第13話


「ふーん、そっかそっか、へへへ」


 思った通りの反応すぎて、何とも嬉しいやら楽しいやら。二人も少しばかり木原の返事に動揺しているのが見て取れた。細かい意味は別として、可愛いと思っているんだなと。藤田などは朝の一件を思い出してしまったくらいだ。


「とにかく、俺だって教えてもらってる身ですから。そこに差なんてありません!」


「謙虚でヨロシイ。じゃあ次回はまた悠ちゃんに連絡するね」


「わかりました。さ、行くか」


「うん」


「はい」


 三人は家を出る際にもう一度礼をして別れる。四時すぎ、夏なので空はまだまだ明るい。ここから何かを始めるにしてはスタートが遅いけれども、充分な気持ちを保てるだろう。


「さて、帰るとするか」


「あ、あの!」


 両方の拳を頑張って握りしめて、意を決した表情で声を出した。


「ん、なによ綾小路?」


「お二人とも、もう少しお時間よろしいでしょうか?」


 突然の申し出に少し驚いたが、断る理由など何ひとつ見当たらなかった。むしろまだ一緒に居られるのかと、木原はあからさまに喜びをにじませる。


「ああ、良いよ。もちろんだよ!」


「ちょっと、綾小路あんた何なのよ」


「あ、藤田は嫌なら帰ってていいんだぞ?」


 居ても居なくても良い、目的は綾小路との時間だから。そういう意味では、居ても邪険にすることはない。単純なやつなのだ木原は。

 

「はあ? なんで木原がそんなこと言うのよ」


「えと、藤田さんにもお願いしたいんですよ」


 女と二人きりになるのを邪魔する為に今日やってきたのに、ここでそれを許すはずがない。一方で申し訳なさそうな顔で綾小路がそう言うではないか。やってきたのは松涛商店街。お願いの内容は、妹と父親への誕生日プレゼント選びだった。


「うちの父と妹は一日違いの誕生日なんです。なので一緒にお祝いするんですよ」


 半ば当然のように、妹に合わせて日にちを設定するらしい。全国のお父さんは納得するのだろうか、選択肢はハイとイエスしかなさそうだが。


「といってもな、どんな人か知らないし選ぶのも難しいよな?」


「えーと、でも男の人同士のほうが解るかなって」


「私だって妹にって言われてもな。プレゼントなんてしたことないよ?」


 綾小路が苦笑しながら、父のことは全然などと言う。藤田も色葉にプレゼントなんて気が利いた形で渡したことなどほとんどなかった。仲良しすぎるとそうなって来るのも往々にしてある。


「どういうモノというより、普段のどのような発言とか仕草とかでって考えてもらえたら嬉しいです」


「うーん、父親ね。俺にはろくな記憶がないんだよな。娘から貰って嬉しいものか、それこそ浮かばないよな。でも他人に自慢出来るような何かだったら嬉しいかも。それって品質とかそういうのじゃないよな、想い出だきっと」腕組をしてうなりながら考える「なあ綾小路」


「はい、なんでしょうか」


「俺の勝手な思い込みかもしれないけど、プレゼントってモノだけじゃないと思うんだ。言葉であったり、姿勢であったり。上手く表せないけど、他と比較できないような何かを貰えたら、凄く嬉しいんじゃないかな」


「他と比較出来ない……そう、ですよね。私、何か買えばいいとばかり思っていました。でもそうじゃないですよね、木原君、ありがとうございます」


「いや偉そうに言ってごめん。でもそう感じたからさ」


 プレゼントを渡すことばかりに気が行ってしまっていて、相手のことをどう想っているかが蔑ろにされてしまっていた。言われて気づかされたのは大きい。


「んー、妹はやっぱり可愛い物とかを欲しがるだろうけど、父親なら木原の言うようなのが嬉しいかもね」


「はい。何か考えてみます。弓月――妹のはリボンとか何かアクセサリにしてみようと思います」


 それからは男の出番は無かった。二人であーだこーだと言いながら、結構楽しそうに選んでいる姿を見守るだけだった。自身で身につけないだけで、藤田も可愛いものは好きだったようで、品選びにじっくりとだ。


「リボンか、ひかり先輩の話、あれなぁ。今はもう大丈夫なのかとか、詳しく聞くのもどうかとか、難しいよな。気になるけど話したいわけないだろうし」


 しばらく待ち時間があり、色々と考えてしまった。家に戻ったのは六時を大きく回った頃、それでも空はまだ暗くは無い。携帯が着信した。メールだ。


差出人・倉持時雨様

件名・お店

本文

次はいつ来るのかな?

いつも居るわけじゃないんだから、ちゃんと教えてよね!


「倉持か。なんで教えなきゃいけないんだよ、ってか倉持時雨様のままだったな。むしろ居ない時の方が落ちつけるんだがどうだ?」


宛先・倉持時雨様

件名・そのうち

本文

行くよ。近いうちにな。


「俺だっていつかはわかんないの」


 勉強会についてはひかり次第なのでそれは事実だった。倉持には全く関係のないことではあるが。もしかしたら部活があっても、夕食だけ行くともあるかも知れないので、本当に良くわかっていない。


差出人・倉持時雨様

件名・答えに

本文

なってないじゃない!

明日は居ないからね。


「はいはい、わかりましたって。明日は行きませんよ。次は……また四日後か、長いなあ」


「綾小路と話すようになってから随分と経ったよな。ダメで元々、俺思ってること言わないと!」


 まだひかりからの連絡は来ていない、なので明日の勉強会ってことはない。スケジュールで候補日を一応伝えてあるので、そこには遠くから予定を入れないようにと言ってあるので、勇気を振り絞って木原は綾小路に連絡をした。


宛先・綾小路柚子香

件名・今

本文

電話していいかな?


 平日の昼間、このタイミングでノーならば諦めるしかない。だがすぐにメールではなく電話が掛かってきた。


「綾小路です、どうかしましたか?」

「あ、俺木原。えーと、ちょっと話いいかな」

「はい、構いませんよ」

「うん。あのさ、何ていうか驚かせるかも知れないんだけど」

「え? はい」

「俺、電車で綾小路の姿を見てからずっとさ」

「はい」

「その、気になってて。それで今度、なんだ、えーと、一緒に遊びにいかないか!」

「……えと、それって」

「うん、デートに誘ってる」

「あの、私で良いんですか?」

「綾小路が良いからそうしてる。ダメかな?」

「いえ、その、はい。お願いします」

「ほ、ほんと!」

「はい。誘っていただけて嬉しいです」

「や、やった! 俺、断られると思ってた。だって綾小路って可愛いし、彼氏いるんだろうなって」

「い、居ませんよ? それに……可愛いだなんて」

「そっか居なかったんだ。ねえ、いつだったらいいかな?」

「えと、いつでも良いですよ。私、特に普段も予定とかありませんから」

「え、じゃあこれからとかは、流石に無理か」

「あの、良いですよ。お家出るのにちょっと時間掛かるかも知れませんけど」

「良いの! 待つ、待つって! 俺、駅でずっと待ってるから!」

「はい。では後ほど」


 通話が切れた。約束を取り付けたのに現実味が薄い、どうしても信じられなかった。何をどう想定しても、口ごもって考えておきますくらいが関の山と思っていたから。


「本当にデート出来るんだよな? 夢じゃないんだよな?」


 手元のスマホを見てしまう、確かに少し前に着信していたので、話をしていたのは幻でも何でもない。ということは現実だ。


「やったー!」


 家になどには居ていられない。すぐに外出の用意をすると飛び出した。駅まで走ってゆく、綾小路は遅くなると言っていたというのにだ。ホームのベンチに座って電車が停まる度に立ち上がった。三本四本通りすぎても、綾小路はやって来ない。


「そういえば藤田が言っていたように、女は準備に時間掛かるんだよな。まだあれから三十分しか経ってないしな」


 きっと普通に準備するだけでもその位は掛かるだろう。なら最低一時間は見なければ、木原ですらそう考えるのだった。電車を暫く見送ったところでメールが届いた。


差出人・綾小路柚子香

件名・今から

本文

電車に乗ります。お待たせして申し訳ありません。


「全然申し訳ないなんてことないし! やった、もうすぐ会えるんだ!」


 いよいよだと立ち上がる。電車から桃色のチューブトップに白い薄手のジャケットを着た彼女が現れた。


「あ、木原君、お待たせしました」


「何か感激だな、綾小路とこうやって待ち合わせするなんて!」


「私もです。男の人とこうやって約束するの、初めてなんですよ」


「そ、そうなの!」

 

 恥ずかしそうにそんなことを言われて嬉しくない男はいない。それがまたお世辞や、商売上の言葉ではないことがわかっていたらなおさらだ。


「それではどうしましょう?」


「え、あ、全く考えてなかった。その後のこと何も」


「ふふふ。じゃあ歩きながら考えましょう」


 呆れるわけでも、不満を漏らすでもなく、笑顔でそう言ってくれる。やはり木原が感じていた通り、とても優しい人だった。商店街へ向かい二人で歩く。つい半月前までは考えもしなかった出来事。


「綾小路って普段は何してるんだ?」


「殆どお家に居て、スマホ見てるか本を読んでます」


「そっか、どんなの見てるんだ?」


 いまや自宅で居て何でも楽しめる時代だ、アウトドアでの趣味でなければ多くのことがスマホ一つで出来てしまう。


「携帯小説なんですけど、日本人の学生が兵隊になって、世界中で戦うってお話です。R4戦記って言うので、続編も出てるんですけどまだ読んでる途中です」


「そ、そうなんだ。そういうのが好きなんだ。戦争物? 凄く意外だ」


「木原君は普段どうしているんですか?」


 当然そのように聞き返されるのは当たり前の流れだった。ちょっと振り返ってみるが、趣味のような趣味はみあたらない。


「俺は家でごろごろしてるか、裏の丘でごろごろしてるか、家事を終えたらごろごろしてばかりだ。ははは」

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