第17話

 メモを用意した意味が二つあったのを説明し、レジを通す。結構な量だった。


「俺持ちますよ」


「沢山あるよ、僕も持つから」


「いえ、俺が全部持ちます。その位させてください」


 ひかりが両手で持っていた袋を木原が片手で持ち上げた。もう片方の手でも、もう一つあった袋を手にする。 その姿をみて微笑む。


「うん、お家に行こう」


 皆で歩いて戻る。両手に袋を提げた木原は何も言わずに最後まで一人で運び切った。大したことではないが、ひかりへの負担を減らすには、との事柄が頭のどこかにあったのは否定できない。


「はい、今日はおしまい。少しは参考になったかな?」


「色々とお勉強になりました。藤崎さん、ありがとう御座いました」


「藤崎先輩、お疲れ様でした!」


「ひかり先輩、有難う御座います。何かいつも面倒見てもらって」


 部活の休みを全て潰している事実は大きい。ひかりだって自由にしたい日があるに違いないのだから。


「良いんだよ、僕は好きでやってるんだからね。そう、これは僕がやりたくてやってるんだ」


 三人でその場を去る。木原が何かをずっと考えている様子を二人は不思議そうに見ていた。様子がおかしい、何かあったのかと。


「木原、どうかした?」


「あ、んー。ひかり先輩、いつも悪いなって思ってさ。何かお礼したいなとか考えてた」


「そうですよね。どうしたら喜んでもらえるでしょう?」


 同感だったようで三人が悩む。何をしても喜んでくれるだろうことはハッキリしているのだが、その中でもどうしたら彼女が心の底から喜ぶのかを。


 ひかりが自分のことを覚えていて欲しいって言ってたことを思い出す。ずっと形に残るように、皆で写真撮ったりとかどうなんだろかと。ただ撮るだけではいまひとつ、何かをプラスしたい。


「木原、何か浮かんだ? 私は全然。榊先輩に聞いてみるってズルくらいしか」


「快く教えてくれるだろうし、最も適切な助言が得られるのは確かだけど、それは最後の手だな。俺はさ、皆で写真を撮っておきたいと思った。ただスナップを撮るだけじゃ弱いなって」


「え、写真? なんでまた?」


 説明をするわけにはいかなかった、だからと黙ってそうしろとも言えない。事情を抱えているのはありありと見て取れる、綾小路がそれらを鑑みて提案した。 


「でしたら、旅行先で撮りませんか?」


「え、旅行先?」


「はい、私のお父さんの伝で、高原の温泉旅館がフリーで使えるところがあるんです。そこに行って、皆さんで撮影するとかどうでしょうか?」


 フリー、つまり無料ならば学生であっても選択肢に入れることが出来た。


「幾つか問題はあるけど、それいいアイデアだと思う!」


「はい、喜んでいただけしょうでしょうか?」


「実現したらきっと喜んでくれるよ! でもなあ」


「まー、色々とあるよね。外泊に保護者無しに、木原……男だしってこと、だよね?」


 どうしたら実現できるのか、何が自分に出来ることなのか、真剣に考えた。


「うーん。費用の面は概ね良さそうだ。予約も取れるだろうな。外泊、俺は良いとして三人はどうだろうか? 男と一緒ってわかれば反対するに決まってるよな、それが正常な親ってものだ。うーん。そうだ、あかりさん! 保護者として同伴してくれるようにお願いしたらどうだろ、頷いてくれたらひかり先輩も来られるし、色々と解決しそうな気がする」


 顎に手を当ててそこらをうろうろと歩きながら、一人でぶつぶつと考えを巡らせる。出来るのかどうか、幾つかのポイントがあった。


「あのさ、もしあかりさんが引率してくれるとしたら、二人は行けそうか?」


「えと、うちはきっと大丈夫です。知り合いの宿なので」

 

 凄く真剣な表情で思案している姿を見て、綾小路は何とか協力をしたいと思ってしまった。他人の為にああまで、と。


「私はどうかな。まあ木原一緒なら良いっていうと思うけど。あんたうちの父さんから凄く信用あるし。先輩のママさんも居るならね」


「うん、じゃあ明日にでもあかりさんに相談してみるよ。綾小路、宿が使えるのか確認しておいて貰えるかな」


「はい、わかりました」


 言い出した本人でもあるので快諾する。


「藤田も、一応聞いておいてくれ。ダメそうなら別のこと考えるからさ」


「別に私は居なくてもいいんじゃ?」


「そういうこと言うなよな。お前も仲間だろ」


「うん、わかった」


 その晩、メールが届く。木原も一応母親に相談することにしたが、好きにしてらっしゃいと言われて終わる。


差出人・綾小路柚子香

件名・宿

本文

招待なのでいつでも大丈夫です、予約を入れ無くても必ず一部屋空けてくれている場所みたいです。

でも一応電話したほうが安心ですよね。


「必ず開けてるって、何か凄いな。でも宿はこれでOKだな」


差出人・藤田夏希

件名・旅行

本文

一応良いよって話だけど、二人だけってのはちょっと、だってさ。

部活の先輩と、その母さんも一緒だって言ったら、それなら行け行けって、何かうちの親、どうなんだろね?

そんな感じだったよ。


「ははは、藤田の親父さんらしいな。」


 翌日、木原は部活が行われているだろう昼をあえてめがけて喫茶店に足を運んだ。


「いらっしゃいませ。あら悠ちゃん、ひかりならまだ帰って来ないわよ?」


「いえ、今日はあかりさんに相談があって来ました」


「あら、私に? 何かしらね」


 他に客も居ないのでカウンターに二人で座って話をする。珍しいこともあるんだな、程度で。


「ひかり先輩にお世話になっているので、今度お礼をしたいと思って」


「なぁに、そんなこと考えてたの? 良いのよ別に」


 そういう話ならばと心が温まる。何だか今日は良い一日になりそう、とかまであかりは考えてしまった。


「いえ、俺達がそうしたいからさせてください。それである場所で写真を撮りたいなって思ったんですよ」


「あら写真?」


 あかりは不思議そうな顔をした。どうして写真なのかと。


「はい。皆が写ったものをです」


 悠は真面目な表情でそう言った。あかりは目を覗き込み真意を推し量る、そして悠が深くひかりのことを知っているのだろうと悟った。 


「そう。あの子きっと喜ぶわよ。私も嬉しいわ、そういうお友達が出来て」


「それで、俺達未成年は保護者が必要ですよね。お願いがあります、あかりさんが同伴してもらえないでしょうか? 行き先は温泉宿、宿泊自体は手配出来るんですが、未成年だけだと色々と」


「それ以上言わなくても良いわよ、わかってる。まあ、ひかりは私が居たら窮屈でしょうけどね」


 あかりは笑顔で承知してくれた。一瞬ひかりの顔とダブってみえてしまう。


「有難う御座います。俺、本当にひかり先輩に恩返ししたくて」


「ふふ、何なら恩返しってことで、ひかりのことヨロシクお願いしたいくらいなんだけどなぁ悠ちゃん」


「いや、それは、その、ははは」


 あの日のことが思い出されてしまった。不埒者ここに在りだ。


「あら嫌がらないのね、うふふ。もしかしたらに期待しちゃうわよ?」


「そうやって俺で遊ぶの止めて下さいよ。部活が休みの前の日から一泊、スケジュールがコレなので、どこが都合良いでしょう?」


 スマホの写真機能から日程を確認する、急にでは喫茶店に迷惑がかかるから。


「いつでも良いわよ。ひかりも予定入れないようにってそれとなく言っておくわ。まあ予定って言っても、いつものお料理教室ならきっと問題ないわよね」


「ははは、そういうことです。では後ほど連絡します。ご協力ありがとうございます!」


 あかりは、娘にとても良い友人が出来たことを感謝した。望んでも得られない、そんな存在が近くにいることに。

 喫茶店を出て商店街へ向かった。別に何をするわけでもないが、取り敢えずの報告を二人にするためにメールを打っておく。


「これで概ね手は打てたな。あとは予定を現実にするための準備か。宿のこととか綾小路と打ち合わせしておいたほうが良いよな」


宛先・綾小路柚子香

件名・予定

本文

旅行の話、あかりさんにOK貰ってきた。

予定組むのに話をしたいけど、時間あるかな?


 送信して数分すると返事が来た。メールなど放置で全く確認しない人も多いのに、界隈では割と早くに連絡がやってきている。


差出人・綾小路柚子香

件名・大丈夫ですよ

本文

今ちょっと出先なので、二時間位あとで良ければ。

後ほど連絡しますね。


「そっか、じゃあ暫く時間潰さないとな」


 ベンチでぼーっとしていると、どこかで聞いたことがある声が聞こえてきた。


「あー、あれってもしかして先輩じゃ?」


「え、どこどこ?」


「おー、一音偉い、良く見つけた!」


 ひな鳥の如く駆け寄って来る。色葉を先頭に、一音、次音の姉妹だ。藤田従姉妹にはそれこそ半年ぶりに顔を会わせた。


「先輩、こんな場所でどうしたんですかぁ?」


「よっ、ちょっと時間持て余してた。一音、次音、久しぶりだな元気してたか?」


「もう忘れられてると思ってましたよ。先輩成分が足りなくて元気ないです」


「何だそりゃ」


「私もです。こんなに長い間会わないなんてありませんでしたよ?」


「ねーねーどっか連れてってくださいよー!」


 三人に腕を掴まれてせがまれる。嬉しいような、迷惑なような。どこか似たような顔立ちをしているのは、血が繋がっているから。夏希も含めて四人はそっくりと言えた。性格は全く違うが。


「ま、久しぶりだしな。アイスでも食べに行くか? この辺りだと……やっぱクランべリーなるんだよな。あそこ美味しいからな」


「わーい、先輩大好きです!」


「私もー!」


「次音ちゃん、色葉ちゃん、私も腕組したいです」


 一音だけ出遅れて腕を取り損ねてしまった。ダメーとあっさり却下され、仕方なく後ろからシャツを掴んで着いて来るのだった。


「いらっしゃいませ、クランベリーへようこ……そ。まーた違う女とか。こいつは」


「倉持、何も言うなよ。アイス食べにきただけだからな」


「はいそうですか、お忙しいですね。で、どちらさんかしら?」


「先輩、どうかしたんですかぁ?」


 色葉がわかっていて面白がる。そういうところが昔からある娘なのだ。


「どうもしない。俺はそう信じてるぞ」


「難しくてわかんなぁい」


「えーと、こっちが藤田一音、そっちが藤田次音だ」


 スマホに登録された奴らがごっそりとやって来たなと、木原の交友関係を確認してしまった。どれも一つか二つ年下だと。


「はいはい、こちらにご案内ですよ」


 雑に席に案内した。両腕にくっついていた二人は離れずに、そのまま二人がけに三人がひしめき合って座ろうとする。


「ったく、邪魔になるだろ。お前らはそっちに大人しく座ってろ、ほら一音こっちこい」


「はい!」


「あー、一音だけずっるーい」


「一音、裏切り者だ」


「そんなこと無いの。お前らずっとしがみ付いてたろ」


 メニューをテーブルにおいて、キッと木原を睨んで一言。倉持はご機嫌斜めだ。


「いいですね今日もハーレム状態で」


「妹みたいなもんだよ、別に嬉しくも何ともないって」


「へー、そうですか。さっさと注文してくださいよ」


「倉持、お前なんかキャラ変わって来てないか?」


 そういっても無視されてしまったので、そのままにしておく。アイスを四つ注文すると、相変わらずの冷たい視線を突き刺して裏へ行ってしまった。


「うーん、なんなんだよあいつ」


「先輩、前は誰と来てたんですかぁ?」


「誰って、藤田たちとだよ。まあ今もだけどな」


「オネエと? あーっ、部活の休みにお料理の勉強っていって、先輩とあってたんだ。ずるーい」


 間違いではないが、恐らく想像しているものではないので正解でもない。


「色葉ちゃん、それは?」


「オネエ最近料理勉強するとかって、うわぁ私騙されてたぁ」


「夏希さんがお料理、そうなんだ」


 三人が盛り上がる、誤解しているのだけどそれについてどうしたものかと考える。説明してもしなくてもいいか、木原は黙っていることを選んだ。どうせそのうち自宅で聞くんだろうし、と。


「お前ら夏休みの宿題、ちゃんとやったか? 最終日に困るなよ」


 至極まともな小言を漏らす。一応彼女らを慮っての言葉なのだけは間違いない。やらずに終わることはできないから。


「ちゃんとしてますよぉ。誉めて下さいよ、先輩」


「よしよし、色葉は宿題出来るいい子だ。姉ちゃんの言うことも聞くしな」


「へへへー、先輩に誉められましたぁ」


 アイスを四つ持ってきて倉持が呆れる。頭を撫でられて喜んでいる女子中学生を見ての事だ。


「何をやってるのよ」


「実は俺にもよくわからん」


「はあ、ごゆっくりどうぞ」


 やけに疲れた顔をして行ってしまった。もしかしたら連勤なのかもしれない。


「ところで、先輩はこれから用事あるんですよね?」


「ん、ああ、ちょっとな」


「何あるんです?」


「秘密。サプライズ企画中だ」


「そう言われたら聞けないじゃないですか」


「秘密だからそれでいいの。あ、そうだ、色葉って進路、松濤第二受験するのか? 前に藤田が言ってたけど」


 サプライズ、そうするだけで秘密に出来て便利だなと感じる。ふと思い出した進路相談。前に藤田から、妹も同じ高校を受けるとかなんとか言っていたような気がして。


「そーでーす。先輩追い掛けて行くんですよぉ」


「あ、私達も同じところ目指してます」


「そうなんです」


「お前らみんなうちか。まあ目標がはっきりしてるのは良いことだな。待ってるよ、頑張れよな応援する」

 

 小学生の頃から知っている奴らが頑張っている、やけに感慨が深くなってしまった。自分もやらないとな、と。望み通りにできるものならしてやりたい、三人が笑顔で居られるように何をしてやれるのかなどと考えてしまった。


「さ、これ食べたら俺は行くよ。お前らはゆっくりしてけ」


「はぁーい」


「先輩、ありがとうございます」


「ごちそうさまです」

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