第32話

「何だか学校が楽しみになってきちゃいました。私はどんな目で見られても、悠君と一緒ならいいんですよ」


「休み前は綾小路とこんな風に、何度も顔を会わせるなんて考えてもみなかったなあ」


 ふと少し前を思い出して口にする。始まりはギクシャクとしていたのに、随分と滑らかになったものだと。


「私、藤田さんにお茶に誘われて嬉しかったですよ」


「あー、あれね。先輩の頼みだったからさ、ねえ先輩」


 話をひかりに振る。今さらなので全てをばらしてもいいか、と。


「そうなんだ。悠ちゃんが綾小路さんとどーしても、どーしても会いたいって言うからさ、僕が藤田さんに頼んだんだ」


「そうだったんですか?」


「ああ。ひかりに相談したら強引で、『それじゃあ僕が誘ってあげるよ!』って。もう俺おろおろするばかりでさ、柚子香のことで頭一杯で」


 知らないうちからそんなに想われていた。恥ずかしそうに柚子香がうつむいた。


「私なんて喫茶店にいって驚きよ、何故か悠居るし、先輩は悠ちゃんって呼んでるし。パニくったね」


「そうだったな。まあ俺もだったけど、ははは。何だか楽しいな、こうやって昔話出来るのって!」


「そうですね、私もそう思います。これって悠君のおかげなんですよね」


「そうだね、悠が居たからこうなってる」


 三人が嬉しそうに話をしている、それが悠にはとても幸せに思えた。


「俺、人生で今が最高だと思ってる。でもこれからもっと良くなるって信じてるんだ」


 内心で何を考えているのか、彼女達にも解った。いずれは誰かを選ぶ、それは決まっている未来なのだと。誰が選ばれようと悠を恨むようなことはしない、彼が一生を捧げてくれると約束してくれたからだ。何より、悲しみはしても嫌いになるなど、もう考えられなくなってしまっていた。


 久しぶりの登校、教室が妙に懐かしい。既に委員長は席についていた。


「よう佐々木、おはよ」


「うむ、お早う」


 返事はすれども感情はどこかへ置き忘れてきたようで、無表情のまま。そんなことは全く気にしない。


「悠、今日からまた学校だな!」


「おう太一、お前とこんなに会わなかったの初めてだな、ははは」


「そういや夏祭り以来か。綾小路さんとうまくやってるか?」


「当然。お前も早く彼女作れよな」


「畜生、余裕だな。俺だって努力してるんだよ」


 二人で話をしていると、突然割り込んでくるやつがいた。


「おっはよ。あ、木原! ほら真琴」


「おはよ。なんだよ倉持、ってか西田も?」


「時雨から聞いたけど、ちょっと信じられなくて」


 主語をすっとばして言われてもわからない。きっとアレだろうなとは思ったが。


「何が?」


「わかるでしょ! こいついっつも沢山女侍らせてるんだから!」


「ああ、そのことか?」

 

 こうやって前振りしてくれたら結構助かる、などと思っているのだから悠も成長した。


「そのこと。にわかに信じ難い」


「なんだ悠、そうなのか?」


 太一まで話に乗っかってくる。これからの事を考えれば、太一には是非とも知っていてもらいたいので丁度良い。


「まあな。でもあれだぞ、色葉達のこと含みで言ってるぞ倉持は」


「あー、そうなんだ。じゃあ俺も一緒だな、ははは」


「黒岩、どういうこと?」


 佐々木委員長よろしく、西田も感情の起伏が殆ど感じられない。


「中学時代の遊び仲間とその妹達なんだ。あいつらさ、結構俺達にベタベタくっつくから」


「そうなの、木原?」


「そうだな。太一の言う通りだ」


「でも、あんた他にも連れてきてたでしょ!」


「柚子香達だよな? 別に侍らせてるわけじゃないぞ。一緒に飯食いにいったけどさ」


 何かをさせるために近くに置いているわけではない。悠の言っていることは正しい、が、倉持の言わんとしていることも理解している。


「うそ!」


「時雨、そのくらいにしておく。そのうちわかること」


「そうだぞ。俺別に何も隠そうとしてないし、そのうちわかるだろ」


「うーっ、そうね」


 二人は自分の席に行ってしまった、気になって仕方がないようだけれど。年齢的にも興味津々なので、そこはある程度受け入れられるところだ。


「何か楽しい夏休みだったみたいでうらやましいよ」


「まあな、想い出に残るものだったよ。でもな、昨日より今日、今日より明日はもっと素晴らしいって信じて生きてる」


「悠、お前やけに大人になったな?」


 初日の授業は午前中で終わった。部活も顔合わせのみで、練習は行われないらしい。三組の前、廊下に柚子香がやってきていた。


「お、綾小路さん、悠に用事か?」


「はい、こんにちは、黒岩さん。呼んでいただけますか?」


「おう、いいぞ。おーい悠、綾小路さん来てるぞー! いいよな彼女持ちは」


 クラスに響き渡る大声で太一が知らせた。悠が廊下に向かう、が、倉持達もついていった。


「よっ、柚子香」


「帰りましょう。あ、倉持さん、西田さん、こんにちは」


「こんにちは」


「いたいた、綾小路さん。ね、綾小路さんがこいつの彼女なのよね?」


 周りが見えていないのか、もしかしたら失礼なことを言っているのではないか、その辺りは謎だ。


「はい、そうですよ。私が悠君の彼女なんですよ」


「時雨、不躾すぎ」


「何だよ倉持、お前変だぞ?」


 今回ばかりは木原が正しい、西田も小さく頷いている。


「絶対おかしいのは木原だから! 真琴もわかってくれるはずよ!」


「木原ごめん。時雨なんか情緒不安定」


「いいけど。こいつが言ってる意味も解るし。ちょっとしたら体育館行くから、一緒に来るか? 倉持にも悪いしな」


「わかった、そうしてみる。時雨、それまでは黙る」


「ううっ真琴ぉ」


 どこまでも冷静な西田が見事に倉持を制御していた。見た目だけなら逆な気がするが、実際はこんな関係だった。


「ま、俺は帰るわ。姉ちゃんに買い物頼まれてるしな」


「じゃあな太一、また明日」


 十五分程時間を潰してから、四人は体育館へ向かった。柚子香はその間、悠のすぐ隣に寄り添って歩いていた。


「二人が付き合ってるのは理解した」


「真琴も絶対驚くから!」

 

 運動部があちこちに集まりまさに解散寸前。主将と顧問に挨拶をし終わった。姿を見付けて悠が声を掛ける。


「おーい、夏希、ひかり、終わったか?」


 誰かと思って注目を集めた。特にバスケ部は皆が振り向く。二人が呼び掛けに気付いて掛けよった、榊もそれに追随する。


「悠ちゃん、迎えに来てくれたんだ!」


「ああ。夏希も今日は練習無いんだよな?」


「うん、これで解散」


 部活は無事終了したらしい。これから大仕事が待っている、ここ次第で今後が大きく左右される。


「あらあら、やっぱりお迎えかしら。良かったわねひかり」


「榊先輩、こんにちは!」


「木原君、これからのこと宜しく頼むわよ」


「はい。俺、本気ですから」


 全てを承知だとの前提で榊の瞳を見詰める。彼女も真意を汲み取った。


「そう」


 笑顔でそれだけ言うと一歩退き口を閉ざす。ひかりが幸せならばそれで良いと。


「じゃあ帰るか。今日はひかりのところだよな」


「うん。ママがお買い物してきてねって」


「商店街寄ってからだな。行くから鞄持ってこいよ」


「はーい!」


「夏希もな」


「うん、わかった」


 女子バスケ部がざわつく。それはそうだ、憧れのチーフマネージャーに対してあお口のきき方に扱い方。おかしい、それはおかしいと。


「あれ、あいつ一年だよね?」

「チーフマネージャーにタメ口とかあり得なくない?」

「生意気なやつ」

「誰だよあいつ」

「ってか榊先輩も何で何も言わないのかな?」

「女ばっかり四人も連れてるけどなにあれ?」

「へぇ藤田のやつも行くんだ」


 鞄を取ってきた二人が悠の腕をとった。柚子香は微笑みを崩さない。倉持が西田に「ほらほらほら!」アピールした。


「木原、その二人は?」


「俺の大切な人」


「そう」夏希とひかり、それぞれと視線を合わせてから、西田は時雨に向き直る「時雨、ごめん。言っていたのは本当だった」


「でしょ! こいつおかしいんだって!」


「ううん。これは他人が口出しすることじゃない。時雨、行こう」


「ええっ! ちょ、真琴、待ってよぉ!」


 西田はゆっくりとだが体育館を去っていった。一目で関係を認識した、それは特筆に値するだろう。そういう部分に鋭いのだ。


「西田って何だかよく見てるよな、色んなこと」


「ふふ、そうですね。では私たちも行きましょうか悠君」


 柚子香が帰ろうと言う。ひかりも、夏希もご機嫌でそうしようと頷いた。体育館ではついに不満が爆発する。


「ウソッ! 藤崎先輩が腕組とか」

「あの一年、やってはならないことを」

「誰かあいつのこと知らないの?」

「おい一年、知ってるの申告しろ!」


 榊由美が夏希に視線を流し、夏休み前に約束したことを思い出す。部活の集まりのところに戻り皆を一瞥した。言葉を発したわけではないのに視線を集める。


「ひかりの邪魔をするのはワタクシが許しませんわ。自重していただけますわね、皆さん」


 こうなることは解っていた、ひかりも夏希もこの状況では何も言えない。ならば誰が場を制する役目を得るのか、答えは一つだ。


「でも榊チーフマネージャー!」


「あら、何かしら、坂下さん」


 目を合わせて鋭い威圧を行う。坂下と呼ばれた二年は「いえ、その、何でもありません」口を閉ざす。


「では皆さん、明日から練習を頑張ってね下さいね。解散ですわ」


 主将に代わり場を収める、主将も何も言わずにその場を去ってしまった。誰もがこのことに関わるまい、そう決めた瞬間だった。


 バスケ部に始まり、校内で四人の関係の噂が広まった。隠そうともせずにそうしているのだ、知れ渡るのに時間は掛からなかった。かといって誰かがそれを邪魔することもなかった。


 一般的には異常な関係、それでも四人には至福の時間が暫く続く。冬になりクリスマスが近付いた頃、ひかりの体調に変化が訪れた。この頃には日を替えて三人が悠の家に泊まりにいくような状態になっており、より一層周りの目は冷ややかになる。


 しかし意外なことに、学園はそれを咎めなかった。佐伯理事長が木原を一度呼び出しこそしたものの、強く真っ直ぐな意思を認めると、理事会を押さえてしまったからだった。彼女は学園の長であるとともに、生徒の親であろうともしていた。


「悠ちゃん、お話があるの」


「なんだ?」


 部屋で勉強をしていた。もうすぐ期末テストがある。最初こそ中位の成績だったが、向上心が目覚めて今は上位に名前が入ったりする時も出てきていた。


「あのね、僕妊娠したみたい」


「えっ?」


「この前病院で確かめてきたんだ」


 嬉しいはずがやけに暗い喋り方をしていた。妊娠を拒まれるかも、そんな気持ちがあっただけではない。


「そっか。大学、一年遅れちゃうな」


 遠回しな肯定、しかしひかりの表情は冴えない。


「榊病院で検査したんだ。僕、余命一年無いって」


 ガタン! 立ち上がるときに椅子を倒してしまった。いつか来ると思われていた宣告、来なければと強く願った事態。


「ひかり、奇跡は必ず起こるって信じてる」


「うん、悠ちゃんが信じるなら僕も信じるよ!」


 打ち明けた彼女は明るかった。生涯を添い遂げてくれる、偽りのない言葉と態度を約束されたから。


「俺、まだこんなだから全然だけど、何か手がないか探す!」


「ありがとう、悠ちゃん」


「高校卒業したら結婚して欲しい。二年先で悪いけど」


「わぁ、プロポーズだ! ふふ、嬉しいな。僕、これで本当に悠ちゃんのものになれたんだよね」


 涙が流れる、幸せなのに悲しみが混在した。あと一年、たったの一年でこの世から消え去ると。


「ああ、ひかりは俺のものだ!」


「一つだけお願いがあるんだ」それだけで良い、もうそれだけで「忘れないでね、僕がこの世から居なくなっても」


 笑顔のまま涙を溢れさせながら、二人は強く抱き締めあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る