第29話

「まあな。えーと、そちらはどちらんさん?」


 ひかりと柚子香を見て尋ねる。どこかで見たことがあるような無いような。


「ああ、えーと、大きいのが黒岩太一、パンクのが新田浩、俺の中学からの遊び仲間です。こちらが藤崎ひかり先輩、それと綾小路柚子香」


 太一らに二人を紹介する、こうやって引き合わせることが出来るようになったのが凄く嬉しかった。


「え、この人が綾小路さん? 悠、お前もしかして」


「ははは、奇跡的に俺の彼女だ。どうだ浩、驚けよ!」


「マジでか、すげぇなお前!」


 電車で見かけた綾小路のことを一組の新田浩に尋ねたことが思い出される。あの頃はどのクラスかさえわかっていなかった。


「なあ悠、そういえば藤崎先輩って、悠をクラスに送ってきてた人?」


 終業式前のあの日のことを思い出す。制服ではないので良くわからなかったが、名前で気付いた。


「ああ、そういうこともあったね。黒岩君は三組なんだ」


「そうです。唐突ですが藤崎先輩」


「ん、なんだい?」


「俺、先輩のこといいなーって、俺と付き合ってください!」


「ははは、黒岩君って面白いね!」


 笑って終わってしまった。本人は結構真面目なのだが、この状況でそう取れるのは長い付き合いがある友人だけだろう。


「黒岩さ、あんたバカじゃないの? まあいいけど。色葉、あんたらこいつらと一緒に父さんのとこ行って、片付け手伝わせな」


「えー! うーん、解ったわよ。黒岩先輩、覚悟ですよぉ。新田先輩も逃がしませんからねぇ! 一音、次音!」


 二人がそれぞれにくっついてしまう。太一も浩も嬉しそうなので逃げはしないだろう。これが正常な男子高校生の態度だ。


「じゃあな、俺達はこれから見て回るんだ。俺はちゃんと準備手伝いしたから、お前ら後は頼んだぞ」


「あいよ了解だ。ほら一音ちゃん行こう」


「またな悠。なあ色葉、親父さんってどこにいるんだ?」


 騒がしいのがまとめて姿を消した。片付けの本番は明日なので、あちらはあちらで遊んでまわるのだろう。


「この先で盆踊りしてるよな、見に行かないか?」


「そろそろ始まる時間かもね」


 四人はやぐらがある場所に向かう。場所の提供が神社ということもあって、盆踊りは結構力を入れて準備されている。夏希がやっていた電飾もここに使われていた。太鼓の音が鳴る、始まりの合図だった。やぐらの上で踊り始めると、周りに居た人もどんどん参加する。


「藤田さん、僕等もおどろ!」


「え、先輩ちょっと!」


「ほらいいからいいから、行くよ!」


 またもや夏希は強引に引っ張られて行ってしまった。ひかりが、悠と柚子香を二人きりにしてやろうとの想いだ。


「みんな行っちゃったな」


 相変わらず手を握ったまま、二人で輪を眺めている。照明があまり届いていない場所なので、やぐらの側からは誰かはわかりづらい。


「はい。あの」


「なに?」


「みんなの前で彼女だって言って貰えて、凄く嬉しかったです」


 そしてずっと手を繋いでいて。とても満足そうな笑みを浮かべて悠を見詰める。


「俺も浩たちに自慢できてちょっと得意気だった」


 二人で笑ってしまう。新田の顔を思い出したからだ、あの驚きぶりはなかった。


「前に柚子香の名前すら知らない時にな、浩に聞いたんだ。どのクラスの娘か知らないかってね」


「そうだったんですか?」


「ああ。あいつ一組なんだけどな、知らないって言ったんだ。残るは二組か四組か。俺にとっては本当に眺めているだけで満足の相手だったんだ柚子香は。ところがとある無礼な人のおかげで、足元にスマホがやってきてね。色々あってこうやって手を繋いでる。小説より奇妙な現実だよ」

 

 ひかりの助力については伏せている、迷惑がかかるかも知れないから。


「悠君って、人を惹きつける力があるんですよ。私もそれでこうやって」


 肩を寄せてぎゅっと手を握った。爽やかな柑橘の香りが鼻をくすぐる。


「どうかな。しつこいようだけど、今だって隣に柚子香が居るのが驚きなんだ。いつか目が覚めたら夢だったって」


「そんなこと無いんですよ。私はここに居ます、現実ですよ」


「俺、凄く幸せだ。これからも傍に居てくれるかな?」


「はい。傍に居たいです」


 悠が腰に腕を回した。少し柚子香が緊張したのが解った。それでも抱き寄せてキスをしようとする、彼女もそうしたいと思った。が、「イヤ!」両手で突き放してしまった。


「あ、その、違うんです。私そんなつもりなくて」


「ごめん。柚子香はまだそういうのダメなんだもんな。俺が悪かった」


「あの、無意識でまた。ごめんなさい」


「いや、いいんだ。俺、待つって言ったのにな、また柚子香のこと怖がらせてる」


 気まずい無言の数瞬が二人の間に流れた。こうなるかも知れないことはわかっていた、けれども実際そうなると居た堪れない気持ちになってしまう。


「あーあ、盆踊りって柄じゃないのよね。あれ、悠、どうかしたの?」


 夏希が戻ってきて、変な空気の二人に気付く。何かあったのかと。


「あ、夏希」


「藤田さん、あの、私少し具合悪くなちゃったので先に失礼させていただきます」


「あ、柚子香!」


 引き止めようと思えば手が届く場所にいた、だが触れるのを恐れてしまい、そのまま呆然と見送ってしまう。顔色が悪いのは悠も同じで、何かあったのは明白だ。


「悠、どうしたのよ。喧嘩でもした?」


「いやそういうのじゃないけど」


 落ち込みようが半端ではない、喧嘩でなければ一体仲違いの理由が何なのかきになってしまった。


「ふーん。あいつ具合悪いって言ってたし、そう思っておくわ」


「柚子香。はぁ」


「あのさ、悠。どうせまた自分のせいだとか思ってるんだろうけど、あいつがハッキリ言わないのも原因なんだからね?」


 色々と察してしまった夏希が、どうせこんなだろうと言葉を挟む。


「夏希。なんで俺の考えてること、まあ、お前なら解るか」


「私なら悠のこと解るからね、あいつと違って」


 チャンスが訪れたと攻め込む、卑怯だと後から言われようとも構いはしない。


「ああ、そうだな。夏希だもんな」

 

「沈んでても仕方ないし、ほらもう少し祭りまわろ!」


 悠の手を引いて明るい場所に連れて行く。元気が無いのをどうにかしてやりたい、そう思わせる位に沈んでいた。


「悠ちゃん、盆踊り楽しかったよ!」


「それは良かったです」


 何とか笑顔を作って応える、だがひかりは敏感に何かを悟った。綾小路の姿が無い事、悠の様子がおかしいこと。視線を悠から藤田へと向けるとその意味にすぐに気付く。


「先輩、もう少し三人でお祭り回りましょうよ」


「そうだね、ちょっと出店のもの食べてみたいな! あっちに行ってみよっか!」


 傷心の理由ははっきりしている、目で会話を交わした二人で左右の腕を取って半ば連行するかのようにして屋台がある場所へと行く。悠もそうやってしてもらえたほうが気が楽に思えていた。


「ほら、焼きそばでしょ! 悠好きだもんね」


「そうだな、それを喰わないと始まらない。やっぱ夏希だよな」


「ちょっと買ってくるから待ってて!」


 いつも祭りでは焼きそばを食べる、来たなと思えるようなアイテムだ。夏希は人が群がっている露店に紛れて行ってしまった。


「ねえ綾小路さん、帰っちゃたのかな?」


 夏希が居なくなったので、話しづらいことを直接聞いてみる。それが出来る間柄なのはもう疑いようが無い。


「俺、柚子香にキスしようとして、思い切り拒絶されました。そしたら具合悪いから帰るって。一度は出来たけど、まだ怖かったみたいで。バカですよね俺、そうやって柚子香を傷つけて」


「悠ちゃんだけじゃなく、綾小路さんもそうしたい気分だったんだよね?」


「はい、きっと。気持ちを確かめてからしなさいって、言われてましたし」


 例の恐怖症の結果だろうなとひかりは看破した。そんな時でも自分の言ったことをちゃんと守ろうとしていた悠に苦笑してしまう。


「そっか。でも今きっと綾小路さんも不安がってるだろうね、悠ちゃんに嫌われたんじゃないかって」


「嫌うなんて、そんなことありません!」


 好きな気持ちは本当だ、嫌うことはない。反射的に声をあげてしまう。仕方ないなという表情になるひかり。 


「だよね、解るよ。でもさ、僕は解っても綾小路さんは解らないかも知れないよ? まだ知り合ってあまり時間も経ってないし、何より一緒に居る時間が全然ないんでしょ。今ならまだ走れば間に合うよ、ほら!」


「俺、柚子香探してきます!」


「うん、頑張れ男の子!」


 悠は一人その場から駆け出して行った。残されたひかりは複雑な表情を浮かべている、これで良かったんだと。


「悠ちゃんが悲しむの、見たくないから。僕は、我慢したらいいんだ」


「あれ先輩、悠は?」


 焼きそばのパックを手にして夏希がきょろきょろしている。トイレにでもいったのかと。


「悠ちゃんね、綾小路さん追いかけていったよ」


「そう……ですか。いっちゃったんだ」


「ねえ藤田さん」


 呼びかけはしたものの、目線は行ってしまった悠の背中を追いかけていた。もう微塵も見えないというのに。


「はい?」


「なんかさ、お互い待つ身は辛いよね」


「え? 私はもう慣れましたよ」

 

 やれやれと力ない笑みを浮かべて、夏希も遠くを見詰める。それで気が済むなら悠の思うようにしたら良いと。

「柚子香!」


 月明かりが照らす道を駅に向けて走る。脇道は行くはずがないだろうと、来た道をただ真っ直ぐに。腹が痛くなろうと、呼吸が苦しくなろうと、ただ走った。駅の手前ぎりぎり、一人ぽつんと歩いている後姿がようやく見えた。


「柚子香だ!」


 歯を食いしばって駆ける、電車が遠くから向かってきているのが見えた。追いつかねば一人行ってしまうと。息が切れて声が出せない、だがそれでも力を振り絞り腹から声をだす。


「柚子香ぁ!」


 遠くの後ろ姿の歩みが止まった。ゆっくりと振り返る、彼女も悠が追いかけてくるのを見つけた。すぐ近くにまでやって来ると、両膝に手を置いて何とか息を整えようとする。


「悠君、どうして」


 今にも倒れそうになりながらも「柚子香」とだけ声を発する。そのまま暫く呼吸を整えようとした。電車が発車したのが聞こえた。


「俺、すまない。本当に悪いことしたと思ってる」


「いえ、私が」


「そうじゃない、柚子香は何も悪くないんだ。俺、嫌いになんてならない、柚子香のこと好きだから、それだけ伝えたくて」

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