第11話

 一音、次音を含めて三人セットで動いていることが本当に多い。同じ歳で近くに住んでいる従姉妹なので、当然と言えば当然だ。学校も同じのうえ、ちょくちょく泊りにも行き来しているらしい。


「はい、進路で相談でちょっと。今日は一人でーす。こんな可愛い後輩、大切にしないといけないんですよー?」


「はいはい、そうだな。夏休みだから一人だったか、色葉って部活は?」


 ずっとやっていなかったのは知っていたが、三年生に上がってからのことは聞いたことがない。そこから部活を始める、というのも少し難しい時期かもしれないが。


「やってませんよ、だから毎日暇なんです。先輩どっか連れてって下さいよ!」


「俺だって行く宛は無いの。でも暑いし涼みに行くか?」


「わーい! 先輩の気分が変わらないうちに行きましょー!」


 両手をあげて喜んでくれる姿がどうにも可愛らしい。妹のような存在。木原の実の妹は、離婚した父親の方に連れられて行った。マンションに一人でやって来ることが結構あるが、歳は八つも離れている。


「ははは、色葉はいつも元気だよな。しかし、三人一緒に居ないのほんと珍しい。そうだなークランベリー行ってみるか。あ、でも言っとくけど、俺はバイトもしてないんだからあまり高いもの注文すんなよな」


「わっかりましたー!」


 何かが欲しくて連れてってと言ったわけでもないので、色葉は別にどうでも良かった。こうやって木原を独り占めできることが嬉しいだけなのだ。


「いらっしゃいませ、クランベリーへようこそ! って、木原」


「おっ、倉持バイトの日だったか」


 後ろから色葉がにゅっ、と顔を出して倉持を見る。例のコスチュームを身にまとっている。男子高校生としては気になるところだ。


「先輩知り合いですかぁ?」


「ん、ああ、クラスメイトなんだこいつ」


「そうでしたかぁ。ふーん」


 ぱっと倉持を見て、気の無いそぶりで終わらせてしまう。実際無関係この上ないので、何か喋るつもりもない。


「えと、お席にご案内しまーす」先導して空いている席に向かう「初めて見る娘ね。先輩っていうってことは中学生か制服だし、そのくせに私より胸は大きいじゃない!」


 案内しながら膨らみを確認してしまう。どうなるわけでもないのだが、つい敵愾心を燃やしてしまった。発達具合には遅い早いはあるが、今現在その兆候が無ければ輝かしい未来がやって来るとも思えなかった。


「真っ昼間から後輩とデートとは、木原も余裕ね」


「そーゆーのじゃねぇし。暑いから涼みに来ただけ」


「どーだか。あんた、手出したら犯罪だからね!」


 人差し指を立てて余計な注意をしてやる。こういうところが友人の多さに反映されるところだろう、嫌味ではないただ話題が豊富なだけなのだ。多分。


「ださねーよ! 俺サイダーな」


「えーと、メロンフロートくださぁい」


「はーい。お待ちください」


 ジト目で木原を見てから裏へと消えていった。ただの知り合いが夏休みに二人で喫茶店には中々やって来ないだろう。


「先輩、さっきの人って」


「あいつか、お喋りなんだよな。気にしないでくれ」


「はい。うーん、私の気のせいかな?」


 店内の客入りはまあまあと言った所で、例のウェイトレスが動き回っている。暑かったり寒かったりすると、あと雨降りだと利用者が増える業界のようで、避難所代わりにされているのが解る。


「ここの制服可愛いですよねぇ」


「着る人を選ぶよなこれ。ってか良いのか、こういうのって。男女で扱いが大分違いそうだけど」


「さあ? ダメだったらすぐにやめちゃいますよね」


 言われてみたらそうなのだが、何か引っかかってしまった。各種の規制やら思想が渦巻いている昨今、こうもあからさまなのはどうなんだと。倉持がグラスを二つ持って戻ってきた。


「はい、お待たせしました」


「何だよ、戻らなくていいのか?」


 テーブルに品を置いたがそのまま隣に立っているので不審に思い声を掛ける。やるべきことはあるだろうに。


「いいのいいの、人数いるからそんなに忙しくないし。来るなら連絡してって言ったでしょ」


「え、ああ、そういやそんな話あったな。悪い、忘れてた。ははは」


 そう言えばアドレスも聞いていたなと、僅か前のことを思い起こす。覚えていたら連絡したかどうかについては、やや怪しいところだ。


「あのねえ、いいけど。で、この子誰なのよ」


 色葉に視線を向けて尋ねる。詰問する、といったほうがより近いのかも知れない。お互いわかっているが、そんな話をするようないわれはない。興味深々になるような人物を連れているわけでもないし。


「それは倉持に関係ないだろ」


「何よう、私に説明できないようなことなの?」


「いや別にそういうわけじゃないけど。俺なんでこんなこといわれてるんだ?」


 確かな疑問ではあるが、隠すのもまた変な話である。とはいえラチがあかないので色葉をチラッと見る。勝手に紹介してしまうのもどうかと。


「私は藤田色葉です。どもー」


「倉持時雨よ、よろしくね!」


「倉持さーん、オーダー入りまーす」


 店の奥でさっさと働けという感じの口調で名指しされる。いや、当たり前のことではある。アルバイトをしているのだから。


「ほらお前の事呼んでるぞ」


「ううー、じゃあまた」何か不満げな顔で別のテーブルに行ってしまった「藤田色葉って、番号登録あったわよね。あれ? でも藤田自宅と、藤田ってのもあったわよね。なんで色葉って別にしてるんだろ」


 倉持がいなくなり、ようやく落ち着いてサイダーを飲めると傾けた。ひんやりと冷たくて気分爽快だ、店内の温度も相まって汗が引いていくのがわかる。


「そうだ、聞いてくださいよ。オネエなんですけど、病気なんですよー」


「え、どっか具合悪いのか?」


 なんだかんだといつも元気な藤田が病気とは穏やかではない。心配が先に立って、暫く遅れて明後日のことが一瞬だけ過った。

 

「主に頭? 何か料理を始めるんだ、とか言ってるんですよ。完全に病気です」


「ははは、まあやる気を出したみたいでいいじゃないか」


 そういう話なら、明後日は全然問題ないなと安心する。家でもそういう話をしていたんだな、といった小学生並みの感想も持った。


「でもでもですよぉ、気合入れてまでするようなことじゃないですよねぇ」


「んー、肩肘張ってやるようなことでもないけどさ、応援してやって欲しいな。あいつも色々あるんだろ」


「うーん、先輩がそういうなら」



 通りを眺める、いつもならば居ないような若者の私服姿が目に付いた。夏休み、学生にとっては特別な時期である。かくいう木原もジーパンにシャツというラフな格好をしている、楽だからという理由で。


「ところでー、先輩って彼女、居るんですか?」


「ぶっ!」サイダーを吐き出しそうになってしまった「色葉、そんなこと聞いてどうするんだよ」


「えー、気になるじゃないですかぁ。教えてくださいよぉ」


「あのなあ。居ないよ、そういう兆候は無いね。すっげー寂しい台詞だなおい、我ながら情けない」


 思い起こしてみても女性と付き合ったような記憶は一切無い、なんと寂しい学生時代を送っているのやら。などと一人で腕組をして悲しみに浸る。


「そーなんですかぁ。じゃあじゃあ、私が彼女になっても良いですよぉ、へへへ」


「ははは、ありがとな。気持ちだけ貰っとくよ」


「気持ちだけじゃなく、私を貰ってくれたらいいのにぃ」

 

 汗をかいたグラスを指先でなぞりながら「もう」と漏らして木原を見詰める。姉と共に身近に居たからだけでなく、彼自身の魅力に惹かれていた。いつも優しくて、傍に居てくれて。だが常に妹扱いしかされない、それが色葉には物足りなく感じられていた。


「さーて、涼んだしそろそろ出るか」


「次はどこに行くんですか?」


「どこって、本屋でも寄って帰るよ。色葉も好きにしてくれ」


 気のない言葉を残し、二人は別々の道を行く。小さくなっていく木原の後ろ姿をじっと見つめて立ち尽くす。


「これだから先輩は先輩なんですよねぇ。そだ、オネエに先輩は彼女居ないって教えてあげなきゃですねぇ」


 折角街に来たので本屋に立ち寄ることにした木原。いつもなら漫画やら雑誌を立ち読みして帰るのだが、たまに料理の本をチェックしておこうと探して回る。


「お、これこれ。最後のひとつだ」


 残り一冊、ふと手を伸ばすと同時にそれをとろうとした相手がいた。色々とある中で同じものに興味を持つ人などどれだけいるか。慌てて手を引く。


「俺、いいんでどうぞ」


「あ、木原さん?」


 そこには綾小路が驚いた顔で立っていた、木原も負けない位に驚いていたが。示し合わせてやってきたわけでもなければ、本が話題に出ていたから探したわけでもないのに。


「あ、綾小路さん! ど、どうしてここに」


「近くに用事があって来ているんですよ。そうしたら明後日のメールがきて、予習しようかなと思ったんです。すごく奇遇ですね、同じ本だなんて」


 そんなことですら笑顔で話し掛けてくる綾小路に、木原は心を打たれる。偶然でまさかこんなことがあるとは、木原は最近奇跡が起こり過ぎているのではと変に不安にかられてしまう。


「あの、俺何と無くだっただけだから、それ綾小路さんがどうぞ」


「ありがとうございます。折角ですから、これ一緒に見ませんか?」


 本を手にして微笑みかけて来る。望んでも得られないようなことをあちらから提案してくれるだなどと、驚きが尽きることが無い。


「い、良いんですか!」


 ついまた敬語になってしまう。しかしそれを指摘することもせずに「はい」頷いていた。書店の休憩コーナーで包みを開けて、二人で一冊を覗き込む。その状況に木原は興奮を抑えるのに必死になる。


「凄いことになってる! 俺、綾小路さんと並んで座ってるよ! ああ……なんか良い香りがする、柑橘系のが」


 壁の方を向いて心を落ち着けるべく小さく独り言を漏らした。具合でも悪いのかと思われてしまいそうだ。


「木原さん、あの聞いてますか?」


「え、ごめん、聞いてなかった」


「ふふふ、木原さんて正直なんですね」


 前にひかりに聞かれた時のように、つい答えてしまった。だがそれが好印象に繋がったらしい。片手で口を押えて少し揺れている。


「ごめん、なんだっけ?」


「何を教わる予定なのかって。ちょっと気になっちゃいました」


「ああ、多分スープやサラダになると思うな。俺はその間、焼き魚とかになるはず。すると色合い的に卵料理も何か作ることにもなるか?」

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