第3話 キャンプファイヤー
「日和ちゃん、だよね?」
「うん。そうだけど……」
「私、隣のクラスの
「……分かった」
トイレから部屋へ戻る途中。私は隣のクラスだという水無月さんに呼び止められた。彼女はもうお風呂に入ったのだろう。髪が少し濡れている。
そんな彼女の用件なんて、一つしかない。
「優吾くんと、仲良いよね?」
「まあ。人並程度には仲良くしてもらってるかな」
「お願い! 優吾くん私に紹介してほしいの!」
やっぱり、という感じだった。頭を下げた際に香ったシャンプーの匂いが鼻につく。可愛らしい、女の子であることを象徴しているような見える項に甘い匂い。あげた顔は頬が赤く染まっていて、風呂上りであろうに薄く化粧が施されている。
彼女は興味本位ではなく本気。そして夜にあるキャンプファイヤーで優吾くんのことを紹介してもらいあわよくば、ぐらいで考えているのだろう。でも私はそんなお人よしじゃないし、敵を増やすようなことはしたくない。そして今、野依を覗けば唯一であろう女友達の座を誰かに渡す気もない。
「申し訳ないけどそれはできない」
「どうして?」
「どうしても。優吾くんと話したいなら自分でいけばいい。他の子を押しのけて」
「そんなこと、私には……」
「本気なら。本気ならそれぐらいしないと無理だと思うよ」
彼女は本気だ。そしてそんな彼女に火をつけたのは私。ああ、また損な役回りしちゃったな。なんて客観的に考えてしまう。これから彼女は優吾くんにアタックしにくるだろう。そんな光景を私は一番近くで見ないといけなくて。辛くて、辛くて仕方なかった。
「ねえ野依。恋愛って、女の子って難しいね」
「何か言われた? どうしたの?」
「私、友達の座を譲りたくないけど彼女の座を譲る気もないの。欲張りかな」
「大丈夫。日和ならどっちの座にもつくことができるよ」
燃える炎の前。水無月さんがアタックしているのが見える。楽しそうな声が聞こえるのに私の心は下がっていく一方で。何も、楽しくなくて。
野依を呼ぶ立花くんの声が聞こえる。私は野依に立花くんの下へ行くように言うと、しぶしぶ立ち上がった。一人になりたかった気持ちを察してくれたようだ。
周りでは公開告白がいくつも行われていた。その中には当然優吾くんもいて。困った顔をしている内は安心していいだろうか。呆然と眺めるそれに私の心は疲弊していくばかり。話たいのに、話せなくて。人には言うことができるのに私は水無月さんよりも意気地なしなのだ。
「ひとりで何してるの?」
「……特には。炎を見てるだけです」
「ふぅん変わってるね。輪に入らないわけ?」
「今は、いいかなって。あなたは」
「僕は疲れちゃってちょっと休憩。ねえ、名前は?」
「斎藤日和ですけど。あなたは?」
「え。僕のこと知らない? 結構有名人だと思ってたんだけど」
「芸能人かなにかですか? ごめんなさい私そういうの疎くて」
「ああ、違う違う。〝遊び〟のほうかな」
「遊び? ゲームが上手いとか?」
「日和ちゃんめっちゃ純粋じゃん。ウケる」
笑われたことにムッとしていると更に笑われた。彼のツボが全く分からないし、結局何で有名人なのか分からずじまい。そのことにムカついて私はベンチから立ち上がろうとしたが、その手を摑まえる。
「ごめんごめん。ちょっと面白くなっちゃって」
「……からかっているのなら私はもう行きますよ」
「こんな純粋な子出会ったことなくてさ。遊びって女遊びのこと。僕、入学して一週間で一個上の先輩半分と遊んだからさ」
「え。それって本当の話? 作り話じゃなくて?」
「マジマジ。可愛い女の子大好きなんだよね。勿論、日和ちゃんのことも」
「それで、名前は何なんですか。私本当に知らないですよ」
「まだ名乗ってなかったか。改めまして。一組の
吉柳颯汰。聞き覚えのないと思っていたその名は少し前、野依から要注意人物だと教えられた名前だった。彼の口から聞いた話は知らなかったけれど微かに聞いた女遊び、チャラい人というのは一致していた。女の子だったら誰でもいいらしくてクラスの地味な子も口説いたらしい。野依も例外ではなかったらしく嫌そうな顔で話をしてきたのを覚えている。
そうか、この人が。イメージとは少し違うかったが女遊びをしていることを納得してしまうかのような口の軽さ。親しみやすさ。優吾くんには劣るけれど顔も良い。モテるだろう。
「その顔。もしかしてホントは僕のこと知ってた?」
「名前だけ聞いたことあった。それだけです」
「ふぅん。まあ、いいけど」
吉柳くんはそのタイミングで飽きたのか輪の中へ戻って行った。何だったのだろう。不思議な体験でもしたような気分だ。吉柳くんに気を取られている間に優吾くんは輪の中から姿を消していた。
どこにいるのか探すけれど見つからない。場所を変えるために立ち上がる前に誰かが私の目を塞いだ。突然のことで情けない声をあげてしまったことがとても恥ずかしい。
「だーれだ」
「……優吾、くん?」
「せいかーい! よく当たったね」
塞がれていた手が離され、振り向くとそこには嬉しそうな顔をした優吾くんがいた。不思議だ。あれほど下がっていた気分は彼と話すだけで晴れて、穏やかな気分に変わる。涙が出そうになる。
私は優吾くんから顔を背け、前を向いた。そんな行動に違和感を持ったのだろう。優吾くんは私の隣に座った。
「一人でいたからさ。陽太とか加藤さんとかはどうしたの?」
「野依は立花くんから呼ばれてそっちにいったの。優吾くんこそ、女の子たちといなくていいの?」
嫌味のように言ってしまったかもしれない。そう思ったのは彼の顔が申し訳なさに溢れたからだ。こんなこと言いたかったわけじゃない。嬉しかった、そういえば良いだけなのに素直になれなくて。もう二人でいれる時間なんて当分ないかもしれないのに。
「それは、いいんだよ。俺は日和ちゃんといたかったからね」
「……ずるいよ」
「え?」
「なんでもない。さっきまで別の人と話してたから大丈夫だよ。気を遣ってくれてありがと」
「別の人? だれ?」
「二組の吉柳くんって人。なんか一人でいる私が目に入ったらしくて」
「吉柳⁉ 駄目だよ危ないよ!」
「えっと」
「ごめん大声出して。吉柳は同じ中学だったから何してたかは全部知ってて。だから可愛い日和ちゃんは狙われちゃうかなって。ほら、一個上の先輩と……」
その後の話なんて頭に入ってこなくて。優吾くんに可愛いって言われたことがぐるぐる頭の中を回る。可愛いって思ってもらえたことが嬉しくて、顔が熱くなるのが分かる。
少しは自信、持ってもいいのかな。優吾くんに肩を叩かれるまではずっと、ずっとその考えが頭を巡っていた。
「日和ちゃん? 大丈夫?」
「あ。ごめん、考え事してて……」
「全然。キャンプファイヤーもう終わりそうだから行こうか」
「うん」
差し出された手を握る。優吾くんの手は大きくて人よりも少し大きな私の手なんていとも簡単に包み込んでしまう。暖かい彼の手をずっと握っていたい。
ただ、それだけを思った。
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