第5話 先輩
「最近吉柳くんと一緒にいるけど大丈夫なの?」
「平気だよ。吉柳くんは私に気がないし」
「それほんと……? 実は下心ありますとかじゃないよね? 信用しても大丈夫だよね?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
私は野依と元の関係に戻ることができた。元々優吾くんとか立花くんとかを抜きにしても仲が良かったし喧嘩別れしたわけじゃない。私が声をかければすぐに元の関係に戻ることができた。
そんな野依の心配は私の恋心ではなく吉柳くんの方へ向いた。あの人が何をしているかなんてこの学校の常識事項らしいし一緒にいるときに女の先輩に声をかけられているところだって見ているし。それでも私は吉柳くんと仲良くしたかった。優吾くんのことなんて、もう……。
「日和ちゃーん。いる?」
「斎藤ちゃん! 颯汰が呼んでるよー」
教室の出入り口、扉の前に吉柳くんがいた。私は野依に断りを入れここへ来た訳を訪ねた。
「珍しいねここまで来るの。なに?」
「日和ちゃんに紹介したい人がいるんだよね。今日の放課後暇?」
「うん。空いてるよ」
「ならここまで迎えにくるから待ってて。ちなみに女の先輩だから安心してよ」
「分かった。待ってるね」
今日の放課後、女の先輩を私に紹介したい。どんな人だろう。
吉柳くんのことだし自分を好いてる先輩は紹介してこなさそう。考えながら野依のもとへ戻ろうとすると誰かに腕を掴まれた。掴んだ先にいるのは優吾くん。深刻そうな顔をしていた。こんな顔、初めてみる。
「どうか、したの?」
「最近吉柳と仲いいよね。なんで?」
「……色々あって。前に優吾くんから聞いたような人じゃないし大丈夫だよ。ただ仲良くしてくれてるだけ」
「前も言ったけど吉柳は危険だよ。今すぐ仲良くするのやめてほしい」
「なんで。なんでそんなこと言うの? 優吾くんは私のなに?」
「それ、は」
「私の彼氏は優吾くんじゃない。優吾くんは水無月さんの彼氏でしょ? 他の女に構わないほうがいいよ。誤解される」
私が優吾くんの手を振りほどいた。最初からこうなる運命だったのかも。まだ好きなのに、大好きなのにかける言葉を冷たくすることしかできなくて。突き放すことしかできなくて。二人が一緒に歩いてるとこ、手を繋いでるとこ、キスしてるとこなんて見たくないよ。
私が、彼女になりたかった。
「日和ちゃーん」
「今行く」
それから放課後。私はひとり誰もいない教室で吉柳くんを待っていた。迎えに来た吉柳くんと共に下駄箱に行くとそこにはすごく綺麗な人がいた。ネクタイの色は緑。二つ上の学年の人。
もしかして彼女? 吉柳くんと仲良くしないで、的な。どうしようそれなら困った。
「颯汰遅い」
「ごめんなさーい。教室まで迎えに行ってて」
「この子が斎藤日和ちゃん? 予想以上に綺麗な子」
「えっと……」
「ああ! 私、三年の
従姉と言われ腑に落ちた。たしかに二人の顔立ちは似ていて、笑った顔なんて特に似ているような。でも吉柳くんはどうして従姉を紹介なんてしたんだろう。
私は疑問に思いながら先輩に対しておどおどしながら返答した。
「あ、えっと斎藤日和です。吉柳くんにはお世話になってて……」
「お世話してくれてるんでしょ? こっちが感謝すべき。ありがとね!」
「いや。そんなことは……」
「朱音。日和ちゃんが困ってる」
「はいはい。急に呼び出しちゃってごめんなさいね? 颯汰が最近女の子と仲良くしてるって聞いたからどんな子か気になって」
「いえ。お気になさらず」
「この後時間あるんだよね? ファミレスでもどう?」
「ぜひ」
「それじゃ僕はここで。この後用事あるんだよね。二人で大丈夫?」
「私は大丈夫だけど……日和ちゃんは?」
「大丈夫です。先輩とお話してみたいです」
「じゃ、そういうことで。僕今日ご飯いらないから」
「はいはーい」
吉柳くんと別れ、私達は近くのファミレスへと向かう。先輩、朱音先輩は吉柳くんと一緒に暮らしているらしく入学当初は真夜中、朝帰りが多かったのに最近は健全な時間に帰ってきていることが気になったらしく問い詰めると私の存在が浮かび上がったようで。そしてどんな子か気になったため今日呼び出されたようだった。
ファミレスの中は海越の制服を着た高校生が多く、少し気まずい。
「日和ちゃんは何か食べる? 私ここで晩御飯済ませちゃおうかな」
「えっと、そしたら私もハンバーグいいですか?」
「りょうかい! すみませーん」
私は携帯で晩御飯をいらない旨を親へ伝え、朱音先輩と共にご飯を食べることにした。少し早いから帰りにお菓子でも買って帰ろうかな。
店員さんに注文をし、無言の空間ができた。
「ねえ。颯汰もいないし単刀直入に聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
「どうして颯汰と仲良くしてるの? あの子が一個下の子漁ってるのは知ってるけど貴方みたいに可愛い子じゃないし、健全にお友達をしているがおかしくて」
「吉柳くんは……私が失恋した時に助けてくれたんです。それから友達になってくれるように頼んで……吉柳くんは優しい人だから良くしてくれてて」
「そうなのね。野暮なこと聞いてごめんなさいね。あの子、色々あったから……」
「朱音先輩が思うような関係ではないと思います。本当に何もないんです」
「そっか! あの子に女友達なんていたことないしこれからもよろしくね! 日和ちゃんとってもいい子だしこんな子が失恋するなんて世界がおかしいわね?」
朱音先輩はとても優しい人だった。それからは吉柳くんの話をすることなく先輩の友達の話やこれからくる行事の話、先輩の彼氏の話だったり。会話が途切れることはなくて、私は楽しい時間を過ごせた。野依とはまた違う親しみやすさを持っていた。
私は先輩を駅まで送ることにした。
「駅までごめんなさいね? 気をつけてね」
「はい! こちらこそありがとうございました」
今日は良い気分で帰れそうだ。家までの帰り道、コンビニに寄るとそこには立花くんがいた。
思わず声をかけるとおばけでも見たかのような顔をされた。
「そんな顔されると傷つくよ」
「ごめん! びっくりしちゃって……」
「驚かせてごめんね。立花くんが見えたからつい」
「あれ! 斎藤さんじゃん! 陽太とやましい関係ですか~?」
「ちょ!
からかってきた友達であろう人に食い気味で否定する。その顔はどこか焦っているけど嬉しそうに見えた。ここで会ったのは何かのタイミングかもしれない。そう思って私は意を決した。
「立花くんのこと少し借りてもいい? 話したいことがあって」
「え? マジな感じ?」
「好きに解釈してください。でも立花くんのことをからかうの、やめてね」
私は立花くんの腕を引きコンビニを出た。後ろからは困惑した声が聞こえるが気にならない。立花くんは振りほどこうと思えば振りほどけたのに。誤解を解こうと思えば解けにいけたのに素直に着いてきてくれた。彼にも思うことがあるのだろう。
コンビニの正面にある公園に入り、私はベンチへ座った。立花くんは俯いたまま私の隣に座る。
「着いてきてくれてありがとう」
「……今まで、日和のこと避けてごめん」
「気にしないでよ。私も自分から話しかけに行けなかったしお互い様じゃない?」
「俺、日和に酷いこと言ったよな。優吾のことで……」
二人の共通の話題といえばこれぐらいで。こうなるのは目に見えていたけど暗い顔をして謝って来る立花くんに私はどうすることもできない。でも、貴方のせいじゃないってことだけは伝えたい。そのためにここまで連れてきたんだ。
「仕方、ないじゃん。私だって自分が付き合えると思ってたよ。一番仲良かったもん」
「俺、優吾から相談されてどうすることもできなかった。日和の気持ち知ってたのに、日和と優吾どっちのことも大事だったのに手放すような真似して……」
「実は私もね、優吾くんに相談されてたの。水無月さんのこと」
「え……」
自分から、突き放してた。やめて、その子良い子じゃないよ、なんて言えなかった。〝優吾くんがしたいようにすればいい〟なんて、一番ダメなこと私は言ったんだ。
「結局最後に優吾くんの背中を押したのは私かもしれない。だから立花くんは気にしないで」
そう言うと立花くんは一筋の涙を流した。明るい彼からは想像できないそれに私は焦り落ち着かせるように背を撫でる。そして私は思い知った。
私のちっぽけな恋愛は色んな人を傷つけた。その事実だけが胸に深く刺さった。
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