第16話
綾小路と藤田、二人に追って連絡を入れた。明後日、また勉強会をするぞ、と。二人とも承諾の返事をしてきたのは、言うまでもなかった。
◇
ひかりの呼び掛けで今日はクランベリーにやって来ている。しつこく言われたので倉持にも、行くぞ、とメールしてあった。
「いらっしゃいませ、クランベリーへようこそ! って。女、増えてるし。何か見たことあるわね?」
「倉持、予告してきてやったぞ感謝しろよな」
「木原、あんたまーた違う女の子連れてきてる。やらしー」
「おまっ、そーゆー表現は誤解を招くだろ!」
ひかりは倉持を知っていたが、綾小路と藤田が何者かと訝しげに思う。あまりにも距離が近い感じがして。
「ちょっと木原、あんたこの人は何なのよ?」
「ただのクラスメイトだって。ってか何で藤田が怒るんだよ」
黙っていた綾小路とは裏腹に、その場できっちりと口にしてやる。
「あれ、藤田さんって、この前の色葉さんの?」
「え、うちの妹知ってんの?」
意外な発言に怒りはどこかへ行ってしまった。身内の行動の方が気になって。
「この前木原と二人で来てたよ、『先輩』って」
「あいつ……私に黙って抜け駆けするとは、帰ったらきっちり叱ってやらないとダメね」
「色葉に連れてけってせがまれたんだよ。それだけ。ほら席案内してくれよな」
「はいはい。こちらですよ」
目を細めて木原に視線を向けながら案内する。四人がけのボックス席、ひかりが最初に奥に座り、悠をチラッと見てくる。そこで足が止まる、一つの微かな選択肢が現れた人物がいたので。
「お、俺はどこに座るのが正解なんだ?」
ひかりの隣なのか、反対奥に座るべきなのか。間違えると何か良くないことが起きそうだった。 むむむ、と悩んでいると「突っ立ってないでさっさと奥座んなさいよ!」藤田が背を押して無理矢理に座らせて、その隣の席についた。
ひかりと綾小路はほんの少しだけ残念そうな表情を、それはもう一瞬だけだが見せた。藤田は仏頂面を浮かべて、内心はにやりとしている。
「それでご注文は?」
「急かすなよ。ちょっと勉強を兼ねて選ぶから時間かかるぞ」
「勉強?」
倉持がどういう意味かと小首を傾げる。ファミレスで勉強する人はそれなりにいるけれども、勉強道具は持参しているように見えない。
「僕らはね、お料理の勉強する集まりなんだ。ここのメニューの組合せ、試しに来たんだよ」
「あー……そうなんだ。そういうことか。もてもてかと思ったけど、違ったのね」
「そう言うわけだから、決まったら呼ぶよ」
さっさと行けと言わんばかりの口調だった。そばで待たれていて選ぶのも落ち着かないし、お互いそうすべきではある。
「なによう、メニューの説明位私にも出来るわよ」
「そうだね。じゃあ倉持さん、このセットとこのセット、紅茶の種類違うけど理由は何かな?」
「えーと、ミルクと飲むと風味がより深くなるって葉を使うかどうかの違いね」
「なるほど、しつこくなっちゃうもんね。これは応用出来そうな感じかな。僕はこのセット、悠ちゃんはこっちのセットにしてみていいかな?」
「はい、俺は何でも」
二つを決めて食べ比べてみようと、真面目に選択する。あと二人分も幾つか質問して、セットで注文した。
「私、レストランでこんな風に考えて注文したの初めてです」
「そうね、私も。どうせ木原もだよきっと」
「何でそう決めつけるんだよ」
「じゃあ違うの?」
「違わない。けど藤田が勝手に言うなよな」
違わないのかよ、という突っ込みが入りそうな軽快なやり取りが繰り広げられる。一緒に居る時間が長すぎると、こういうことが増える。
「何言ってんのよ。あんたの性格なんてわかりきってるんだから、一々文句言わないの」
「そりゃそうだけどさ。水はセルフサービスか、俺とって来る。ほらお前も手伝えよな、そっち出られないし」
二人で行ってしまうのを見送って、残された者が互いを見詰めてしまった。
「うわあ、何か自然な感じだなあ。僕より遥かに悠ちゃんのこと、知ってるんだよね」
「藤田さん、木原君のこと詳しいんですね」
注文の品がやって来る間に簡単な講義が行われる。一般的な概念ではあるけれども、誰かが言わなければそれすらも常識にはならない。
「食べあわせって意味もあるけど、一つの方向性があったほうが、お料理全体はまとまりやすいんだ。大雑把に言うと、和洋中とか、そんな意味とかだよ」
「逆に同じ枠の中ではなるべく重ならないようにするんだ。簡単に言えば同じ材料を使わない、とかだな」
ひかりが説明してから、木原が補足する。二人がほうほう、と頷いている。なるべく幅広く楽しませたい、そんな心遣いと言えた。うーんと唸りながら、口を覆って呟く二人が居た。
「お二人、凄く息があってます。何だか羨ましいです」
「藤崎先輩と木原って、ペアって感じがして嫌なのよね」
やがて料理が運ばれてくる。器の種類や並べ方、盛り付けに至るまでひかりが寸評を加えていった。才能とは他の才能を素直に評価することが出来るらしい。
「じゃ、実際に食べてみよっか」
「いただきます」
予めひかりから聞かせて欲しい点を指示されていたので、注意しながら味わう。それを忘れないうちにメモにした。
「あ、悠ちゃんのセット、一口貰えるかな」
「はい、どうぞ」
食べるのを中断してプレートごと差し出した。同じ様にひかりも悠にプレートを渡す。そしてひかりは何の迷いもなく、悠が使っていたスプーンで料理を一口食べた。 そっかそっか、等と言いながら、紅茶も同じカップのモノに口をつけた。
「悠ちゃんも違いを確かめておくんだよ。ちょっとした取り合わせで、かなり変わってくるからね」
「あー、はい。えーと、あっちの使ってもこっちの使っても、ひかり先輩のと一緒のだけどいいのか? まあ、いいか」
少しばかり迷ったが、まあいいかと試食した。藤田は目を細めて何かを深く思案しているようだ、一口食べるという行為について。綾小路は動揺を隠しきれない。
「あ、確かに違いますね。すっと入ってくる感じがあります」
「ミルクだけでなく、レモンか何かも強調してたよね。でもそれを表面には出してない感じ」
「洋風な意味の隠し味ってとこでしょうか? 参考になります。でも言われないと気付きませんよ、これ入ってても僅かですよね」
二人で真面目な討議をしているものだから、指摘するのもおかしいと、藤田も綾小路も黙る。そして蚊帳の外の二人で目があった。異常な部分あったよね、という確認だ。
「そっちの二人もちゃんと味わっておくんだよ」
「えーと、ちょっと私も。木原、交換してよ」
「え? あー、ひかり先輩、良いですか?」
元はといえばひかりのなので伺いを立てる。こちらは良くてあちらはダメとも言いづらいけれども、一応だ。
「そうだね、折角だから違いを確かめてみよっか」
認めてしまい隣とトレイごと交換する。目の前に置かれた料理を見る。隣もみた。木原は全然気にせずに藤田が食べていた料理を口にした。拒絶されていたら相当なショックがあっただろうことは疑いようもない。
「味付けが薄目ってか、うーん、多分角を落としたような感じがします。万人受けを意識したような」
「お、藤田も色葉が言ってたように、勉強熱心なもんだな」
「そうだね。予約のメニューじゃなくて、一般オーダー向けならそうするよね」
綾小路だけは結局交換せずに食事を終える。皆も特にそれについては何も言わなかった。
「さっ、お食事会は終了だよ。ここは僕がおごってあげるよ、その代わり感想は後でしっかり聞かせてね」
「え、良いんですか? 何か悪いですよ」
「あの、私、ちゃんと払います」
「いいのいいの、ママから研究費用ってことで予算出てるから。ちゃんと味を覚えておいてよね!」
味を覚えろと言うのも大概な話ではあるが、その場は言葉に甘えることにした。レジで清算を終える。倉持に木原だけ引き留められてしまう、皆は外に出てしまった。
「何だよ倉持」
「いや見てたよ、何交換して食べてるのよ」
「あー、もしかしてダメだったか?」
「いいけど。あんた食べたやつで藤崎先輩も藤田さんもでしょ」
同じスプーン使って、コップも。流石に気になる所ではある。
「二人とも勉強熱心だよな、俺気にしちゃったよ。でも何も言わないんだよな、そーゆーもんか?」
「いや、どーかな。気にするよね普通は。うーん」
「んじゃ行くな」
「あ、うん。またね」
クランベリーを出ると三人が待っていた。ここで勉強会は解散かと思っていたが違ったらしい。
「すいません、お待たせしました」
「うん、じゃあ行くよ」
「どこにです?」
「お買い物、ママに頼まれてるんだ。それとどんな物を買ったらいいかの目利きの実地だよ」
料理をするには素材選びも当然必要になってくる。そういう意味では至極真っ当で、更にはお店の用事を頼まれているというならば繋がりも納得だった。
「そうでしたか、では行きましょうか」
四人で歩きながら話をする、ひかりが先頭を行くのは買い物先がどこになるのか知らないから。
「倉持さん、何か言ってたのかい?」
「いえ特には。また来てねって感じですよ、営業トークっていうんですか?」
「そっか。食材選びだけどね――」
歩きながら大枠の抗議が始まった。内容そのものは至って普通のことではあったが、やはりここでもあの二人は真剣に耳を傾けていた。商店街の大型スーパー、ここでなら大抵のものは揃う。普段は近所のお店を利用している木原も、種類が欲しい時にはやってきたものだ。
「じゃあこのメモの材料を集めて貰おうかな。僕は後ろから見ているから、君等三人で相談しながら揃えてね」
「はい」
「わかりました」
「よし、やるか。まずはメモの把握からだ」
三人で一枚の小さなメモを覗き込む。わかってはいたが、近い。何か柑橘系の香りや、シャンプーの香りが漂ってくる。
「えと、上のから順番に行けばいいでしょうか?」
「重いの後回しかな」
「あー、あれだ、痛みやすいのとか冷凍の物を最後にしてだな、野菜とか常温のを最初に揃えちゃうんだ。まあ俺だって最初はそうだった」
「あ、そうですよね」
「ははは、だね」
カートを押していけば重い軽いも関係ないので活用しておく。後ろではひかりがニコニコして見守っていた。順々にカートに入れていったが、そこでも木原が一言。
「割れ物や潰れるようなのは上に乗せないとな」
二人は赤くなって俯いてしまった。基本的な部分が全然なっていないと。
「そう気にするなって、次からそうしたら良いだけだ。今はその為に勉強してるんだからさ」
「はい」
「うーん、わかった」
一通り見ていたひかりから最後にアドバイスがあった。
「うん、ありがと。買うのはそんな感じ、お買い物に来る前に、何が欲しいかを予め調べておくと良いよね」
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