第24話

 やりきれない想いを胸にしたまま翌日を迎える。変わらない日常が繰り返されていたはずなのに、この半月の間、本人すら信じられないような状態に身を置くことになってしまっていた。


「柚子香が彼女だっていうのに、ひかり先輩だけでなく、夏希とまで。俺、いつ刺されてもおかしくないよな」


 半ば冗談ではあるが、仮にそうなったとしても文句は言えないだろうと納得している。


「でもな、好きなことは事実だし拒絶はしたくない。どうすりゃいいんだ?」


 朝から一人で悩んでしまい気分が晴れない。


「外行くか」


 引きこもりは良くない。動機はともかくとして、若者が一人で家に居てなにもしていないのは確かに避けるべきだろう。あてもなく歩く。商店街にやってきて、ベンチで一休み。少なくとも青空の下でぼーっとしている方がマシだと思えた。


 完全に気が抜けていた、両足を投げ出し空を眺める。目の前に逆さになった柚子香の顔が映った。幻を見る。


「あーあ、ついに柚子香の幻まで見えて来たか」


「悠君こんなところで何してるんですか?」


「えっ、幻聴まで?」


「幻聴ですか? えっと」


 起き上がり今度は真っ直ぐに柚子香を見る。すると間違いなくそこに立っていた、幻などではない。


「どうして柚子香がここに?」


「あ、私はお買い物を頼まれたので。凄い偶然ですね」


「それについては全くの同意見だよ。余りのヒマさ加減に家を出たは良いけど、何にもやることないのな、ははは」


 外で転がるのも、家で転がるのも一緒と思っていたが、随分と大きな違いがあったものだ。


「あの、私とデートしませんか? 旅行ではずっと隣になれていません」


「え、いいの?」


「はい。私が誘ってます」


「嬉しいな! 誘われる、俺誘われるよ!」


 捨てられていた犬のような反応をされ、柚子香はつい笑ってしまった。


「まずはお買い物付き合って下さいね」


「うんうん、付き合う!」


 お手、今そう言われたら喜んで乗るだろう。文字通り後を追って商店へ入る。アンティークな品から、最新の精密機器、何故ここで扱っているのかも不明の物まで色々と異国情緒溢れる揃えをしている店だ。


「えーと、ここは何屋さん?」


「輸入雑貨店なんですよ。キャトルエトワールって言うんです」


「それって何語?」


「あ、フランス語みたいですよ」


「そうなんだ。で、何を買いに?」


 棚にラベルが貼ってあるのだが、それを読めないし、品を見てもいまいちよくわからない。それはそれで面白い空間だと感じられた。


「えーと、エステルにミックスパスカル、それとグレープシードオイルです」


「あー、何だったかな製菓材料だったような気が。なんとなく聞いたことがある」


「はい。お母さんがお仕事で使うみたいです」


 どろどろの原料を見てしまう。これを口にする気にはなれなさそうだとエステルを残念そうに見送る。柚子香が三点を見つけてレジで会計を済ませた。


「悠君、ここに喫茶室もあるんですよ。寄って行きませんか?」


「そうなんだ。じゃあちょっとそうするか」


 二人で奥にある部屋に入る、先客の姿は無かった。


「ここお勧めがあるんですよ」


「そうなんだ。じゃあ柚子香にお任せしようかな」


「はい」


 店員にメニューを指差しながら注文する。それにしても全然店にも客がいないのに、よく成り立っているものだと不思議がる。赤字じゃないのかなと。


「静かな店だよな。大丈夫なのかな?」


「店舗にはあまりお客さんが居ませんけれど、色々な取引先に業務で卸しているみたいですよ」


「へぇ柚子香詳しいんだ?」


「えと、お母さんが輸入業務をしているので、ここともお付き合いがあるんです。それでちょっと私も聞いたことがあったんです」


 一般客相手ではなく、大口業務があれば確かに成立するか、と納得する。それはそうとして、目の前に座っている柚子香を眺めてしまった。見た目も可愛らしいし、人当たりも柔らかだ。


「あの、どうかしましたか?」


「え、いや、柚子香だなーって。ははは」


 意味不明の受け答え、それにすら笑顔を返してくれる。悠はそんな彼女が好きだ、彼女も悠が好きという。それなのに取り巻く環境が気持ちを乱してしまっていた。


「旅行、楽しかったですよね」


「そうだな、写真出来たら渡すよ。今時ネガ現像も珍しいよな」


 デジカメプリントならコンビニでも出来た、敢えてそれをフィルムで残したのにはわけがあった。目に見える、手で触れらるような、何かそんな存在を強調したかったのだ。


「楽しみにしています。あの、藤崎さんって何かあったんですか? 悠君、たまに凄く寂しそうな顔をしています」


「何もないよ。無くて良いんだ。普通に毎日を過ごしていきたいなってだけだ」


 言葉とは裏腹に何かあるのがわかるような態度、しかし柚子香はそれ以上追及することはなかった。


「ここのパフェ美味しいんですよ」


 やってきたのはやけに大き目のパフェだった。デラックスとか店員が言っているのが聞こえた。しかし出てきたのは一つだけ。


「凄いサイズだけどそれ」


「二人で食べたら丁度良いんですよ」


 柚子香はそれまで対面に座っていたが、悠の隣に席を移った。


「柚子香?」


「こっちのほうが一緒に食べやすいです」


 旅行では一度も隣になれなかったことを何度も思い出して、ここで挽回すると前向きに。


「一緒って」


 スプーンですくったものを悠の口元に持って来る。あーん、というやつだ。


「一緒です。はいどうぞ」


「ど、どうぞって。えーと」

 

 困惑していても全く引っ込める気配が無いので、一口それを食べた。甘いし美味しいのだが、味などどうでも良いような気がしてしまう。柚子香は自分の分もすくって食べる。そしてまた悠の口元にスプーンを持ってきた。


「はいどうぞ悠君」


「どうしたんだ柚子香?」

 

「どうもしませんよ。変ですか?」


「いや、変ってわけじゃないけど。その、俺が食べたのと同じスプーンで嫌じゃない?」

 

 ひかりや夏希のことを思い出す。別にあの時も何とも言っていなかったけれども。


「嫌なんてそんなことあるわけないじゃないですか。私彼女なんですよ?」

 

「そっか。そうだよな、ごめん。俺さ、その、まだ柚子香とのそういうの慣れてなくて、どの辺りまで線引きしたらいいのか解ってないんだよな」


「これから解って貰えたら嬉しいです」


「うん、俺もっと柚子香のこと知りたい。そうだ、来週夏祭りあるんだけど、一緒に行かないか? 地元の小さな祭りなんだけどさ、毎年俺手伝わされてるんだ。準備ばかりで全然当日は行って無いから、今回が初めてだよ」


「楽しそうですね、是非行きたいです」


「よし、じゃあ行こう。小中の友達とばったりってのも、地元の祭りの楽しみなんだよな」


 やけに嬉しそうに語る悠を見て、柚子香も喜ぶ。彼が嬉しければ彼女も嬉しいとばかりに。


「懐かしい方と会えたら良いですね」


「みんな驚くぞ、俺に彼女居るなんて知ったら。しかもこんな可愛いんだからな!」


「あ。嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいです」


 スプーンを持つ手が止まる。ドキドキしているのを抑えるので精一杯になった。


「お祭りの準備って何をするんです?」


「会場の設営もそうだけど、のぼりを立てたり、ポスター貼ったり、人集まらないと寂しいからどっからか呼んでこいってのが多いかも」


「そうなんですか。一人勧誘に成功ですね、ふふふ」


「だな、ははは」


 ノルマは達成、そう胸を張って言える。何せ皆が一人ずつ連れてきたら二倍になるのだから。


「これ食べ終わったら、映画館に行きませんか?」


「うーん、行きたいのは山々なんだけど、俺さ色々使っちゃって小遣い無いんだよな。料理の勉強にも使ったし、後輩に奢ったり、旅行の関係でもなー」


 情けないが学生なのでそこは仕方が無い。アルバイトもしていないので、あまり自由になるお金がないのは当然なのだ。


「大丈夫ですよ。実は招待券があるんです、ここの喫茶室の利用券もあるんですよ」


「そうなの?」


 財布から映画のモノと、喫茶室のモノを取り出す。確かに無料の券だった。


「お母さんの取引先の提携なんです。普段お仕事していたら使いきれないからって、色々貰っちゃうんですよ。なので悠君と一緒に行けるなら有効活用ですよ」


「おー、そう言われたら気兼ねなく行けそうだ」


 二人で店を出ると目当ての映画館へ向かう。前には広場があり、ベンチが置かれていた。広場の中心には木が植えてあり、クリスマス時期には飾りがとても綺麗に辺りを照らしてくれる。


「俺結構ここのベンチでぼーっとしてること多いんだ」


「そうなんですか。でもお天気も良いので気持ち良さそうです」


 映画を見に行くのでわざわざ座りはしないが、二人で少し立ち止まって眺めた。


「あ、せんぱーい!」

「え、どこどこ?」

「ベンチの傍だ」


 三人が手を振って駆けて来る。夏休みで暇をしているというのは本当そうだ。


「お前らまた三人か。ここで何してるんだ」


「先輩こそぉ。その美人さんは誰ですかぁ?」


 少し眉を寄せて色葉が下から覗き込む。失礼な態度ではあるが、そこは年少者ということで。


「えと、私は綾小路柚子香です。初めまして」


「ふーん。藤田色葉よ、ヨロシクね。こっちのが藤田一音と次音」


 二人が軽く頭を下げた。こちらは丁寧な振る舞いだった。


「藤田さん? あの、藤田夏希さんの?」


「オネエ知ってるんだ」


「夏希の妹の色葉だ。一音と次音は従姉妹なんだ。こいつら松涛第二受験するってさ」


 この前の話を思い出して触れておく。難しい学校ではないので、多分希望通りになるだろう見込みだ。


「そうでーす、先輩を慕って可愛い後輩が受験するんですよぉ」


「そういうの理由にすんな。夏希が通ってるし、親父さんも安心だもんな」


「先輩、さっきからオネエのこと夏希って言ってますよねぇ? いつからそう言うようになったんですかぁ?」


「そうですよね。先輩はいつも夏希さんのことは藤田って」


 変に思うのも理解出来る、何せずっとそうだったんだから。悠が全然疑問をいだかない位にそれに馴染んでいた。


「一昨日からだ。あいつさ色葉や一音次音みーんな名前なのに私だけ藤田って何でだって。俺も全然気付かなかったけど、確かに周りに居るやつ等みんな名前で呼んでたんだよな。だから変えたんだ」


「なーんだそれだけかぁ。つまんないのー」


 その理由をようやく今になり知って、柚子香がほっとしてしまった。そういうことなら歓迎です、と言わんばかりに。


「で、お前ら何してんだ?」


「何って、ねえ次音ちゃん」


「暇してるんだよね」


「そうそう、先輩遊んでくださいよぉ」

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