第9話

「そーなんだ藤田さん、へー、随分と仲良しだったんだね」


 綾小路に至っては表現に驚きすぎて言葉が出てこない。藤田はほっとしたどころか、今度は別の意味でドキドキが止まらなくなってしまう。


「えっと、は、ははは。なんかそんな感じ、かなぁって?」

 

「俺が作った料理の味付け、ひかり先輩に教えて貰ったやつだから、お前もきっと気に入るぞ。よく俺のを旨いって言ったもんな!」


 中学時代は普段から木原の家に常駐しているかのような頻度で現れていたものだ。ガチャやトレカではコモンとか呼ばれてしまうような出現率。


「そんなにいつも一緒だったのかい?」


「中学時代はこいつと家で飯食った数、結構多かったもんな。なあ藤田」


「えーと、そう……なのかな? わかんないや、ははは」


 とぼけてはいるが、中学の二年間で朝昼晩と指折り数えると、もしかしたら千回を数えるかも知れない程だ。和気あいあいとした雰囲気に、綾小路も笑顔が溢れた。普段見る不機嫌で冷徹な藤田とは、似ても似つかない表情に少し驚きながらも。


「お二人は本当に仲が良いんですね。木原さんは好い人なんですね、藤田さんがあんなに嬉しそうなの初めて見ました」


「うーん……あんたさ」


 いつもなら冷たくあしらう藤田も、今回ばかりは何も言えなかった。怒る気持ちよりも、嬉しさが溢れてしまう。 顔がにやけないように引き締めるのでいっぱいいっぱいで。


「あ、いや、そういうわけじゃなくて……取り敢えず座ってくれよな」


「そうそう、まずは食べながらお話しよっか。悠ちゃん、出すの手伝ってよね」


「はい」


 昨夜仕込んだ料理をせっせと運ぶ。味は保証されている、なにせひかりが担当したのだから。


「す、凄いです。これ全部お二人で?」


「俺は手伝っただけで、ひかり先輩が殆んど。今度作るときの勉強です」


 あの綾小路が目の前に居る、それも私服姿で。考えることも出来なかったような現実に出会ってしまい、緊張してきてしまう。


「木原、何で綾小路に敬語なのよ?」


「え、だって、なあ」


「普通にお話していただいて構いませんよ?」


「ほらこいつもそう言ってるし、そうしなよ」


 普段の扱いを思い出すと違和感しかない。それになにより木原のそういう余所行きのような感じの喋り方をあまり聞きたくはなかったのかも知れない、無理をさせているような気持になってしまって。


「んー、じゃあ出来るだけそうする」


「よーし、それじゃ食べよっか!」


「はい、頂きます。楽しみだ、ひかり先輩の料理久し振りですからね」


 各自が思い思いに手をつける。すぐに、美味しい! との言葉が飛び交った。それを笑顔で見詰めているひかり、作りて冥利に尽きるとい感じだ。


「チーフマネージャー、凄く美味しいです! この人はやっぱりすごい人だったんだ……」


「感動の美味しさです。藤崎さん、プロの方みたいですよ。お店開けるレベルです。あ、お店で出してるんですよね」


 店を出しているのは母親の方ではあるが、あながち間違いでもない。一部メニューはひかりでも充分に客に出せるだけのモノが作れる。ニコニコに感想を聞いていて、悠にも話を振る。


「へへへ、悠ちゃんはどうかな?」


「やっぱりひかり先輩の料理が一番好きです。この味がそのまま俺の三年間を表してるみたいで。こうやってまた食べられるのが凄く嬉しいです。何て言うか、ひかり先輩を尊敬してます」


 茶化すではなく真面目な顔でひかりを直視しながらそう言った。二人だけではなく、余人を交えているというのにだ。


「そ、尊敬だなんて、言い過ぎだよ! 僕は別にいつものようにだね……うーん、そんなに美味しいってなら毎日だって作ってあげても良いんだけどね……」


 視線を伏せてボソボソと呟く。ベタ褒めされて嬉しいやら恥ずかしいやら。


「俺、本気でそう思ってますから。今こうやっていられるのも、ひかり先輩のこの料理のお陰です」


 心の奥底から出て来る気持ちに偽りはない。表現は過大な部分もあるかも知れないけれども、決して間違いでもない。


「木原……何か悔しいな私。いや、悲しい? あれ、何だろこの感情は?」


「とても真っ直ぐな気持ち、何かちょっとカッコいいです」


 木原の言葉に三者三様、何かしらの気持ちを抱いた。それは決して不快なものではなく、どこか感情に響くもので、色々と考えが渦巻いてしまう。


「ははは、みんなありがとね。何か作った甲斐があったよ、ほら食べて食べて!」


 食事を済ませるとアップルパイを切り分けて並べる。紅茶にはベリーのジャムを添えて。


「こっちは初めて作ったんだよ。皮が真っ赤なリンゴで鮮やかさが特徴だね。ナパージュには柚子も少し混ぜてみたんだ」


「いい香りです、すっきりとした。見た目も彩りよく、輝いてます」


「美味しそう!」


 ジャムを紅茶に混ぜて一口飲む。アップルパイにフォークを刺して口に運んだ。幸せな気持ちになれるデザートとはこれだろうか。笑顔で美味しいを繰り返す姿を見て頷く。


「そかそか、上手に出来てるみたいで良かったよ」


「何か満たされるな、この俺もこの半分でも腕があれば毎日が上向くような気がする」


「ははは大丈夫だよ、僕が教えてあげるから、ちゃんと通うんだよ」


「はい、お邪魔します」


 長い人生だ、自分で美味しいものを作ることが出来たら楽しいだろう。やった分だけ自分のもの、心持ちも違ってくる。


「え、木原通うんだ。でもそれってチーフマネージャーと二人きりってこと? 良くない、それって良くないよ! 何とかしなきゃ、でもどうやって?」


 藤田が口元を押さえて、二人の仲を何とか引き離そうと考える。昔からのことで、木原に気を向ける女は全て排除してきたのだ。


「料理か……私も作れるようになったら、木原も喜ぶよね! 綾小路も習いたいって言わせとけば、チーフマネージャーも断れないわ。よし、そうしよう。二人きりは絶対にダメ!」


 その場でどうすべきかの判断を速やかに下し、実行に移す。可能かどうかは予測できている。


「綾小路、あんた料理はどうなのよ」


「あの、苦手です」


「じゃあ習ってみたら? 私もそうしてみたいなって考えてたんだけど」


「私がですか?」


 そんな提案に綾小路も木原も驚く。予想外のことが続くものだから、随分と焦ってしまった。あの藤田がなぜそんなことを言いだしたのかと。ひかりとしては申し出があるなどとは考えなかったのだが、ここぞとばかりに話に乗っかる。


「お、二人ともやってみるかい? 僕は全然構わないよ。悠ちゃんはどうかな」


「俺は……良いと思うな。自分の為になるし、誰かの為にもなるから」


 上手く行けば綾小路と会う機会が増えるから、という下心で打算した。元よりそれが目的だったわけだが、このあたりの打ち合わせはしていない。


「あの、どうしましょう、お願いしても良いんでしょうか?」


「綾小路、やるわよね?」


 目がいつもの藤田になっていた。断るようなことをさせない、そんな目だ。考えて後で連絡します、などという逃げは絶対に許さない。


「えと、はい。お願いします」


「よーし、じゃあ決まりだね! ほら悠ちゃん、兄弟子から何か一言無いのかい?」


「兄弟子って。ひかり先輩、俺を含めて宜しくお願いします!」


 しっかりと約束を守ってくれたひかりに感謝しかない。ずっと頭が上がらないんだろうなと思わせてしまう程のものの運び方に感心するばかりだ。


「ふふん、どーんと任せなさい。そだ、僕は悠ちゃんに連絡するから、二人は悠ちゃんから連絡受けてね。番号交換とかしとくんだよ」


 悠にウインクしてくる。もう全てが思い通りになる魔法にでもかかったかのようだった、敵わない相手は存在する、それもごく身近にというのを思い知った。


「あー、はい。藤田のは知ってるから、綾小路さん、嫌じゃ無ければお願いします」


「はい、こちらこそ宜しくお願いします」


 二人は電話番号を交換した、アドレスも一緒にだ。目的を果たした悠は心臓がバクバクいっていた。まるで夢を見ているかのようだ。


「部活があるから頻繁にとはいかないけどね。出来るだけ機会を作るようにするよ」


 ひかりはひかりで、自分の目的の為のついででしかない。皆が満足しているなら、これこそがコミュニケーションというものだろう。

 

「綾小路さんって部活は?」


「あ、私は特に何もしていません」


「じゃ俺と同じだ。藤田はバスケだし、上手く機会を活かせそうだな」


「はい、そうですね」


 話がまとまったところでそろそろ解散になる。変にこじれたりしないように、良い状態で今日を終わるのもまた大切な一手である。


「後は僕がやっておくから、悠ちゃんは二人を送ってあげなよ」

 

「はい、わかりました!」


 ひかりの家からは二十分ほどは掛かるだろうか、駅まで三人で歩くことになった。藤田は最初綾小路を送るというのに良い顔をしなかったのだが。


「綾小路さんは新生南駅なんだ」


「はい、そうです。ちょっと遠いんです」


 新生南街は高級住宅地として知られている。電車で十分掛からない場所ではあるが、遠いといえば遠い。少なくとも歩いて行ける距離ではない。


「それにしても、藤田、急に料理を習うとかってどうしたんだ?」


「え、そ、それは、ほら、私だって出来たらいいなって」


 動揺を何とか隠そうとするも、若干不審な動きをしてしまう。何せ本音を言えるはずもない。


「藤田さん、一緒に頑張りましょうね」


「え、うーん」


「藤田、何だよそれ。ちゃんと返事しろよな」


「うるさい、なんで木原は綾小路の肩持ってるのよ」


 不機嫌そうな顔をして木原を責める。どうしてこんなことになってるのかを説明も出来なければ、そもそも話すつもりもない。積み重なって今がある、そんな想いが不満になる。


「そりゃ誰だってそうするだろ」


「誰だってって、まあ綾小路はこんなだから」チラッとみて、男受けするだろう顔も身体もと思い「そう、なのかな」木原もか、と落ち込んでしまう。


「いいか、俺は身内を甘やかすようなことしないってーの。当たり前だろ」


「木原さんは本当に藤田さんと仲が宜しいんですね。うらやましいです」


 藤田の不安や不満とは裏腹に、木原は理由をはっきりと明かした。顔を見てもはぐらかしているのではなく、そうだと信じているのが理解出来た。他の誰かには解らずとも、藤田は確信できる。


「仲が良いのかどうかはわからないけど、付き合いが長いのは間違いないよな」

 

 するとさっきまで不機嫌だった藤田の表情がめまぐるしく入れ替わる。 綾小路は不思議でたまらない、クラスでいつも冷たいあの藤田がどうしてしまたのかと。


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