第31話


 口を尖らせて三人が席についた。でもこれは仕方ない、二人の関係が彼氏と彼女なのだから。


「うわっ、柚子香こっちって、やらしー」


「いいだろ別に俺の彼女なんだから」


「えっ! そうなの!」


「あの、はい。私が悠君の彼女なんです」


 倉持は二人を見てしまう。あまりに堂々としているので逆に自分が視線を外してしまった。


「そ、そうなんだ」


「お姉さん、この利用券ですけど、どれに使えるんですか?」


 色葉がクランベリーと名前が印字されているものを取り出して確認する。お小遣いなど無いので、この券だけが頼りなのだ。


「え、あー。どれでも良いけど、Bランチが満額だからお得かな?」


「そうしまーす。五人分お願いします」


「はい、畏まりました」


 やけに素直に裏に行ってしまった。いつもなら嫌味やら視線を置いていくのだが。


「ところで無料券、他にもまだあるのか?」


 次音が出した財布に色違いのが幾つか見えた。まさかドル札ではあるまい。


「えーと、映画館と、コーヒーチケットと、カラオケですね」


「もしかして?」


「はい、ぜーんぶ今日までです」


「マジかー」


 どれもこれも期限ぎりぎり、それでも価値がある。その日、暇人達は心行くまで遊び回るのだった。


 合宿が終わりぐったりとして夏希が帰宅した。魔の合宿として語り継がれている理由を身をもって体験してきたわけだ。


「うわっ、オネエ終了のお知らせ?」


「終らせるな! あー疲れた」


 テーブルに突っ伏して居る。昼間ではあるが、今日は休養日になりそうだ。


「この前先輩とデートしてきちゃった」


「あ、そ」


「あれ? ずーっと抱き着いて、腕くんで歩いてぇ」


 チラチラ反応を確かめながら話すが、全然リアクションが無い。


「えーと、そんな疲れたの?」


「そこまでじゃないけど、なんで?」


「だって、いつもなら怒るかなぁって。抜け駆けするなーって」


 一人で会いに行くことなど禁止されている程に。


「あー、まあね」


「なんか旅行行ってからオネエ変だよ。先輩に聞いてみたら、夏希から直接聞けって言われたけど、何かあったの?」


「何かあったのかな。別に何も無いけど、色々とあったような気もするし。よくわかんない。あったかも知れないし、無かったような気もする。あったものが無くなったとか」


 自分で言っていて全く意味がわからない。かといってわざわざ説明するつもりもなかった。


「うーん、何か先輩と同じ様なこといってる」


「え、そうなの? 同じ様なって、こんな支離滅裂なことで?」


「あったものが無くなったとか、何もなかったとか、あったようなとか。どうなってるの?」


 難しくてわかんない、また言葉を繰り返した。


「ははっ、そっか。悠もそう感じてくれてたんだ」


 にやにやしてしまった。色葉が不審な目を向けたが、疲れすぎて壊れたんだなと指摘はしない。


「綾小路さんが彼女って言ってた。仲良さそうにしてたし」


「そうだね」


「オネエいいの?」


「ん、何が?」


「先輩とられちゃうよ。なのになんで嬉しそうな?」


 夏希は起き上がって色葉を見る。そこには疲れもなにも浮かんでおらず、ただ真剣な瞳をした姉が居た。


「私が綾小路なんかに負けるわけないでしょ」


「でも」


「私は悠を信じてるから。一番理解してるって自信あるよ」


「それ、私じゃなく先輩に言ってあげたら?」


 そんなだから彼女になれないんだよ、とまでは言えなかった。さすがに辛辣すぎるし、言ったら叩かれるだろうし。


「もう言ったよ」


「えっ! オネエほんと!」


「あいつもそれは認めてた。だからいいの」


「で、でも、彼女は綾小路さんだって!」


「綾小路も私のこと知ってるから。解ってて悠の隣に居ることを許してきてる」


「そう、なんだ。何か大人だあ」


 高校生は凄い、色葉は素直にそう感じた。これだもの自分達なんて相手にされないんだと痛感する。


「だからって容赦するつもり無い。けど、正面から挑まれたから、私もあんたら使って邪魔するのは止めた。そういうこと」


 なるほど納得がいった。卑怯でズルイ真似をして勝っても、必ずどこかでそれは漏れる。堂々と戦って勝ちとるつもりだと。


「うん、わかった。やっぱオネエはオネエだね。でも四日も居なかったんだから、こんなとこで座ってたらダメでしょ」


「だね。やっぱ出掛けてくる」


「うん、頑張ってね!」


 色葉の激励に笑顔を向けて返答してやる。夏希は家を出ていった。


「そっか、だから藤田から夏希になったんだ。それに、オネエが嬉しそうなのも何でかわかったような気がする」


 ピンポーン。鳴らしはしたが返事を待つことなく勝手にドアを開けて中に入る。


「夏希だよー!」


 リビングに居ないので部屋の扉を開けた。パソコンに向かいヘッドフォンをつけている。何を見てるのかと後ろから覗き込む。超早割旅行パックを検索していた。


「本気なんだよね、やっぱり」


 ヘッドフォンをすっと外してやり、後ろから抱き着いてやる。


「だーれだ?」


 飛び上がらんばかりに驚きビクッとした。当然だろう、寿命が縮む。いや本当に。


「驚かすなよ夏希! 心臓止まるかと思ったぞ」


「へへへー、エロいサイトでも見てたら良かったのに」


「昼間っから見ねえよ、そんなの」


「じゃあ夜は見てるんだ」


 唸るだけで何も言わなくなる、まあそんなものだろう。それ以上は追及しない。


「そんな二次元じゃなくて本物がここにいるんだから、こっちにしておきなさいよ」


「なんだよそれ。合宿終わったんだな、あれ、でも今日解散じゃなかったか?」


 昨日だったかなと少しばかり首を傾げた。休みが続くと日時の感覚が薄くなっていくのだ。


「さっき帰ってきたばかりだよ。本気で大変だったんだから、あれはひどい」


「そうだったんだ。じゃあ疲れてるだろ?」


「ちょっとね。でも悠に会いにきたかったから、四日も空いたんだよ?」


 真っすぐにそう言われ少し驚く。でもこうやってもう気持ちを誤魔化さないと言われていたので頷く。


「え、あ、ああ、そうだな」


「私幸せだよ。前はこんなこと言えなかったし、言っても笑って流されてた。でも今はちゃんと気持ち伝わってる。嬉しい」


 回していた腕に少し力がこもる。触れている頬が存在を確かにしていた。


「なんか夏希さ、変わったよな」


「ん、どんな風に?」


「前は怒ってばっかりだったけど、最近は笑顔が多いなって」


「悠がそうさせてるんだよ」


「俺が? そっか。夏休みもあと少しで終わるな」


 来週中頃には二学期が始まる。待ち遠しいような、名残惜しいような感覚がある。


「うん。私、学校でも同じでいいんだよね? 迷惑、かな」


「ああ同じで構わない。でも周りに変な風に思われるだろうな、俺はいいけど夏希は大丈夫か?」


 仲が良いを遥かに通り越した男女が二人、しかし恋人同士ではない。すぐに好奇の耳目を集めるのは間違いなさそうだ。


「私気にしないよ。そんな噂より、一緒に居る方が大切だから」


「俺の我が儘に付き合ってもらって、ほんとごめんな」


 夏希を選ぶ、でなければ断ることをしたらそれで終わる。なのにどちらでもない、悠の我が儘というのははっきりとしていた。


「諦めないって決めたから。沢山待ったけど、今は楽しく待ててる」


 心の拠り所を得た今、その点は前と比較にならなかった。なにせ希望がある、そして安らぎもあった。


「お前のこと傷付けたとしても、一生かけて償う、約束するよ」


「そういう前提はイヤだけど、本気なこと解ってるから」


「解ってくれてるって思ってた。甘えてばかりだよな俺、何だか情けない」


 あーあ、と項垂れる。確かに誉められたことではない。


「そう落ち込まない。決められないならこのままでも、私はいいからね。何年だって待てるし、待てたから」


「うん」


 回された腕が、体温が心地よい。何もせずにただこうやっているだけで幸せな気持ちが溢れて来る。けれどもそう長くは続くはずがない、悠はいつか決断を下さなければならないのだ。


 悠はいつもの階段を登る。そう、いつものになったものだと内心独り事ちた。


「ほらほら、どうしたの」


「どうもしてませんよ。ひかりは元気ですね」


「僕はいつだって元気だって決めてるから、座ってて!」


 ひかりの部屋、机にはあのキャビネットが置かれていた。皆が笑顔で映っている大切な大切な一枚。


「探してはみたけど、やっぱりかなり費用が掛かるんだよな。柚子香には感謝しなきゃいけないよ」


 わかってはいたが、一泊旅行となると小遣い程度では全く手が届かなかった。今から働いて貯めるならなんとかなるとわかってはいるが、どうにも道のりは遠い。


「はーい、お待たせ」


 トレイにコーヒーとケーキを載せてきた。今日は白とピンクのミルフィーユのようだ。


「お、新作ですか?」


「うん、サマーベリーのミルフィーユだよ。クリームばかりで甘くなるところに酸味ね」


「見事な出来映えですね、流石ひかりです」


 そう言われてひかりはちょっと首を傾げた。うーん、と頬に人差し指を当てて考える。


「どうかしましたか?」


「ちょっと変なんだよね、やっぱり」


「何がです?」


「それが」


「え?」


 意味が解らずにじっとひかりを見詰める。なにが、それが。全く解らない、出来ればもう少しばかりくわしく説明を求めたいところだった。


「いや、ほら、悠ちゃんは僕をひかりって呼ぶようになったでしょ」


「はあ、そうですね。これからは人前でもそう呼ぶようにって。どうなのかなとは思うけど、それがひかりの望みなら」


 ケーキをフォークで刺しながらまだ唸っている。


「やっぱり変だよね。うん、変えようか」


「えーと、何をです?」


「僕に敬語なんて使わなくていいよ。普通に話して欲しいな、いいよね?」


 そうは言われても社会的な部分で、歳上相手にそれは悠も即答出来ない


「それは流石に世間的にもあまり良くないんじゃないでしょうか」


 語尾が小さくなっていく。ひかりが近寄ってきたからだ。


「僕は悠ちゃんと隣に居たいんだよ。隣ってことは、そういう垣根はないものでしょ。この先ずっとそんなのはやだな、お願い」


「うーん、わかりました。ひかりがそう望むなら、これからはそうします」


 師匠であったり、恩人であったりは事実だ。けれどもずっとこういうままで行くのかというと、確かに違うだろう。

 

「うん、ありがと!」


「でも例によって暫くはごちゃ混ぜになるような気はするけど」


「敬語になったらお仕置きだよ? 外にいてもチューしちゃうからね。沢山間違えて欲しいな!」


「そ、それは、かなりのプレッシャーが」


 その意味ではお仕置きになっているのだろうけど、ちょっと、いや、大分ひかりに有利な話だろう。


「学校でもだからね。僕はもう悠ちゃん一筋だよ」


「学校も。かなりの風当たりがあるだろうけど、ひかりは大丈夫?」


「うん、平気」


「そっか、じゃあ俺も平気だ。何だか変な感じだけど」


 苦笑しながら頭を掻く、違和感が激しい。


「僕は嬉しいよ。悠ちゃんが凄く傍に感じられてる」


「ということで、夏休み最後のお勉強はクランベリーで締めくくりだよ!」


「そうは言っても、ただ食べにきただけだけど」


 笑いながら突っ込みを入れる。正直なところ、料理の勉強などもう良くなっていたからだ。悠はそれでも習う気はあったが、夏希と柚子香が少し引いた立場をとった。


「ここにも結構お世話になったよね」


 悠と腕を組みながら夏希が何度きたかと思い起こしている。柚子香はその行為を咎めない、悠の思うようにしたら良いと。


「いらっしゃいませ、クランベ……をぅ! 木原」


「毎回思うんだけど、リアクションで楽しんでるのか?」


 初めて来た時から倉持も随分とキャラが変わってしまったなとの感想を持った。


「ってかあんた、何で藤田さんと腕組んで。彼女ってそっちでしょ」


「ん? ああ、まあいいだろ。今日は四人な」


「いや、良くないでしょ。綾小路さん、こいつどうしたの?」


「えと、別にどうもしてませんよ。いつもの悠君です」


 どこからいつも、なのかは解らないが、綾小路は気にしていないことだけは解った。物凄く釈然としない。


「んー……ご案内します。どーなってるの?」

 

 柚子香が奥に座った。腕組をしている夏希と座るのかと思いきや。


「ひかり、こっち座れよ」


「はーい」


 今度はひかりを隣に座らせる、意図しているけれども確かな反応があって助かる。


「ひかりって、あんた先輩に!」


「だから、別にいいだろ。俺達はこうなの」


「ええ! 俺達って、ええっと、全然わかんないよ!」


「あの、倉持さん、やっぱり驚いちゃいますよね」


「そりゃもう、これ以上ないくらいにね! 一体どうなってるのよ」


 それこそ説明する必要などないのだが、柚子香が丁寧に答えた。


「悠君の彼女は私です。でも藤田さんも藤崎さんも悠君を好きと仰るので、それならどうぞ、とこうしているんですよ」


「え、と、それでもわからないんだけど。彼女は綾小路さんのままってこと?」


 言っているそばからひかりが悠にしなだれかかる。相変わらず柚子香は気にしない態度のまま。


「倉持、メニュー見せて欲しいんだけど」


「え、ああ、あー、はい」


「俺はAセットで」


 彼女達はそれぞれ別のものを注文した。勉強という枠を一応は気にしてのものだろう。


「ご注文承りました。うーん?」


 しきりに唸りがら裏へ行ってまった。実は確かめに来ていたのだ、わざと目立つ仕草をして。


「概ね学校での皆の反応もあんな感じだろうけど、本当に大丈夫か? 俺はお前達が困るようなら考え変えるけど」


 瀬踏みの意味もあって敢えてこうしてみた部分があった。予想に違わず不審な視線を向けられた。


「悠ちゃんには言ったけど、僕は平気だよ。女の子はね、どうとでも変われるんだよ」


「私は構いませんよ。後ろめたいこと何もありませんから」


 三人の目線が夏希に集まる。夏休み前までは柚子香に色々と嫌がらせをしてきていた、それが今や、である。最終判断は彼女に委ねられた。


「私も別に。あいつらも最初は戸惑うだろうけど、それはいいの。藤崎先輩への悠の態度、榊先輩が面白くないって感じないかな?」


 親友が後輩にタメ口をきかれている。ちょっと気にする部分、確かにありそうだ。


「ひかり、榊先輩は俺達のこと知ってるんだよな?」


「そりゃもう、色々とね」


「そっか。じゃあ問題ないよ、夏希の心配は必要なさそうだ」


「え、そうなんですか先輩?」


 部活連中が嫌な顔をするのが目に浮かんでしまった。


「僕が望んでそうしてるって、由美は知ってるからね。部活の皆もきっと何も言わないよ」


「はあ。確かに榊マネージャーと先輩がそうだって言えば、みんな従うだろうけど」


「じゃあ決まりだ。俺達はいつでもどこでも変わらない、ただそれだけ」


 悠の言葉に三人が頷く。ライバル関係でありながら、奇妙な同盟関係とも言えた。極めて近くでは対戦相手であるが、外と対する時には味方になりえる。他人の目にどう映るかはわからないが、四人はそれで良かった。


「お待たせしました」


 料理をせっせとテーブルに載せる。目は四人を観察していた、しかし先ほどとはうってかわって、料理について真面目に議論をするだけなので、狐に摘まれたような顔で裏へ戻っていってしまった。


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