第18話
「うん、じゃあまたな」
一人立ち上がるとクランベリーを出ていった。残された三人が盛り上がる、偶然あった今日のことについて。
「先輩変わらずに優しいですよね」
「だよね、やっぱりいいなあ先輩」
「にしてもオネエ、自分だってちゃっかり先輩と一緒にきて」
「夏希さんじゃ仕方ないですよ、だって夏希さんですよ?」
「ね、今度わたしらで先輩の家に行っちゃわない?」
「それいい! 次音ナイスアイデア!」
「あ、私も行きたかったです」
「絶対に夏希さん居ない時にしないとね」
「オネエが部活の日を調べとくねぇ」
「でもでも見付かったら凄く怒られますよ」
「バレなきゃいいのっ!」
◇
差出人・綾小路柚子香
件名・これから
本文
駅に向かいます。松濤南駅で待ち合わせで良いですよね?
「うんうん、それで良いよ」
ご機嫌で返事を送って、自身も駅に向かった。というか既に到着するようなところまでやってきている。電車を二本見送ると綾小路が姿を見せた。
「よっ、綾小路」
「お待たせしました」
「いいのいいの。来てくれただけで感激」
「まあ。今日はどこでお話しましょう?」
また公園のベンチというのも何と無く気が引けた。かといって喫茶店はちょっと遠慮したい。となると行ける先が随分と限られてしまった。
「家に来ないか? あ、嫌ならどっか考えるからさ!」
「木原君のお家、行ってみたいです」
嫌がる素振りなど全く見せずに即答した。木原もちょっとばかり意外だったが、すぐに喜ぶ。
「家さ、ここからそんな遠くないんだ」
歩きながら改めてあかりが協力を承諾してくれたことを話す。
「ママさんが協力してくれるなら助かりますね」
「ああ、良かったよ。でも宿のフリーってほんと俺達も良かったのか?」
「はい、もうずっと行けてないんで、丁度良かったんですよ」
「そっか、そう言って貰えたら気が楽になるよ」
ここだ、マンションを指差してエレベーターで8階を押す。母親が夜勤明けで寝ているので、二人は木原の部屋に行った。
「母さん寝てるから、ごめんな俺の部屋で」
「いえ、気にしないで下さい。ここが木原君のお部屋なんですね」
「好きな場所に座っててくれ、何か飲み物持ってくるから」
出ていく姿を見てから部屋を軽く見回す。勉強机の上に写真が立てられていた。
「木原君のお部屋って、何だか片付いてますね。あ、机に写真あります。中学の卒業式のですね、藤田さんも写ってます」
木原、黒岩、新田、藤田の四人が笑顔で写っていた。凄く仲が良いのがスナップからも伝わってくる。
「私、木原君の彼女なんですよね。いつかこんな顔を見せてくれるんでしょうか? 藤田さんだけでなく、藤崎さんと居るときも嬉しそうで、私って一体」
「はい、お待たせ」
コップを二つ手にして戻って来ると、少し綾小路はビクっとしてしまった。
「え、あ、ありがとうございます」
振り返って視線を落とす。別に悪いことは何もしてないというのに。
「それ、卒業式の写真だな。そいつら全員同じ高校だってわかってたから、あんま別れの実感もなかったんだ」
「そう、ですか」
「でもさ、クラスバラバラになって、部活始めたら同じ学校っても全然時間合わないのな。太一のやつは同じクラスだけど、藤田だって最近になるまで殆んど会わなかったもんな」
バスケ部に限らず運動部は朝練、放課後、休みも全部練習、たまに大会で大忙し。試合に出られなくても、いやそうだからこそ練習の前後の雑用があって時間をとられてしまう。一年生ならばなおさらだ。
「え、そうだったんですか? てっきり頻繁に会ってたのかって」
「それは前期終業式のちょい前からだな。ひかり先輩のとこ通うようになってから、またって感じかな。あいつが料理なんて考えもしなかったよ、ははは」
終業式の前というと藤田が綾小路を誘った時期に合致する。やっぱり藤田が木原に気があるのだろうという予想が裏付けられた気がした。
「あの、私、木原君の彼女ですよね?」
「え、改めて言われたら照れるけど、そうだな。まだ夢かもって思ったりしてる」
「夢なんかじゃ無いんですよ。良かった、ちゃんと彼女だって言ってくれました」
「でもさ、俺が綾小路のこと好きなのはわかるけど、何で俺のことなんて? 気になってるんだよな」
明らかに魅力がある綾小路を求める者はたくさんいても、木原となるとどうか。これは百人に聞いてみても、恐らくは意見の分かれに差が出るだろう。
「え、どうしてですか?」
「だって俺なんて良いとこないし、見た目だってパッとしないし、全然だろ」
大勢がどうして、と言いそうな位に差があるだろ、木原は呟く。
「そんなこと無いんですよ。私、木原君が凄く優しいところとか知ってるんです。駅でも、学校でも、皆が見てみぬ振りをして通り過ぎるのに、木原君は進んで助けたりするんですよね。それで自分にいくら不都合があっても、何も気にせずに。カッコいいです」
「俺の知らないとこで見られてたとか、何だか恥ずかしいな」
「恥ずかしくなんてないです、私はそんな彼氏がいて誇らしいんですよ」
「そっか、そういう切っ掛けがあってもいいか」
「はい、良いんですよ」
ほっこりとした雰囲気が漂う。相思相愛というにはまだ付き合いは浅いが、少なくとも互いに好意があるのは確信できた。
「あの、急ですが名前で呼んでも良いですか?」
「え?」
「その、悠君って。私も名前で呼んで欲しいです」
「あー、えーと、柚子香」
「はい、悠君」
「ははは。名前一つで恥ずかしがってるようじゃダメだよな。でも顔が緩んじゃって」
笑って誤魔化すしかないとばかりに笑い続ける。確かに他人行儀に呼ぶよりも、名前を呼んだ方が自然かもしれない。慣れるまでは恥ずかしいだろう。
「えーと、そう、旅行の話しないとな」
「そうですよね」
机にノートを開いて置く。スケジュールから二ヶ所日程を抜き出した。後半にはバスケ部合宿があったので、なるべく避けたかったからだ。
「この二つ、どちらかだと都合が良いけど」
「どちらでも大丈夫ですよ」
「場所ってどこなんだ? 移動手段とか調べないといけないよな」
「あ、私パンフレット持ってきました」
鞄から取り出すと目の前に拡げる。聞いたことがない旅館だったが、見るからに高級そうだ。
「ちょっと席替わってくれるかな、パソコンで調べてみる」
「あ、はい」
柚子香が立ち上がり、後ろから画面を見る。目が悪いせいでぐっと近寄った。旅館のホームページがあったのでそれをクリックした。
「駅までの送迎付きみたいだな、これは助かる」
「空気が綺麗なので、夜は星が見えるんですよ」
「へぇ、いいなそれ」
「近くに天体観測の施設もありますから、ついでに予約しちゃいませんか?」
言われたのでリンクを辿ってみる。すぐ傍にあるらしく、歩いて行ける案内図が掲載されていた。
「よーし、予約っと。宿のは綾小路が、あーと、柚子香が電話してくれるか?」
「あ、はい」
やり取りをしている間に駅までの交通手段を調べる。どうやらバスならば一本で行けるらしいことが解った。
「予約取れました」
「よし、こっちもバスの予約出来た。後は当日に行くだけだな」
手際よくやれたのには訳があった。地元の青年会、藤田の父親が会長をしているやつで、こきつかわれた経験があったからだ。それだけに妙に藤田父からの信用がある。
「何だかワクワクしますね。私、こういうの初めてです」
「だな、ひかり先輩喜んでくれるといいな」
「そう、ですね」
これが自分ではなく、ひかりの為だったことを思い出して少しだけ残念な気持ちになってしまう。最初からわかっていたというに。
「悠、居るの?」
リビングから母親の声が聞こえてきた。
「ごめん、うるさかったかな」
母親が部屋の扉を開けて少し驚く。予想外の来客、また藤田なのかと勝手に思っていた。
「あら?」
「あ、初めまして、綾小路柚子香です。お邪魔してます」
「悠の母です。えーと、お友達来てたのね」
「いえ違います」一旦言葉を区切って続ける「私、悠君の彼女です」
「ええっ! ちょっと悠、こんな可愛いお嬢さんが彼女って。何か弱味とか握って無理やり言わせてるんじゃないでしょうね!」
「んなわけあるかよ! その、ほんとだって」
この親子の会話ここに在り、そんな感じが伝わって来てしまって柚子香が笑う。いいなと。
「柚子香さん、脅されてるなら素直に言ってね?」
「悠君はとても優しいんですよ」
「母さん、起こしちゃったのは悪かったけど、あっち行っててくれ!」
「あー、はいはい。ごゆっくりー」
バタンと扉を閉めて背を預けて座った。
「ったく、俺どんだけ親から信用無いんだよ」
「ふふっ、これでお母さん公認ですね」
「え? ああ、そうだな」
二人の距離が今日もまた縮まった証が得られるのだった。
◇
出発の当日、木原宅のインターホンをならす奴が居た。
「や、おっはよー!」
「ああ、またかよ藤田。今何時だと思ってるんだ?」
「ん、八時かな」
時計は確かに八時丁度を指している、大正解だ。気分爽快、寝起きの時間までは実はあと一時間以上予定していた。木原的には。
「出発は十時半だろ」
「うんそうだね、で?」
「うーん、あがれよ」
まだ寝惚けてだらしない格好の木原だ、旅行の準備は出来ているが、それにしても早い。
「いつまで寝てる気よ」
「いいだろもう少し位」
「良いわけないでしょ、起きなさいよ」
「あと十分……」
二度寝の常習犯としては、時間があるなら少しでも目を閉じて居たいものだ。またそれが許される余裕もある。
「往生際が悪い! 私はどうするのよ」
「んじゃあ一緒に寝るか?」
「ちょ、寝る? あー、ね、寝るわけないでしょ!」
拒絶するまで少しばかり時間が掛かったのは、藤田にしかわからなかった。木原はまだ寝ぼけている。
「あーあ、しゃーないから起きるか」
洗面所であれこれして戻る。テーブルに麦茶、椅子には藤田。顔をじっと見詰める。
「なによ」
「朝起きたらお前が居る、なーんか寝る前にもそんな感じだなって。まあ、普通だな」
「普通って。いつも居るのが当たり前ってことなんだよね?」
部活の帰り夜に寄って、翌朝お早うを繰り返している。このところ毎日そうだったので、それが日常と化した。
「中学時代みたいだなってさ。母さん夜勤ばかりだから、朝お前の顔見て登校して、帰ってきてはおやすみって別れて。ほんと一緒じゃないのは風呂と寝るとき位だよな」
「迷惑だったかな?」
「は? いや全然、いつもって感じがして良いよな。俺達ずっとこうだったりしてな、ははは」
どう返事をして良いかわからずに黙ってしまった。 これがいつもということは、今後の人生を同じく過ごしていくという話にも繋がるから。もっとも木原には全然そんな意図はない。
「そういや色葉達が料理のことで騙された、とか言ってたぞ」
「あー、あいつら。無視していいからね?」
「いやいやいや、そう言うなって。そのうち藤田の腕前を見せてやったらどうだ?」
誰かに食べさせるのが一番練習になる、そう断言してやる。作るにしても一人分よりは複数人分のほうが出来は安定する。
「かもね、姉の威厳を見せ付けてやるわ」
「その時は俺にもな。華々しいデビューに期待してるぞ」
一回二回作ったところでさして変わり映えもしないが、それでも気持ちは違う。気合が入るという意味では、予告するのは効果的だ。
「木原も来てくれるんだ」
「まあな、口は出しても手は出さないぞ。藤田の力でやるんだ」
「わかってる」
「上手く出来るようになったら、これからうちの分も作ってくれよな、ははは」
「はあ、この鈍感ばか」
◇
駅前に皆が集まった。主催は木原ということになっている。
「ひかり先輩、突然で驚かせてすいません」
「ほんと驚いたよ! でもすっごく嬉しい! 僕の為に……本当に嬉しいよ!」
直前になってあかりに話を聞かされたひかりは、衝撃で涙が溢れてしまった。おかげで家を出るのがギリギリになってタクシーでやって来たくらいだ。
「藤崎先輩は今日はゲストですよ」
「楽しんで下さいね」
「荷物俺が持ちます。あかりさんのも俺が」
半ば強引に鞄を引き受ける。未だにあの話が頭に鮮明に残っていた。出来るだけ負担をかけさせない、身体への負担ならば自分が引き受けられる。
「あ、バスきましたね」
「じゃ、出発しよっか!」
後部座席に固まって座る。荷物と木原、ひかりとあかりの二人席、三人が一番後ろの組合せだ。
「ところでどこに行くんだい?」
「温泉旅館です。それだけじゃなくて、ちょっと楽しめそうな施設も近くに予約してあります」
詳細はついてからのお楽しみ、と秘密にする。バスで一時間程行くと、山の中の停留所らしき場所に到着する。近くに商店があるが、殺風景で心配になるくらいだ。離れた場所からプップーとクラクションを鳴らして、ワゴン車が近付いてきた。
「えーと、綾小路さんの一行かな?」
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