第25話

 木原に群がり甘えるが、順番に頭を撫でてやり断る。本当は遊んでやりたいが、柚子香がそこにいるので。


「そうしてやりたいけど、俺は珍しく用事があるの。ごめんな」


「ぶー。あー、もしかして二人でデートですかぁ!」


「当たり。これから映画を観に行くんだ」


「先輩彼女居ないって言ってたじゃないですかぁ」


 不満があるようで顔をしかめて指摘する。歪めようと頑張っているけれども、どうしたって可愛らしいなとしか思えない。


「お前とそうやって話したあとで出来たんだよ。祝福しろよな」


「オネエに報告しなきゃですよぉ?」


「夏希ならもう知ってるよ」


 柚子香はそうだとは思っていなかったが、知っていてあの感じならばありがたかった。


「えー、うっそー! それなのにオネエ何でご機嫌なんだろ?」


 全く想像が出来ないようで目を回している。


「ま、そういうことだからまた今度な」


「うーん、わかりましたぁ。今度絶対ですよぉ!」


「はいはい、約束だ。じゃあな」


「失礼します」


 柚子香は一礼してから悠と共にその場を離れた。チケットで映画館に入る。上映前の待ち時間で先ほどの三人について触れた。


「あの三人、凄く悠君に懐いていましたね。藤田さんの妹さん、可愛いですね」


「あいつらな、ずっと夏希と一緒に俺達と遊んでたから、それでだよ。俺の妹みたいなやつ等だ」


「あの藤田さん、私達が付き合ってるのって知ってらしたんですか?」


 声を小さくして視線を他所にやる。聞きづらいことかも知れない。


「ああ、俺が話した。驚いてたけどさ、柚子香が彼女なんだって言ったらそれを認めてた」


「――認めてくれたんですね」


「それでも俺には今まで通り接して欲しいって。だから俺もわかったって答えた。柚子香、それでいいかな?」


「えっと、はい」


 柚子香は悠のとった行動になんの不満も無い。何せ自分が彼女だとはっきりとしてくれたのだから。


「柚子香が解ってくれて良かったよ。まあ二人は仲良いみたいだし、俺の考えすぎか。お、そろそろ始まるな」


 がさごそと体勢を替えたりして上映に向けて準備をする悠。


「――そう思ってるんですよね? 違うって言ったらきっと悠君困っちゃいます、私が黙ってたら良いんです」


 決して言うまといと柚子香は心を決める。肘掛に腕を置いて暗くなる映画館でくつろぐと、ぱっと映像が投射されて色々な宣伝が通り過ぎていった。やがて目当ての映画が始まる。柚子香は肘掛のところにある悠の手を躊躇しながらも握った。


「え?」


 少し心に衝撃が走ったが、それ以上は恐怖が起こらずに済む。柚子香がぎゅっと手を握ると、悠が握り返してきた。


「少しだけ前進です」


 大音量の中で小さく喋っても隣にすら聞こえない。映画はラブロマンス。主人公の男を友達三人で奪い合うという、どろどろしたストーリーだった。


「これはなんだか心臓に悪いな」


 しかも、恋人同士の二人よりも、友達二人のほうが主人公と付き合いも長く、親密だという設定。違う意味でドキドキの連続だった。


「悠君、何だか不思議な感じですね」


「あ、ああ、そうだな」

 

 どうしてこの映画を選んでしまったのか、珍しく反省ものだった。しかも最後は誰を選んだのかをぼかす形で、視聴者に委ねて幕が下りた。


「手、大丈夫みたいです」


 微笑んで左右に振ってみた。そういえば握っていたなと思い出す。


「だな。でも無理するなよ、焦っても良いこと無いから」


「私、もっと悠君と触れ合いたいんですよ。なので頑張らないといけないんです」


 外に出ると目がチカチカする。今度こそベンチに座って、目を開けたり閉じたりして慣らす。


「火花が散ってるような感じだよ」


「頭がくらくらしちゃいます」


 二人が少し参っていると、空が曇ってきた。おかげで目は何とか普通に見えるようになった。


「雨降りそうだな」


「どうしましょう?」


「傘なんて無いし、買い物の品濡れちゃうな。駅に行くか」


 仕方ないがそうすることにした。丁度駅に入ったところで雨が激しく降って来る。


「ギリギリセーフだったな」


「凄い降ってきました」


「異常気象だよな、ゲリラ豪雨だっけ?」


 アスファルトに川が出来るくらいに集中して一部に降っている。もしベンチに座っていたら映画館に逆戻りだっただろう。雨に濡れたせいで柚子香のブラウスが肌に貼り付いて下着が透けて見えていた。


「悠君、どうかしましたか?」


「いや、えーと、雨で濡れてだな」


 顔を赤くして挙動不審になる。変なことに気付いて自身を見て、柚子香も顔を赤くした。


「あ、あの、今日は失礼します!」


 駅のトイレに駆け込んで行ってしまった、乾くまで中で時間を潰すつもりで。


「行っちゃった。そうなるよな。雨、止むまで待つか」


 南駅のベンチに座ったまま、また時間を潰す。中々止みそうにないが、特にやることもないので夕方まで一時間以上もそうしていた。


「俺ってすっげー無駄な時間を過ごしてるよな。まあこれがいつもだったような気もするけど」


 人が行き交うのをただ眺めている。少し先で二度見してから速足でベンチに向きを変えた人物が居た。


「ここで何してんのよ! 何で悠が駅に。えっと一人?」


「おー夏希。ただ座ってるだけ、雨降ってさやまないと帰れないから。そっちは部活帰りか?」


「うん、体育館使えなかったから早めに解散。傘は?」


「あったら座っていない」


「だよねー」


 二人で笑ってしまう。そんな返しで機嫌良くなってくれるのを悠は昔から知っていた。いつも通り、それが嬉しかった。


「ね、一緒に帰ろ」


「いや、だから雨降ってるし」


「傘あるから、ほら」


 みたところ確かに傘を持っていた。一本だけ。


「一本だけだろ」


「二人でさせばいいじゃない」


「んー……まあ、ここで止むの待つよりはいっか」


「でしょ、ほら行こ!」


 手を引いて立ち上がらせる。傘を開いて寄り添った。夏希は比較的背が高い部類なので、ちょうどよく収まる。


「やっぱ二人じゃ狭いな」


「もっとくっつけば良いの、ねっ」


 夏希が悠の腕に絡み付く、確かにそうしたらぎりぎり何とかなりそうな気もした。


「おい夏希。んーでもまあ俺に文句言う権利は無いか」


 雨が降る場所へ踏み出そうとする二人の姿。トイレからようやく出てきた柚子香が見掛ける。


「ううっ、乾くのに時間掛かっちゃいました。あれ? 悠君と藤田さん。腕組んでます。傘、無かったからたまたまですよね? だって、私が彼女だって認めてくれたって」


 マンションに到着した。傘をたたんでパチンとまとめた。夏希が悠の後ろ姿を見ると、右側の肩が雨でびちゃびちゃになっていた。夏希は全然濡れていないので、気を使ってくれたことに気づく。


「母さんまた夜勤か」


 夕方に不在なのでそうだろうと呟く。夜勤専門に近い働きをしていた、それだけで二割三割収入が増えるならばと。


「悠が小さい頃からだもんね」


「まあな。いつも姿は無くても俺のために働いてくれてるんだなって感謝してる」


「そのせいでいつも一人だったよね」

 

「そうだな。でもさ、お前がちょくちょく来てくれてたし、今はもう平気だ。実は結構夏希に感謝してるんだぞ」


「そんな。あっ、悠風邪ひいちゃう、お風呂入らないと」


 悠がびしょ濡れだったのを思い出す、そのままではいけない。こんなことで体調を崩させたら、自分の心が痛んでしまう。


「そうするよ。着替え着替えっと」


「私がお湯はってくるね」


「おう、悪いな」


 勝手知ったる我が家ではないが、夏希は大体のことをわかっていた。


「お風呂か」


 旅行のことを思い出して顔を赤くしてしまった。良くもあんなことをしたものだと。場の勢いとは恐ろしい。顔色が元に戻るまで少し脱衣所にこもる。鏡を見てようやく大丈夫なのを確認した。


「なんだよまだここに居たのか。また一緒に入る気じゃないだろな」


「は、は、入るわけないでしょ!」


「怒るなって、冗談だよ」


 あっという間にまた赤くなり出ていってしまった。体を暖めるだけなのでさほどたたずに悠が上がってくる。


「やっぱ家がほっとするよな」


「旅行帰りってみんなそう言うよね」


 不思議なもので、帰った瞬間にそう感じてしまう。人とはそう言うモノなのかもしれない。


「そうだ昼間に色葉たちとバッタリ会ったよ。あいつらいっつも三人だよな」


「ふぅん、どこで?」


「商店街の映画館あるだろ、あそこの前の広場。前もそうだったな」


 お金を使わずとも商店街ならばある意味楽しめるというのもあったので、居てもおかしくはない。


「あいつら暇人だからね。でも悠もか」


「否定はしない。遊んで遊んでってせがまれたけど、映画見に行くからって断ったよ。ちょっと可愛そうだったかな」


「映画?」


「ああ、暇人だった俺がベンチでぼーっとしてたの、たまたま柚子香が見付けて拾われた。んで映画観に行ったんだ。その後駅に行ってこの雨だよ。駅では夏希に拾われたけどな、ははは」


 綾小路とは偶然で約束じゃない。色葉達に邪魔するよう言っておかなければと夏希は唸る。


「そう、あちこちで拾われたらダメだよ」


「だな。お前に拾われて助かったけどさ」


「私になら拾われていいの」


「なんだそりゃ? まあいいや。お礼にコーヒーをいれてやろう」


「うん、ありがと」


 ご機嫌でキッチンに立つ。柚子香と映画館に行ったと言われても、以前のような動揺は無かった。悠に気持ちをうちあけ、悠の気持ちも解ったからだ。


「ふん、私が綾小路に負けるわけないから」


 正面からやり合うなら、絶対に負けなどしない。今は先行されているだけだと気を強く持った。


「はい、お待たせ」


「あっ、ラテバリスタアート!」


「上手くいったろ」


 マグカップの上面、コーヒーの表面にクリームで描かれていた。傘が。


「面白い! 悠は手先器用だよね」


「どうかな。こんなのしか出来ないけど。それに出してやる相手もお前位しか居ないしな」


「それで良いよ、私だけで。あ、そうそう、夏祭りの話。まーた人集めろって」


「親父さんに言われると思ってた。柚子香は来てくれるってさ、ひかり先輩も誘ってみるよ」


 既に柚子香を誘ったと聞かされる、それは仕方ない。ひかりについても、これは当然だろうなと頷く。


「うん。準備あるんだからちゃんと手伝ってよね」


「わかってる。どうせ暇だからそれくらいはやるよ。お前部活は?」


「休ませてもらう。両方なんて無理だから」


「そっか、そうだよな。地元の付き合いって言ったらわかってくれるよ」


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