第22話
「ん、ああ、何かさ最近だけど、寝る前に最後に見る顔とか、朝起きて最初に見るのがこいつなこと多くて。ほら俺、母さんとは生活時間逆だから」
かなり語弊がある説明に、ひかりまで動揺を隠しきれない。ここにきてどんなことになってるのかと。
「藤田さん、悠ちゃん家に泊まったりしてるの?」
「ち、違いますよ先輩! その、ご飯食べに行ったり、今日は駅に一緒に行くのに朝迎えに寄ったり、そういう意味で!」
「ひかり先輩、全力のボケですね、ははは」
「そ、そうだよね! ははは。でも仲良いんだねとっても」
何だか星どころではない気分になってしまった。気持ちが切れたところで帰るか、と誰ともなく口にした。
「あれ、懐中電灯電池切れたかな?」
カチカチやるがつかなくなってしまった。月明かりだけでは足元が覚束無い。
「うーん、スマホも置いてきたしな。仕方ない、ゆっくり気を付けて歩くしかないか」
悠を先頭にして暗闇を行くことにした。ひかりは悠の腕をとり、夏希は反対の袖を握る。柚子香は仕方なく後ろについて裾を握った。
「三重の意味で凄く歩きづらいんだがこれ」
足元は見えない、ひかりが密着する、柚子香の顔は見えないがきっと……と、やたらと大変な数分を体験することになる。口には出さずに言葉を飲み込む。懐中電灯の電池切れをこうまで残念に思ったことは無い。
「いやーやっとついたね。さあ入ろうか」
ご機嫌でひかりが館に戻っていく。夏希は「先輩なんか近すぎない?」と呟いて。ぐったりして歩く悠の後姿を見て、最期に柚子香が入る。
「今日全然悠君の隣になれないです。これは絶対に何かおかしいです」
鈍い柚子香でも異常さに気づく。ここにきてついに疑惑が確信に変わった気がしてしまう。部屋ではあかりが寝息をたてて転がったままだった。
「あかりさん疲れてたのかな」
「どうかな。ちょっと体冷えたから、またお風呂行ってこよっかな。あ、悠ちゃんも来るかい?」
「行きません。行くとしても誰も居ないときにしますって」
「なーんだ、つまんないの。藤田さんも行きましょ」
「え、んー、そうですね。ほら綾小路行くよ」
うむを言わさずに連れ去ろうとする。だがはっきりと行くと答えない。
「柚子香も行ってこいよ」
「はい……あの、少し休んでから行きますね」
「歩いて疲れたもんな。夏希、先に行っててくれってさ」
「は? 先にって」
「藤田さん、ほら早くっ」
ひかりが気を利かせて夏希を引っ張って行った。こうまでしてくれたお返しはきっちりとするつもりもあって。
「あっ、せ、先輩っ」
「いったか。あのさ、ごめんな柚子香」
「え?」
「何かあんまり楽しめてないよな。俺が悪いんだ」
色々と心当たりはあった、柚子香が気づいたかもしれないというのも含めて。
「いえ、そんなことありませんよ」
「あの、さ。昼間、細い道で俺が手を差し出したとき、ごめんなさいって。あれって」
もしかしたら嫌われてしまっているのかも、不安を抱いてしまっていた。
「あれは、あの。私、男の人に触れるのが怖いんです」
「怖い?」
「はい。小さい頃辛い思いをして」
いわゆるトラウマというやつで、心に傷があるという。
「そうなんだ。じゃあ俺のことが嫌になったとかじゃ?」
「そんなことありません! あの、違います。我慢しようとしてもどうしても無意識に拒絶して、触れたいのに触れられないんです」
「そんな風に悩んでたんだな。柚子香、俺待ってるから。いつか心の傷が癒えて、触れられるようになるまで。焦らなくていいよ」
でもそんなことしてたら、悠があの二人にとられてしまう。大きな不安があり、このままではきっとダメだと勇気を出す。
「私、怖いのを我慢します、悠君の彼女に相応しくなります、だから! どこにも行かないで下さい!」
悲壮な表情で悠の手を握る。無理をして震えているのがわかった。
「柚子香」
恐怖に耐え、彼女は二人の距離を縮める。唇を重ねた、悠は驚いたが震える柚子香を優しく抱いてやる。こうまで思いつめさせてしまっていたのは自分に原因があると。
「無理するなって。でも嬉しい」
顔が青ざめてきたので離れる。しかし彼女の表情は反対に明るかった。
「私、悠君のことが好きですよ、大好きです」
「俺もだよ、柚子香」
◇
後は寝るだけ、これが修学旅行ならばここからが本番とすら言えたが、今回はお開きだ。離れて寝るべきだと思って布団敷いたが、何故か全部が揃って敷きなおされていた。
「悠ちゃんどうしかたの?」
「いえ、何か布団がやけにくっついてるので。部屋は広いんですよ?」
「あー。ほら、悠ちゃん今日は頑張ってたし、僕が添い寝してあげようかなって」
「遠慮しておきます。夏希、俺と場所交換な」
端っこにいた夏希を指名して、何故か真ん中にある自身の布団とトレードを宣言する。
「折角落ち着いたとこなのに仕方ないわね」
ひかりを侮れないやつだと認識を改める。こんなキャラだっけと考え、ママさんからしてアレだと納得した。とにかくぶつくさ言いながらひかりの隣に移る。
そうして柚子香からも少し布団を離して一息つく。ひかりに振り回され気味だけれども、それもいいかと思いながら。
「夏休みもあと半分位ですね」
「だな。そういやバスケの合宿とか後半であったよな?」
「それねー後半にね。鬼のしごきだって噂」
布団に入ってから喋りはじめる、そのうち一人ずつ脱落していくだろう。
「毎年厳しいんだよ。でも必ず自身のためになるから、藤田さんも頑張ってね」
「マネージャーは別ですもんね、はあ憂鬱」
合宿の手配や様々なケアを担当はするが、実際にしごかれるのは選手だけ、当然だ。
「ってことは、料理勉強もあと一回か二回位か」
「そうかもね。ね、少しは役にたってるかな?」
「はい、とっても。もう俺なんてひかり先輩に一生頭があがりませんよ」
「へー、悠ちゃんは僕に一生付き合ってくれる予定なんだーへー」
おどけてひかりがそう口にした。だが悠は真剣に応じる。
「はい。俺に出来ることあったら、いつでも言ってください。ひかり先輩の力になりたいですから」
「え、うん。悠ちゃん、ありがと」
意外な返事に、ひかりがつい布団を被ってしまう。電気は消しているけれども、きっと今顔が真っ赤だろうなと。顔が熱いのが自分でわかる位に。柚子香はその真っすぐな言葉を耳にして、何故か嬉しくなっていた。夏希は悠らしいなと笑って。
「夏希も、柚子香もな」
「え、私?」
「えっと?」
「俺、自分に関わってる奴の為に何かしてやりたい。いつまでもずっと、力になってやりたいんだ。だから遠慮せずに何でも言ってくれ」
真面目にはっきりとそう言い放つ。誰憚ることなく、出来ることは絶対にすると約束して。
「うん、わかった。私ともずっとって言ってくれるんだ悠は」
「はい、ありがとうございます。でも私は悠君の為に何が出来るんでしょうか?」
みなが黙って目を瞑るも、暫し眠れぬ夜を過ごす四人であった。
◇
鳥の鳴き声と朝日で目が覚める、何と気持ちの良いことだろう。悠はアラームではなく自然と目を覚ました、が。何故か疑問が湧いてくる、寝起きで。
「えーと。お早う御座います」
「お早う悠ちゃん、よく眠れたかい」
「あ、お早うございます」
「おはよー、まだ朝早いよ」
「寝起きから一つアレですけど、何してるんですか?」
言葉はひかりに向けられているのだが、目線はぐるっと一周している。目を開けると三人が顔を覗きこんでいるのが見えたからだ。布団で寝ているので解るけれども、端に寝ているのにどうして皆が傍で見ていたのか。
「何って、そりゃ悠ちゃんの寝顔を見詰めてたんだよ。ねぇ?」
「え、私はたまたまちょっと」
「気のせいでしょ、気のせい。うん」
偶然を装った行動、寝顔なんてみて面白いものかと思ったりもする。チラッと壁掛け時計を見るとまだ朝の六時、どうしてみな起きているのやら。
「早起きですね随分と。まだ六時じゃないですか」
「僕はいつもこの時間には起きてるよ。部活の朝練あるからね」
「そうだよ、学校に七時集合なんだよ。毎日シャレにならないんだよねー」
「私も出かける準備でこの位に起きていないと間に合いませんので」
それぞれが理由を口にする。確かにそうかもと思えるのだが、わざわざ説明する必要があるような無いような。女子の準備は、を思い出した。
「ちょっと早いのでまた寝ようかなって思ったんですけど」
「あ、いいよ静かにしてるから。ね二人とも」
何故か視線を逸らしてコクコクと頷くのだから変に思ってしまう。
「でも、何だか起きた方が良いような気がしてきたのでそうします」
そういうと体を起こした。あかりはまだぐっすり寝ているようだ。
「なーんだ残念」
「何が残念なんですか」
三人を見ると確かに起きて暫く経ったような、つまるところ普段のような身なりをしているのがわかった。
「なによ悠、じっとみて」
「ん、いやー、女ってやっぱ朝から大変だよなーって。で、ちょっと気分違う感じなのか夏希?」
「は? どういうことよ」
夏希をチラッと見てそう表現した。だが本人を含めて誰にも意味が伝わらなかったようだ。
「ほらお前、いつもと髪縛る位置少し違うだろ、だからさ」
「え。確かに今日は鏡のせいとかで……でも……」
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