ。そう再確認してしまった。
次に私の足が止まったのは涙が少し引いてきた頃。視界に入るのは青い空。屋上らしい。
「ここなら誰も来ないと思う。先輩に教えてもらった穴場」
「……迷惑、かけてごめん」
「別にいいって。僕も余計な傷口抉ったようだし」
「周りからそう思われても仕方ないよ。実際私は優吾くん好きだったし」
「は? 日和ちゃんはマジだったわけ?」
「うん」
「告った? その顔なら落ちない男いないだろ」
「告白はしてないよ。大したアタックもできてなかったし、別の人を好きになるのも仕方ないよね」
「いやいや。てか優吾と付き合ってないって分かってから男に声かけられること多くなっただろ? アイツは顔いいし牽制になってたんだよ。あと陽太くんもいたし」
「みんなに、迷惑かけてたんだ。そうだよねだから離れていくんだ……」
「その顔だとどうも苦労するよね。まあ、僕も似たような経験したことあるから分かるよ」
同情してくれるらしい吉柳くんは決してふざけていなくて。真剣だった。真剣に、私と向き合ってくれていた。止まった涙は更に溢れる。
「え。待って、僕泣かせるようなこと言ってないよね?」
「私と、お友達になってください……」
「え⁉ 急に⁉」
「吉柳くんは私によくしてくれたし、いい交友関係が築けると思ったの」
「はあ。よくそのスタンスで騙されなかったよね。もし僕が体目的で信頼関係あげてたらどうするつもりなの」
「……吉柳くんは、そんなことしないよね」
「男を信頼しすぎ。少しは疑うこと」
「は、はい」
「でも、悪くないよ。素直で、中々いないいい女の子。気に入ってたけど更に気に入ったよ。僕が友達になって守ってあげよう」
こうして私は吉柳くんと仲良くなり、友達がまた一人増えた。
その日は残りあった二時間の授業を吉柳くんと屋上でさぼってしまった。
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