第14話

「ふふふ。じゃあまた時間あったら誘って下さい。あ、今これからっていうのに、今度ってのも変ですよね、ごめんなさい」


「ままま、また誘ってもいいの!」


「はい。私も暇してるんですよ。それに」


「それに?」


 少しだけ俯いてから、チラッと視線を木原に向けてから逸らす。


「木原君て何だか一緒に居て安心出来るから、いいかなって。素直なところとか、他人を助けるとことか、ちょっとかっこいいです」


「俺、綾小路にそんな風に思われてたなんて、全然想像してなかった」


 木原がポカンとする。実は太陽が二つあったんだよ、そんな事実を教えられたとしても、こんな表情になるのかは疑問だ。完全に思考の外側からの激しい一言。


「あ、嫌ですよね私なんかにそんなこと言われて」


「そ、そんなことない! 凄く嬉しいし、その、考えてもみなかったけどそうであるように努力したいと思った」


「あの、はい」


 あまりにも恥ずかしいことを言ってしまったと、綾小路が顔を下に向けてしまう。それに対して真面目に応じられてなぜか申し訳なさも出てきてしまう。


「あの、俺、綾小路のこともっと知りたい!」


「え、私をですか?」


「だ、だから、えーと、付き合ってもらえませんか?」


 想いを口にするのはとても難しい。たったのこれだけを言う為に、多くの多くの努力や偶然があって、それでようやくだった。それでも言葉に出来ずにずっと秘めている人のどれだけたくさんいることか。


「え! あの、はい。私で良ければ」


 お互い控えめに申し出をしそれを承諾した。その直後、いや数瞬の間を置いてから木原は飛びあがって喜んだ。返事が現実なのかを疑ったからだ。


「な、俺なんかで本当に良いのか?」


「はい。その、私で良いんですか?」


「そりゃもう! 夢みたいだ、綾小路と付き合えるなんて!」


 眺めているだけで満足していたのが物凄く昔のことのように思えてしまう。もし勇気を出して言わなければ、来月も、来年も変わらないままだったかもしれない。


「そんなに喜んでもらえるなんて」


 頬を赤らめて少し下を見てしまう、髪を耳元でかきあげた。自己肯定感が低めの綾小路だ、そこまで言ってくれるのが不思議でたまらない。


「これを喜ばずに何をってことだよ! そっかあ、何だか幸せな気持ちだなあ」


「私達付き合うってとこは、私が木原君の彼女ってことですよね?」


「か、彼女……そう、なるのかな? 彼女か。凄く良い響きだな」


「はい、じゃあ木原君は私の彼氏ってことですね」


 言うとまたカーッとなって完全に下を向いてしまう。恥ずかしがってる姿がまた妙に可愛く思えてしまった。


「なんか俺も恥かしいけど、胸張ってそうだって言えるように頑張るよ」


 そんなやり取りをしているものだから全然足が進まなかった。が、別に商店街に向かうことなどどうでも良くなっていたのも事実だ。


「もっとお話したいです」


「うん。この辺りに公園あったはず、そこいこう」


 街中よりはゆっくりと話が出来るだろうと探す。するとすぐにそれが見つかった。ベンチに座って話を続ける。 一緒に居るだけで幸せ絶頂、そういう時期は存在する。


「あの、藤田さんは良かったんでしょうか?」


「え、あいつがどうかした?」


「その彼女じゃなかったんですか? 藤田さんって木原君の家族同然だって」


「へ? あー、全然違うけど。あいつは兄妹みたいなものだよ、もしかしてそういう風に見えてた?」

 

 何を言われているのかわからなかった程に、木原の頭に無かった。藤田は藤田だろ、という感覚。あれは固定で特別な、藤田というユニークな存在。


「えと……はい。ご一緒の時は凄く仲良さそうで、藤田さんいつも嬉しそうで」

 

「そうか? あいつ俺に怒ってばっかだけどな」


 両手を頭の後ろで組んで空を見上げる、他からはそうやって見えるんだヘェ、そんな感じで。そこらへんにいてこれ以上ない位自然過ぎてもはや空気。


「違うなら良いんです。それに藤崎先輩もちょっと気になります」


「え、ひかり先輩? ないないそれこそ無いって。俺みたいなやつ先輩に、釣り合わないし。まあ綾小路にも俺なんて全然釣り合って無いんだけどな、ははは」


「そう、ですか? 木原君、結構もてるような気がしますけど」


 一緒に居る時に会う女性の反応が、知り合いとかクラスメイトとかのソレとは何だか違う気がする。綾小路はそう感じていた。


「そっか? 全然そんな気配ないんだけど」


 素でそう答えた。本人に自覚があるかは別として、彼女がずっと居ないのは事実、それを理由に出されたら納得するしかなさそうだ。


「それに、周りがどうこうでなく、俺綾小路と付き合えて嬉しいから。それだけだ」


「あの、はい」


「そういえば、プレゼントってどうなった?」


「あ、それですね、私ケーキを作ってみようかなって考えてるんです」


「いいね! 手作りのケーキ、誕生日に最高だと思うよ」


 誕生日につきものなケーキ、それを娘に手作りして貰えたら、喜ばない父親は居ないだろう。最高の心遣いだと手放しで賞賛できる。


「でもちゃんと作れるか自信ありません」


 一からやるのではないにしても、今まで全然料理に力を入れて来ていないのだ、仕方ない。製菓はレシピ通りに実行出来てようやくの世界だ。わずかな違いで失敗するので結構難しい。


「俺で良ければアドバイス位ならするよ」


「良いんですか? 私、本当に全然」


「簡単に出来て失敗もしないようなやつ、考えてみるよ。折角気持ちがあるのに、それを伝えられないなんてもったいないし」

 

「ありがとうございます」


 両手を股の上に重ね、座ったまま礼をした。木原の友人の中には居なかった類いの人物なのを再確認してしまう。感謝の度合いは一緒でも、軽くサンキュとかで終わったのが常だから。


「お礼なんていいんだ、俺さそうやって誰かが喜んでくれるだけで嬉しいんだよな」


「木原君って優しいです」


「どうかな。でもそういうのって誰もが持ってる感覚だと思うよ。綾小路だってこの前、プレゼントの話をしてるとき、とても嬉しそうにしてた」


「え……改めてそう言われたら、ちょっと恥ずかしいです」


 そんな些細なことを覚えていた、確かにそうかも知れないが。誰かが喜ぶと自分も嬉しい。だからその幸せの輪が広がっていく、素敵な世界だ。


「だからさ、応援してる。出来るだけのことしたい」


 目を見て今思っていることを真っ直ぐに。真剣に取り組む、時々でいつも本気。


「そうやって真剣に考えて貰えて、何だか不思議な気持ちです。私が彼女だから言ってくれてるんですか?」


「んー、よくわかんないや。そう感じたからってだけで。俺何もないけど、気持ちに嘘をつくことだけはしたくないんだ。だから相手が誰でもきっとこうする」


「木原君らしいです。私、そういうところが好きなんですよ」


「好きって、そんな顔で言われたら俺。あは、あははは」


 ついにやけてしまう。今までの人生で一番の幸せを感じていた。ついに春がきたと。雑談、中味などあってないような話を延々と続ける。そして綾小路のスマホが鳴った。


「あら、今夜食事に行くから帰ってきなさいって。ごめんなさい、私行かないと」


「そっか、わかった。今日は凄く楽しかった、ありがと」


「私で良ければまたお話ししてください」


「夜にメールするよ」


「はい。それでは失礼します」


 名残惜しいような、それでいてこの状態のまま別れた方が良いような、何とも言えない気持ちが胸に残った。


「彼女、か。良いのかな俺なんかが綾小路の彼氏で」


◇ 

 部活の真っ最中、個人練習中なので特にマネージャーはやることがない。あっても二年生いかが率先して動くので、三年生の二人はそれが適切かを見ているだけ。


「ねえ、聞いてよ由美」


「どうしたんですか、ひかり。また木原君のことかしら?」


 はいはい、と耳を傾けてやる。彼女にしてもひかりの考えが興味あることがらと言えた。


「悠ちゃんたらさ、僕のことを尊敬してますとか、憧れの先輩とか言うんだよ。どーしよね!」


「そう、ひかりはどうしたいのかしら?」


「んー、僕は……どーかな、どーなのかな? もっと仲良くなりたいけど」


 むー、と考え込んでしまうひかりを見て、由美は微笑む。色々な可能性が見えているんだなと。


「ひかりは起こした奇跡の分、人生を楽しまないと行けないのよ。わかるかしら?」


「由美。そう、だよね。あ、メールだ」


 ひかり達はマネージャーなので、練習中もスマホを持ち歩いている。部活用のデータもあるし、練習の動画を撮影したりもするので操作していても咎められることも無い。


差出人・悠ちゃん

件名・今日

本文

もし時間あれば相談したいことがあります。

良ければ返事ください。


「お、悠ちゃんからだ、相談あるから時間ないかって。どうしたんだろ」


「あらそう。良いわよ、今日の事、後はワタクシがしておきますわ、すぐに行って差し上げなさい」


「うん、お願いね!」


 軽く腕組をして由美が全体の状態を一瞥する、ひかりが不在でも不明な部分は無いと判断した。チーフマネージャー、一人居れば全てを取り仕切れるのに今年は二人存在している。その能力を認められているから。


「ひかり、あと半年で高校も卒業ですよ」


「うん。卒業したら、また離れ離れだよね。もう次は無いんだから」


 由美はひかりを優しく見詰める。いつまでも引っ込み思案しているものではない、と。学生生活の時間など限られている、決して待ってはくれないのだ。


「大丈夫よ、辛くなったり寂しくなったりしたら、ワタクシに言うのよ。今までもこれからも、二人は一緒。ひかりが幸せになってくれたら、ワタクシも嬉しいの」


「そうだよね! 僕、行くよ!」


 傍らに置いてあった鞄を掴み、ひかりは駆けていった。


「二人で一人分。また奇跡が起きなければ、ワタクシたちは長くは生きられないのよ。ですから、存分に行きたい道をお行きなさい、ひかり」


 ひかりは先に喫茶店で待っているように、とメールを返して帰路についた。


「たっだいま!」


「あ、ひかり先輩。部活終わるの早すぎないですか?」


「そっかな? 僕はマネージャーだから、やること少ないしね」


 ほらほら、と部屋に来るように急かす。その為に部活をサボって戻って来たのだから。


「あかりさん、コーヒーごちそうさまです」

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