第15話


「いいのよー、ひかりと仲良くしてあげてね、悠ちゃん」


「ははは。そう言われても、はい」


 二人で二階に上がる。最近になり結構頻繁に来ているな、等とチラッと思ってしまった。さっそく制服の上着を脱いでクッションを抱く。


「で、どうしちゃったのかなー?」


「イキナリですか? まあ、俺から頼んでおいてアレですけど」


「ふふー、包み隠さず相談しなさい。オネーサンが何でも解決してあげるから」


 信頼と実績のひかり商店、恋の悩みもお任せでこれ以上ない位に上手く行っている。


「確かにひかり先輩には簡単なことでしょうけどね。即座に解決で」

 

「そう? さあ、どんときなさい」


 ふっふっふっ、と挑戦的な笑みを浮かべる。この瞬間を最大限楽しむ、皆にも実践して欲しいところだ。


「初心者でも失敗しない、簡単なケーキの作り方を相談です」


「なるほどね、それなら僕の得意分野なわけだ」


「はい。まずは俺の考えなんですけど、シートは流石に買うとして、クリームを塗ってデコレーションする形がやりやすいかなって」


 調理ずみホイップを塗って、フルーツを添える、それならば失敗のしようがない。


「うん、そうだね」


「で、ここからが悩みなんですけど、食べてもらう人に感謝を伝えたい。気持ちを表すのをどう形にしたらいいか、です」


「気持ちを伝える……形にする、か。誰が誰に渡すのかな?」


 実行の際の問題点、結末への道。明らかにした方が良い部分を指摘する。


「娘が父親に、誕生日のプレゼントに手作りケーキを」


「そっか。可愛く作りたいよね。市販のイチゴチョコレートを削って散らしたり、カットした後に別でクリームを添えたりとかでアレンジしたらどうかな?」


「カットした後に……そうか、そうですよね。ホールのイメージしかなかったから、そういうのは考えてませんでした」


 誕生日ケーキとの括りにとらわれすぎていたのを思い知る。やはり渦中から一歩離れた視点だと気付きやすい何かがあるようだ。ケーキ以外についても、だが。


「お悩み解決したかな?」


「はい、ありがとうございます。あともう一つあるんですけど……良いですか?」


「もちろん良いよっ!」


「あの、ですね。何だか言いづらいんですけど」


 いつもはそんな態度をとることは無かった。何か違う大切なことがある、ひかりは直感した。これは綾小路のことだなと。


「な、なにかな」

 

「俺、その……綾小路に付き合って欲しいって言ったんです。そうしたら『はい』って。でも今まで女の子と付き合ったことなんて無いし、どうして良いかもわかんないし。こんなこと相談出来るのって、ひかり先輩しか居なくて」


「綾小路さんと……そっか、そうだよね。最初からそう言ってたもんね。僕期待したりしてバカみたい」クッションに顔を埋めて『半年で卒業よ』由美の言葉が思い出された『楽しまないと行けないのよ』彼女の想いも「悠ちゃんが想ってたこと、真っ直ぐに伝えたんだね」


「はい。俺、その位しか出来なくて。気のきいた台詞なんて全然」


「そっか。僕は伝えることすら出来てないよ。このまま……じゃね」


「取り柄も何も無いし、つまらない俺だけど、綾小路も好きだって言ってくれて。俺もそうで」


 照れて恥ずかしそうにこの前のことを吐露する。それをみてひかりは、悠が遠くに行ってしまうという焦燥感に激しく襲われた。このままで、勇気を出さずに終わって良いはずがない。ぐっとクッションを抱く腕に力がこもる。


「悠ちゃんは、僕のことどう思ってるのかな?」


「え?」


 何と答えたら良いか言葉に詰まる。色々な想いが渦巻いて、どう表現したら良いか。


「正直な言葉にして欲しいな」


「はい。俺の恩人であって、憧れの先輩でもあって、頼れる姉のようで、とても大切な人です。俺の人生を左右させ得る、かけがえの無い存在。それがひかり先輩です」


 間違ってはいけない、真っすぐに正直に、問われたことへの言葉を返す。ずっと想っていた評価を口に出す。


「悠ちゃん。あのね、僕にとっても悠ちゃんは大切な人なんだよ」


「なんか、そういうの照れますね」


 少し赤くなり頭をかく。そんなことを言ったのは自分からだというのに、やはり恥ずかしさは言われた方が大きなと。


「それだけじゃなくて、僕、悠ちゃんのこと好きだよ」


「はい、俺もですよ」


「そうじゃなく、男の子として見てるんだよ。こんなこと言ったら、僕のこと嫌いになっちゃうかな? 綾小路さんと付き合うんだもんね、僕が邪魔してどうするんだろね」


「えっと、ひかり先輩が俺を男として好き? これってもしかして告白。あの、俺突然で良くわからないですけど、絶対に嫌いになんてなりません。えー、あれ、どうしたら?」


 困惑する悠にひかりが近付きそっと抱き付く。 いつかこうしてみたかった、距離がゼロになるまで寄り添ってみたかった。やろうと思えば手が届くのに、いつもそれを控えた。この関係が壊れるのが怖かったから。


「答え、焦らないから」


「え、でも」


「綾小路さんと付き合うんだよね。だから、すぐじゃなくていいよ。ただ僕の気持ち、伝えておきたかったんだ。僕のこと好きって言ってくれたし、それだけでも良いんだ。わがままだけどその先にも期待してる」


「すみません、はっきりと答えられなくて。俺、ほんとどうしたらいいかわからなくて。俺、ひかり先輩が好きなのは本当だし。こんなの考えてもみなかったことだけど」


 嬉しいよりも困惑が先に立っている。どうして自分なんかを好いてくれるのか、その理解が追いつかない。何も出来ない凡人レベルの高校一年生を。


「良いんだよ。あのね、教えてあげるよ」


「何をですか?」


 相変わらず抱き付いたままのひかりの体温を感じながら、やや上ずった声で尋ねる。何の話をしてこういう経緯になったのか、俄かに記憶が飛んでいた。


「女の子との付き合いかた。そういう相談だったよね」


「えっと、そうですけど。でもいくらなんでもそれは」


「恋人ってね」顔を上げて悠の目を見詰める「こういうことするんだよ」


「あっ」


 唖然としている悠の首に両手をかけると、唇に自分のを重ねる。突然のことで固まってしまった。数秒の間その雰囲気を堪能して、少しだけ顔を離す。


「綾小路さんとは、ちゃんと気持ちを確かめてからするんだよ」


「あ、はい。ひかり先輩とキスした?」


 脳が大混乱してしまっている、どうしてこうなったのかが全く解らない。


「今度デートもしようね。僕のこと忘れずに覚えていて欲しいから」


「それってどういう?」


 状況に似つかわしくない言葉に違和感があった。忘れるはずなどあるわけもないのに。


「うん。僕らはね、あんまり長くは生きてられないんだ」


「僕ら? それって榊先輩も、ですか?」


 その表現が誰を共に指しているのか、悠にはすぐに解った。 姉妹の存在がそうなんだろうと。


「そ。生きていくのに必要な部分、由美が僕に半分わけてくれたんだ。だから二人ともその分命が短いの」


「そ、そんな!」


「現代医学じゃどうしよもないんだって。奇跡がまた起きでもしない限り、ね。由美に言われたんだ、楽しく生きなさいって」


 辛く悲しいことのはずなのに、ひかりは笑顔で語った。知らせずにいると、悠が後で困ってしまうだろうから今のうちに。


「だから、僕らが生きていたこと、ここに在ったこと、誰かに覚えていて欲しいんだ。悠ちゃんにお願いしてもいいよね?」


「俺、一生忘れませんよ。それにこんな元気なのに、そんなこと言われたって信じられません!」


「僕が悠ちゃんに嘘を言ったことあったかな?」


「それは、ありませんけど……」


「これが嘘になったら嬉しいな。だから僕はこれからも悠ちゃんに嘘は言わないんだよ」


「ひかり先輩」


 彼女の背に両手を回した。いつか居なくなると言われ、存在を確かめるかのように。あまりにもか細い身体で、恐る恐る抱きしめる腕に力を込めて。


「もう一つお願い。二人の時は先輩禁止、ひかりって呼んで欲しいな」


「ひかり、さん」


「うーん恋人なら、さんなんてつけない」


「えっと、ひかり」


「うんうん、何かな悠ちゃん」


「いつか突然居なくなるのだけは止めて下さい。たとえそうだとしても、俺きっと」


 悲痛な表情でひかりを見詰める。感情がどうにも追いつかない、あまりにも様々なことが起こり過ぎて。


「ダメかなって時には伝えるね。今はまだ平気だよ、だからそんな悲しい顔しないでね。悠ちゃんがそうだと僕も悲しくなっちゃうから」


 もう一度ひかりは悠にキスをした。ほら元気を出して、と。


「今のは僕の気持ち。付き合い方を教えてあげるのとは別だからね」


「はい」


 帰宅してベッドに転がり思い起こす。寿命の事、ひかりの気持ちの事、キスのこと、綾小路と付き合うことになったこと。


「ひかり先輩、あんなに元気なのに」


 どうにも心が晴れない、あれを聞かされて平気な方が不思議ではあるが。


「半分って言ってたけど、負担を抑えたらその分は長くなるのかな? 俺に何が出来るんだろ」


 首を振って辛いことを考えないようにする。無理矢理にそのことを脇に置くと今度は今度で変なことが浮かぶ。


「にしても俺、最低だよな。綾小路と恋人になって、二時間しないうちにひかり先輩とキスしてるとか。はあ、もう俺が寿命半分になりゃいいんだよ。ひかり先輩の唇、柔らかかったなあ、それに」


 抱き合っていたことを思い出すと顔がにやけてしまった。中々元に戻りそうもない。


「そうだ、綾小路にメールしとかなきゃな!」


宛先・綾小路柚子香

件名・ケーキ

本文

やりやすい方法をまとめておくから安心してくれ。

きっと上手に作れるよ。


 送信して少しするとメールが届く、ところがそれは綾小路からではない。


「あれ、ひかり先輩からだ」


差出人・藤崎ひかり

件名・次は

本文

明後日にしよっかな。

悠ちゃん、二人に聞いてみてね!


「ははは、いつものひかり先輩だ。良かった」


宛先・藤崎ひかり

件名・わかりました

本文

連絡しておきます。

今日はありがとうございました。


「きっと変に考えた方が負担掛けちゃうよな。気にしないようにしよう。それがひかり先輩にとって一番だと思うから!」

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