第30話


「良かった。私、嫌われたのかと」


 涙を流して心を打ち明ける。不安で仕方なかったのだ、大切な人を喪うかもしれないことが。


「ふらふらしてしっかりしてないから、そうやって柚子香を悲しませるんだよな。ごめん」


「私、悠君が大好きです!」


 柚子香が悠の両手を握り顔を寄せる。手に力が入っていた、また恐怖に耐えているのが解る。彼女を感じる、確かにそこに存在していた。震えてキスをして握っていた手を離す。


「私が悠君の彼女です。でも、藤崎さんや藤田さん、置いてきちゃったらダメですよ」


「いや、だって」


「私はもう満足しましたから、今日は帰ります。二人のところに戻ってあげてください」


「それはその」


「良いんですよ。必ず最後は私のところに戻ってきてくれるんですから。こう見えても結構寛容なんです、なのでちょっと位浮気しても、それは悠君が魅力的だからってだけです。だって私が悠君の彼女ですから」


 柚子香は全てを承知で悠を送り出した。確固たる想いを感じ、彼の置かれた立場に理解を示し。それが自身に著しく不利な決断であっても、笑顔で許しを与えた。


 祭りも終わり間際になり、だんだんと人の数も減ってくる。


「藤田さん、僕らも帰ろうか」


「そうですね、なんだか気が抜けた終わりになりましたけど」


「ま、良かったんじゃないかな。僕は結構楽しめたよ」

 

 会場の出入り口付近まで二人で歩いていると、帰る流れに逆らい一人やって来る姿があった。


「え、悠?」


「あれれ、そうだね」


 二人は目を合わせてから、悠に向かって歩いていった。肩を落としていたなら今度こそ自分達の出番だろうなと。


「あ、二人ともまだ残ってたんですね、よかった間に合って!」


 落ち込んでおらず、さりとて空元気なわけでもなさそうだ。けれども一人で走って来たという不思議。


「悠ちゃん、どうだったんだい?」


 藤田が居てももう気にせずにそうやって話を振る。悠もまた二人が居ても気にせずに答えた。


「柚子香と話をしてきました。もう大丈夫です」


「大丈夫って? 仲直り出来たってこと、だよね」


「俺の気持ち伝えて、柚子香の気持ちも受け取ってきました。だからもう大丈夫なんです」


 表情に一抹の闇があるように感じられたが、言っていることは事実なのだろうと二人も受け止めた。納得したならそれで良いと。


「ふーん。でもあいつは帰っちゃったんだよね?」


「まあな、二人のところに戻ってあげてくださいって言われた」


「それでノコノコと戻って来ちゃったのかい? 悠ちゃんってばそれでいいのかな」


 嬉しいけれども、何ともしまらない話だとひかりも呆れてしまう。大切にすべき部分が違うだろうと。


「悠の彼女はあいつなんでしょ?」


「そうだな、彼女は柚子香だ。でも俺も戻ってきたくて今ここに居る」


「そんなんじゃ綾小路さん、また悲しむよ。それともそれでも良いってことかい?」


「素直なのもいいけど、言われて戻ったってもねぇ。来てくれたのは、まあ嬉しいけどさ」


 どんな表情をして良いのかわからず、二人とも曖昧な態度になってしまう。


「俺、ひかり先輩のこと好きです」


「え、今?」


「夏希、お前のことも好きだ」


「は? えーと、なんでまたここで」


 困惑する。とてもじゃないが手放しで喜べるような状況にはない。


「俺もう迷わずに思った通り伝えることにする。気持ちがすれ違うようなことしたくないから」


 ひかりが咎めるような筋合いはない、なにせ自分からそうしたのだから。そして夏希もまた、一方通行は嫌だと言った。けれども。


「綾小路さんがそれで良いって言ったのかな? その、上手く表現出来ないけど。だって何も良いことないじゃない彼女に、それなのに?」


「柚子香も全てわかってます」


 ひかりの瞳を覗き込んで、真っすぐに応える。様々想いがあまたの中で渦巻いてしまう。


「私、もう気持ち抑えること出来なくるけど、やっぱりナシとか言えないんだよ?」


「俺、どうなっても一生付き合う覚悟で居るから。旅行で言った言葉は嘘じゃないです」


「そっか。じゃあいいや。もう僕我慢しないよ。良いって悠ちゃんが言ったんだからね!」


 目に涙を溜めてひかりが抱き付く、同時に夏希も悠に抱き着いた。


「どれだけ待たせてもいいけど、私を選ばないと許さないんだから!」


「俺、必ず答えを出す。けどそれまでは全力で迷うことにする。伝えたいこと逃して後悔したくないから」


 祭りの客が三人へ不思議そうな視線を投げかける、一体なんなのかと。それでも全てを無視して、暫く抱き合っていた。


「あいつ合宿行っちゃったか。俺、あんなこと言ったけど、柚子香は本当に良かったのかな。良いわけないよな、でもひかり先輩も夏希も好きなのは事実なんだ」


 ピンポーン。誰かがやって来たらしい、夏希でないのは確かだし、ひかりでもない。


「はーい。朝からなんだ、書留便か?」


 ドアを開けると妹三人組が肩を並べて立っていた、久しぶりの絵面だ。


「先輩、おはようございますぅ」


「あっさですよー」


「早くからごめんなさい」


「えーと、どうしたんだお前ら?」


 正直な感想だった。どうしたんだ? 約束があったわけではない、来るのは構わないがそういう気持ちにはなった。


「約束したじゃありませんかぁ、遊んでくれるって」


「まあ、したけどさ。いきなりかよ、しかもまだ九時だぞ?」


 人のことは言えないが、他人の家を訪問するには少しばかり早い。嫌な気は一切しないが。


「いいじゃないですかぁ。私達は先輩と居たいんですぅ」


「仕方無いな、ほら上がれ。今度来るときはちゃんと連絡するんだぞ」


「はーい!」


「返事はいいよな、ったく」


 三人がリビングの椅子に座る。母子家庭なのに四脚置いてあるのは三年前からだった。遊び仲間が頻繁に来るようになってから。


「ねえ先輩、オネエがやけにご機嫌で合宿行ったんですけど、何かあったんですかぁ?」


「夏希か。んー、何かあったというか、あったものが無くなったというか」


「難しくてわかんないですぅ」


 三人ともが釈然としない顔をしていた。心の垣根が消えただけで、こうも変わるものかといったところだろう。


「あれだ帰ってきたら夏希に直接聞いてみろ」


 これからは素直に全てを語るだろうな、悠はそう思っていた。


「先輩、今日って何か予定あるんですか?」


「無いけどさ、お前たちは何かやりたいことあるのか?」


 次音の質問は事前にすべきだと言いたかったが、繰り返し叱ることもないかと飲み込む。


「実は商店街共通の利用券貰ったんです。一緒に行きましょうよ」


「へぇ、どれどれ」


 商店街喫茶店組合提携先共通利用券。期日は今日まで。


「今日までかよ!」


「そうなんですよ、ギリギリなんです。五人分貰ったんですけど、夏希さん居ないし、先輩の彼女さんも誘って行きましょうよぉ」


 色葉は不思議だった、少し前までは悠に近づく女の邪魔をするように言われていたのに、今は彼女の邪魔すらしなくても良いと言い出したから。


「柚子香もか。お前らが良ければそうするか、ありがとな」


「でも先輩想いの私達をちゃんと可愛がってくれないといけないんですよぉ」


 にこにこしながらご褒美を待っている。悠も気持ちが嬉しかったので、微笑みながら三人を撫でてやる。


「ああ、お前らは俺の可愛い妹だよ。気を使ってくれたの感謝してる」


「へへへー」


 三人が満足したのを見計らって、電話を掛けてみる。


「はい、綾小路です」

「柚子香、おはよ。朝から悪いな」

「悠君、おはようございます。全然構わないですよ」

「うん。色葉達がさ、柚子香を誘って商店街行こうって来てるんだ、どうかな?」

「色葉さん達がですか」

「そ、一音と次音も居る」

「これからですよね?」

「急ぎはしないけど、無料利用券あって、それが今日までなんだ」

「はい、わかりました。一時間位で行けると思います」

「そっか、じゃあ南駅で合流な」


 通話を終えて頷いた。暇人に予定が出来たのは素直にありがたい。


「一時間後に南駅でってことになった」


「と、ゆーことはぁ」


「駅までは十分あれば行けましたよね」

「うん、結構時間あるよね」


「少しゆっくりしててくれ」


 テレビでもつけとくか、と思った瞬間。目線を交わした三人が立ち上がり悠にへばりつく。


「おい!」


「先輩パワーを補充する時間にしますねぇ」


「色葉、もっとそっち寄ってよ」


「はわぁ先輩の背中大きいです」


「お前ら、暑いからやめろって!」


 妹たちにじゃれつかれている、悠はそんな感覚でしかない。鈍感なのは今に始まったことではないので、色葉はもう考えることをやめてしまった。


 両手を色葉と次音にとられながら、駅にやって来る。五分と待たずに柚子香が姿を表した。


「皆さんおはようございます。あら、悠君もてもてですね」


「うーん、暑いし歩きづらい」


 家からずっとこの調子なのだ。始まりが始まりだけに今日は強く言えないせいもあるが。


「実はゲームセンター利用券もあったりします」


「それも今日までか?」


「そーでーす」


「暇人専用アイテムだな。世間は平日だぞ、いいけど」


 悠は気にしたが、柚子香は色葉と次音が腕を組んだままなのを怒りはしなかった。終始笑顔だ。五人で客が少ないゲームセンターにやって来る。利用券はUFOキャッチャーとメダルゲームのもので、皆で使っても数枚余るくらいだった。


「楽しかったな、たまに来たら結構いいもんだ」


「私、初めて来ました。とても楽しかったです」


「そうだったんだ。大会とかあるときにはごった返すんだぞ」


 大分長いこと居たようで時間は昼に移っていた。楽しいのはあっという間だ。


「お昼行きましょうよぉ。これクランベリーでも使えるんですよぉ」


「そうすっか。あそこ美味しいしな」


 またまた二人が腕を組んで引っ張る。最早諦めてなすがままにされ自動ドアを抜けた。


「いらっしゃいませ、クランベリー、うーん木原」


「よう倉持。五人だけどまたボックス席一ヶ所でいいからな」


「どもー」


「こんにちわー」


 左右から色葉と次音が挨拶する。後ろからは一音と柚子香が顔を出した。もはやお馴染みの面々である。


「あ、倉持さん、こんにちわ」


「今度は綾小路さん一緒なんだ。藤田さんは?」


 この組み合わせなら居ておかしくないと周囲を見回したが姿が無い。


「藤田さんはバスケ部の合宿みたいです」


「あー、睦も言ってたっけ、地獄が始まるって。ほら席に案内するから」


 ぞんざいな扱いに抗議をせず、黙ってついていく。


「先輩こっちに座りましょうよぉ」


「色葉たちはそっちにな。柚子香、こっちに座れよ」


「あ、はい」


「ぶー。でも仕方ないっか」

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