第7話

「えーと、取り敢えず一つ以外はスルーしときたいけどいいかな?」


 誰に向けたわけではないが、皆がうんうんと同意した。


「スペシャルだけど、千円でこんなについてていいのか? これ別会計だったら俺払えないぞ」


 同じランチを頼んだ西田と比べ、スープやデザート、ケーキまで別に並んでいた。明らかにセットの範囲を越えている、二品か三品は。


「あの人が勝手にやったことだから、千円で良いのよ。いいから食べちゃって」


「そ、そうか。じゃあ遠慮なくそうさせてもらうよ」


 全員が見事なまでのスルースキルを発動し、ただ食事を楽しむことに専念した。店内を見る。アルバイトの店員は、かなりの露出がある制服を着ていた。


「倉持も普段あの制服着ているんだよな?」


「そうよ。な、なに想像してるのよスケベ!」


 鎖骨のあたりまで開いていて半そで。フリルがあしらわれていて、スカートは短い。ヘッドドレスまでつけて、メイドとかウェイトレスとか、なんだか色々混ざっている。


「お前なら似合うだろうな。夏休みもバイトするのか?」


「一応その予定だけど、他に希望者居たらどーかな? 私って穴が空いたときに急遽埋めるためにって、通常シフト少な目なのよね」


 学生に限らず、穴埋め要員が居ると居ないでは、責任者の頭痛の度合いが果てしなく違った。減る時は突然減るのに、増やそうとするとかなり難しいのが従業員。


「ふーん。まあ要領よく出来そうだしな、いつもの感じで働いてるのが浮かぶよ」


「まーねぇ、別に大変だとかは感じないわ」


 ひかりがやけに真剣な表情で料理を口にしていた。どうかしたのかと思ってしまうほどに。


「ひかり先輩、なにかありましたか?」


「えっ、いや、ここの料理とても良く組み合わせが考えられてるなって。悠ちゃんもそう思わないかい」


「そうなんですか?」


 例のグラタンの組み合わせをスプーンでより分けたり、サラダのドレッシングだけを口に含んで目を閉じたり。テイスティングとでもいうのだろうか、味をしっかりと確かめる。


「うん。これ作った人とても凄いよ。僕も見習わなきゃね!」


「これ作ったのお母さんだけど、そんなに凄いんですか?」


 いまいち良くわからないと、フォークをくわえながら尋ねる。マナーが良い行為とは言えないけれども、今は注意する人物はいない。


「そうだよ、ここまでされたら僕なんかじゃ全然敵わないよ。悠ちゃん、夏休みに何回かここ来よう、凄く勉強になるよ」


「はい!」


 達人は達人を知る、ではないが、違いが分かる人には仕上がりの凄さが理解出来るらしい。何と無く美味しいからで来てくれるだけで良いけれども、作り手にしてみればこういう反応はやりがいに通じる。


「え、夏休みなのに二人で?」


「俺さ、また料理を習いに行くんだ。ひかり先輩の家にさ」


 女の自宅で個人授業という破壊力ある内容が明かされて倉持が不審がる。もしかしてそういう名目でおうちデートじゃないのかと。


「でも何で木原が料理って」


 男でそれは珍しいと言えた、職業とするならば別だが男子高校生が料理は滅多にしない。我流でやるならまだしも、誰かにわざわざ教わりに行くとは。


「うちさ母子家庭なんだ。だから俺が出来ることしないと。母さんの負担少しでも減らしたいからさ」


「そっか、実はうちも。母さんあんなだけどね」


「私の家もそう」


「あらー皆そうか、じゃあ気兼ねなく話せるよねっ!」


 昨今さほど母子家庭など珍しくないとは言っても、四人がたまたま集まりそうだったのは奇遇だ。言いふらすことでもないし、こういう雰囲気はほっとする部分もあった。


「そだ、来るときには電話してよね。私もなるべく店に居るようにするから」


「えー何でだよ、それに俺、倉持の番号とか知らないし」


「じゃあ番号交換するからスマホ出してよ」


「えーっ、面倒臭いな……ほら」


 木原が白のスマホを差し出す。もう勝手にやってくれ、とばかりに渡してしまった。倉持は手にとると、素早く履歴を確かめた。


「昨日の夜にひかり先輩、他は太一って黒岩よね。母さんに……雪乃って誰かしら? 電話帳は……藤田、藤田自宅、色葉、一音、次音、浩か」


 一度発信してから自分の名前を登録するとスマホを木原に返した。随分と登録数が少ない、ということは普段使っているものだけだろうと覚えておく。


「はい、入れといたわよ」


「おう……って、倉持時雨様ってなんだよ。変なことすんなよな、まあいいけど」


「藤崎先輩のは後で木原から聞いときますね。真琴のも後で教えるから」


 西田は倉持をチラッとみてから、頷いた。口数が少ないやつだな、と木原は解釈した。その割りには大切な部分が伝わるのだから、結構するどいのだろうとも同時に感じている。


「ひかり先輩、そろそろ行きましょう」


「うん、そうだね。じゃ、倉持さん、西田さん、僕らは行くね」


 ばいばーいと手を振って二人は店を出る。一緒に居て自然体、そんな感じが強く伝わって来た。


「時雨、あれすごく強敵」


「わかってる。でもこれからよ!」


 クランベリーからひかりの家までは歩きで十分程度の距離だった。二人で二階に上がると、早速悠が食い付いてくる。


「ひかり先輩!」


「わかってるって。お着替えするから、ちょっと後ろ向いててね」


「え、ええっ! こ、ここで! ま、まあ先輩の部屋だし普通なんだろうけど」


 すぐ後ろでシュルシュルと制服を脱ぐ音が聞こえてくる。精神衛生上あまり高校男子によろしいとは言えない。ひかりはチラッとみたけれど固まって身動きしない。


「うーん、振り向いても良いんだけど僕ってあんまり魅力ないのかな? もう良いよ」


「あ、はい」


 ようやく着替えたひかりは、短パンTシャツと身軽になっていた。あまりにも細い線に驚いてしまう。肌は白いし、美人だなと惚れ惚れした。


「何をぼーっとしてるんだい?」


「あ、いや、その、すいません」


「いいよっ。で、例の話なんだけど」


 控え目に座っていた悠が身を乗り出してくる。この瞬間を待ちに待っていたのだ、勢いが違う。


「ど、どうしましょう!」


「おおう。部活が無い日にだよね。悠ちゃんはダメな日とかあるかな?」


 部活の夏休みに予定表を取り出して紙をテーブルに載せた。何を隠そう、スケジュールはひかりが作ったのだ。


「俺、特に何もありませんから」


「そっか。うーんじゃあ……この辺りが候補かな」


 額を寄せて表を見ていたが、チラッとひかりの方へ視線をやると、Tシャツの首もとから胸の谷間が覗いていた。もちろんそうなれば意識はスケジュールではなく胸に行ってしまうのは仕方ないこと。

https://kakuyomu.jp/users/miraukakka/news/16817330669786021654


「――おーい。ね、悠ちゃん聞いてる?」


「え、いや、聞いてませんでした」


 つい本当のことを答えてしまう。じゃあどうしていたんだよ、などと言われたらしどろもどろになってしまうだろう。


「そういう時は、聞いてなくても聞いてるって言うもんじゃなかったのかなあ? 変なところで素直なんだから」


「度々すいません……」


 やれやれとスケジュール表に指を置いてもう一度説明をする。


「ここ、三日後は部活午前だけだからさどうかなって。前の日の夕方に仕込みするから、悠ちゃんも手伝ってよね」


「はい!」


 初回の計画を決定した。そこで悠は例の相談を持ち掛ける。もうおんぶにだっことはこれだろう。

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