第27話
「一音達も手伝いに来てるのか?」
「来てるよ。掃除してるはず」
「そっか。来年はさ、あいつらも連れてってやりたいよな」
「ん、来年って?」
「旅行。出来るかどうかは全然わからないけど、毎年したいなって。別に高級じゃなくてもいいし、キャンプでも何でも良いんだ。ただそうしたいなって」
あの人生最大の想い出が、来年もまた。そして妹たちも一緒にと言われてどうかと考えてしまう。色々あったけれど、今がとても楽しいので、それも良いなと納得した。
「そうだね。旅行楽しかったよね!」
「じゃお前も来年の予約、今からしておくな」
「もって?」
半ば解っていながらも聞かずにはいられなかった。
「ひかり先輩。来年はどうなるかわからないけど、わかったって言ってくれてた」
「そうなんだ。先輩卒業だもんね。大学生って、何か大人だよね。あと半年かあ」
本当は心にとげが刺さったかのような感覚があったが、悠がそうしたいならば笑って認めてあげるくらいじゃないとダメだと自分を叱咤した。
「半年を長いと思うか短いと思うか、だな。さて、案内板あと二枚だけどどうする?」
「神社に戻る途中の二箇所にするかな。それ終わったら昼休みってことで」
「わかった。じゃあやっちまうとするか」
リアカーを引っ張る、大分軽くなったので疲労も少ない。太陽が照り付けているが、暑さや疲労より、どうしても精神的な何かが圧し掛かってきていた。
「なあ夏希、一つ話しておかなきゃいけないことがある」
「ん、なに?」
「柚子香を責めないでやってくれるかな」
「え?」
足を止めてしまった、出来ればそんな話は聞きたくない。けれども真剣に語っている悠のことを無視はできない。
「俺さ、夏希のことの方が柚子香のことよりよくわかってる。逆に俺のこともそうだと思う。けどそれで柚子香を責めないでやって欲しいんだ」
「うーん」
「お前が言うようにスタート地点は全然違う、それは俺も認めるよ。けどそれを盾にしてっていうのは違う気がするんだ。今どうすることも出来ない部分で言われても、きっと困るから」
「私、綾小路がいくら困っても別にいいんだけどね。でも、それで悠も困るって言うなら、しないよ」
綾小路はむしろ困ればいい、迷って間違ってしまえば、とも一瞬考えてしまった。でもそうなれば悠もまた困る。そうではない道があるならば、それを選ぶことを約束した。
「ありがとう夏希。俺わがままだよな、お前にきつい要求ばかりして」
「それが自分の為の要求だったら私だって怒るけど、悠はそうじゃないから。それに」
「それに?」
緊張した面持ちだった夏希が笑顔で言い放つ、ずっとずっとこうやって話をしたかった。今ならそれができると感謝して。
「言わなくたって事実は変わらないし。私が悠を一番理解してるんだよ!」
「そうだな、俺もそんな気がする」
笑顔一つで解り合える、確かに共有した時間という事実は変わらなかった。
◇
「んー、じゃあ昼飯にすっか」
「青年会から昼食代出てるんだ、食べにいこ」
「そうなんだ。どこがいい?」
二人で話をしていると、奥の方から色葉達がやってきた。遠目だと夏希と見間違えそうになる三人、同じ血が通っているんだなといつも思ってしまう。
「先輩、お昼いきましょー」
「おうお前達も行くか!」
「私達クランベリーがいいです」
「そうですーそれがいいですー」
「夏希、いいか?」
一応聞いておく、予算の都合などがあるかも知れないので。
「うん、そうしよ。お父さんに伝えておくね」
白い携帯を取り出して短いやり取りを終える。やることはやった、ならば好きにしろと言った感じで。
「それ俺のと似てるな、もしかして同じ?」
「そうだよ。ちなみに一個前のも悠と同じやつ。ってか今まで気付かなかったの?」
「全然。だってお前近くに居る時スマホ使うことないじゃん」
「え? あー。なるほど。意外な盲点ね」
そう言われてみれば、悠と一緒の時には鳴ろうが震えようが全て無視していた事実を思い出す。五人で商店街まで移動する。結構な時間が掛かるのだが、一日中手伝いをする見返りの一部なので細かいことは言わない。
「クランベリーへようこそ! で、出たわね!」
「よっ倉持。出たってなんだよ出たって」
「今日は五人か。あんた来る度女増やすわよね」
「だから誤解を招くような言い方すんなよな」
席にご案内します! っと、語尾に力を入れて誘導される。殆ど全て四人席なのが気になる。
「補助椅子用意する? それとも席二つに別ける?」
「俺補助椅子でいいけど、どうする?」
倉持と並んで悠が皆に問いかける。視線が夏希に集中した、決定権は姉にあるらしい。
「三人詰めたら座れるでしょ、良いよ補助なしで」
「いや狭いだろそれ」
「あんたら三人そっちに詰めな」
そう決定権は姉にあるらしい、こういうところが夏希だなと感じさせた。
「えー、オネエずるい、そうやって先輩と二人で座るつもりだぁ!」
「夏希さんあんまりです」
「私は、わかりました」
いつも控えめな一音が一人で折れて奥に座る。夏希がにやにやしていた。
「じゃあ色葉と次音がこっち座んなさいよ」
そういうと悠を捕まえて一音の隣に押し込み自分が端に座ってしまった。
「あー、お前ら騒ぐなよな。他のお客さんに迷惑だろ」
裏切り者ーと、頬を膨らませて色葉と次音が席についた。意識的に良くしてやらないと一音が可愛そうだと、夏希がバランスをとるのもいつものことだ。たった一つしか歳が変わらないのに、やはりお姉さんなんだなと悠が笑う。
「まーた密着して嬉しそうね。で、この面子はなんなのよ」
「夏祭りの準備メンバーだよ。昼飯タイム。いちいち突っかかるなよ」
「はいはい、で、ご注文は?」
ツンツンした感じでオーダーを急かして来る。また夏希に視線が集中した。
「予算の都合で全員Aランチ! それで頼むわ」
「はーい、ご注文承りました」
冷たい視線を最後に突き刺して去っていく。来るたびにこうやって絡まれるのだから、何なんだと思ってしまった。
「何なんだよ。あ、一音悪いな狭くて」
「いえ、私は別に」
小さくなってもじもじしている。どう考えても悠は二人の側に座るべきなのだが、こうなってしまっている。
「一音、私と替わらない?」
「こら色葉、騒がしくなるから黙って座ってな」
「ううぅ」
「なーんかこうやって飯食うの、凄い久し振りだな。もう半年ぶりか。なんか嬉しいなお前達みんなと一緒って」
中三の三学期以来だった。個別にはあったりもしたが、全員となるとそんなにも経っている。
「そうですよね、先輩ってば高校に行ってから全然遊んでくれないんですもん」
「ごめんな。中学校一緒のときは下校から遊びにって感じだったもんな、はは懐かしい」
「そぉですよぉ。ほんと先輩成分が足りなくて、私達寂しすぎますぅ」
「あの、私もです。寂しいです」
一音が遅れて同調した、それにしても先輩成分とは。
「夏休み中になら時間あるし、祭り終わったら遊んでやるよ。あんまり拗ねるなって。俺もお前達との時間無くて寂しいんだぞ」
な、と隣に座っている一音の頭を撫でてやる。離れて暮らしている妹の雪乃と同じくらい可愛がっている三人だ、時間があくと気になってしまう。
「あー、一音だけずるーい!」
「先輩、私もー!」
「はいはい、わかったって。ほんとお前たちいつまでたっても子供みたいだよな、ははは」
そう言って身を乗り出すと次音と色葉も撫でてやった。夏希は仕方ない奴らだと苦笑しているが、ひかりや柚子香の時のような気持ちは一切湧かない。夏希にしてみても悠と同じだから。
「へへへー」
いつもなら小言の一つも発しているのに、夏希はそれを黙って見ていた。たったの一か月でこうも心持ちが変わって来るとは。
「うるさくてごめんね。こいつら悠に構ってもらいたくて」
「いいって。どうせ俺も暇してるし、こいつらなら俺も気楽だから」
「私が合宿の時とか、頼むわね。でもあんたたち、悠に迷惑かけたらひどいからね」
「ははは、もうすぐだったな鬼のしごき。しかし四日も泊まりで練習とか、凄いよな」
キャスターを押してランチセットを持ってくる。倉持がテーブルに並べた。
「で、どれが木原の彼女よ」
「どれとか言うな。違うって言ってるだろ、こいつらは妹みたいなもんなの」
「へー、あっそー、ふーん」
「なんだよ」
「何でもない。ごゆっくり」
キャスターを回収して倉持は不機嫌爆発で裏に行ってしまった。どうしてそんなことを言われなければならないのか、未だに全く解らない。
「何なんだあれは?」
「ははは、なんだろね?」
といっているが、夏希はきっと倉持が悠に気があるんだろうことが感じられていた。悠はこれっぽっちもなさそうなので、触れずに流してしまうが。
「まあいいや、暖かいうちに食べようぜ」
ランチセットといえどもしっかりと考えられているようで、すんなりと食べることが出来る組み合わせだった。見た目以上のボリュームもあったようで、女性陣が少し余すくらいだ。
「ごちそうさま、なーんか眠くなりそ。午前中は働いたしね」
「こら夏希、残さないでちゃんと食べないとダメだぞ」
「でも結構な量あったよこれ。もうお腹一杯で」
うんうんと三人も頷いていた。好き嫌いで残しているわけではなさそうだ。
「そっか? まあお前ら皆、体細いからな。食べきれないんじゃ仕方ないか」
夏希が皿に残っていた茄子のチーズ焼きをフォークで刺す。そして悠の口元に持っていった。
「はい、残したら悪いし、悠まだ食べられるでしょ」
「え、まあ少しなら」
差し出されたものを躊躇無く口にした。最近色々あってそれ位では動じなくなったのも相まって、やけに自然に。こうやって一つずつ積み重ねて行こうという夏希の思惑もあったりはする。
「先輩! 私のも食べてください!」
「こ、これもどうぞ!」
「えと、こんなに大丈夫ですか?」
三人が同じようにしたくて競り合ってフォークを差し出して来る。
「おい、食べすぎで腹痛くなるから勘弁してくれって!」
目の前に色々と差し出されるものだから流石に遠慮した。時には残す勇気も必要だと信じて。
◇
「さて、今日は祭り当日だな。待ち合わせは三時だ、まだ大分早いな」
時計は未だに十二時を回っていない。場所柄柚子香を駅まで迎えに行ってから合流の手筈だった。夏希は現場で朝から手伝いをしているそうだ。ピンポーン。インターホンが鳴った、宅配便だろうか。
「はーい」
ドアを開けると浴衣姿のひかりが立っている。どこからどうみてもひかりだ。
「やっ、来ちゃった!」
「ひかりせ……あー、ひかり、まだ昼前ですよ?」
「だからでしょ。お邪魔かな?」
彼女か! という突っ込みがでそうな一言。こう言われて同意するような男が居たら、きっと色々と海よりも深い事情をタイムリーに抱えていることだろう。
「全然。どうぞ入ってください」
「うん、良かった! お邪魔しマース!」
ひかりがリビングへと進む、いつぶりだったか手を曳いてやって来たことがあった。あの時から随分と関係が変わったなと微笑む。
「ねっ、夏祭りって言ったら浴衣かなーって思って着てみたけど、どうかな?」
くるっと一回転して感想を求めてくる。この日の為に新調した、自信ありの浴衣。
「まさにお祭りって感じがして良いですよね。雰囲気出てますよ」
「でっしょー、こういう時にしか着れないからね!」
ご機嫌で袖を左右に広げたりしている。こういうのを見ていると、ひかりも色葉達もあまり違いを感じなかった。
「確かに出番は少ないですよね。後は花火大会とかでしょうか?」
「ま、この辺りじゃやってないし、今回のが最初で最後かもね」
広い河川敷でもなければ破片が散って危ない、そんな理由から昨今中止が相次いでいたりする。僅かな反対派の意見ばかりに配慮するのはどうかと思うが。
「ところで随分と時間早いですけど」
だからでしょ、などと言っていた気がする。
「うん、悠ちゃんとお昼一緒に食べたいなって思ってね!」
「そうなんですか? じゃあ俺が何か作りますよ」
「んーん、僕が作ってあげるよ」
「でも浴衣、汚れちゃいますよ?」
そのままで料理とはなるまい、ならば難しい話になってしまう。折角の浴衣、デビューさせる前に不具合をだしてはいけない。
「ふふーん。僕は着付け出来るから大丈夫だよ」
「おおっ、それは凄いですね!」
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