第5話
ケーキを上機嫌で口にする。どうして自分の為にそうしてくれるのか、相談したくせに全く理解出来ずにいた。
「それで俺はどうしたらいいんですか?」
「変わらず普通にしてていいよ。明日もちゃんとお話してくるんだよ」
今の時点で悠にしてもらうことはない、それは無事に成功してからの話だ。逆に間に入られてこじれたら分からなくなってしまう。
「それだけですか?」
「うん、それだけ。全部僕が何とかしてあげるから!」
にこにことして胸を張る。人並みのサイズではあるが、線が細いので少し大きく見えた。悠はじーっと見詰めてしまう。ひかりは急に恥ずかしくなったのか「うっ……」と口にして喋るのを控えてしまうのだった。
◇
朝練のグラウンド。ランニングの最中に藤田夏希は、バスケ部のチーフマネージャーに芝生の傍らに呼ばれていた。
https://kakuyomu.jp/users/miraukakka/news/16817330669721011989
「藤田さん、お願い!」
「チーフマネージャー、それはさすがに……よりによって綾小路ですよね……あいつはちょっと」
ひかりが両手を合わせて拝み倒す。そうはされても綾小路を誘って喫茶店でお茶……という光景は想像したくなかった。普段これでもかという位に冷たくあたっているというのに。
「ほんと頼むよ、この通りだからさ!」
「いや、でも……私はそういうの出来ませんから」
眉尻を下げて大困惑してイヤイヤとやんわりした言葉でお断りする。出来ないものは出来ないというのが自分も含めた皆の為。
「藤田さん、ワタクシからもお願いするわ。ひかりの頼み、なんとかきいてあげて貰えないかしら?」
三年生のチーフでもある榊由美まで頭を下げてくる。藤田は次第に追い込まれて行く、グラウンドでは部員が必死に走っているので、いつまでも抜けてはいられない。様子を見にこられたら大変だ。
「榊チーフマネージャーまで。本当に勘弁して下さいよ……うううっ」無理だといっても引き下がってくれない「この二人、部長よりバスケ部内で力あるしなあ、断ったら……良くないのわかるけど。綾小路かあ……」ぶつぶつと聞こえない声で想像してみて頭を左右に振る。
バスケ部の仲間がチラチラとこちら見ているのがわかる。もし二年生のチーフマネージャー信者にバレでもしたら、今後楽しい部活生活は送れないだろう未来があった。絶対に呼び出されて説教され続けてしまう。
「ねっ、お願い! 今日明日しかないの!」
「藤田さん、本当に頼むわよ」
「うううっ……わかりました、わかりましたよ。でもこういうの本当に勘弁して下さい。私綾小路って凄く苦手で」
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藤田は涙目になってうなだれるとお願いを引き受けると言ってしまった。人生でもこれほど乗り気ではない案件は他にない。
「ありがとう藤田さん! もうこういうのしないから、ごめんね!」
「ありがとう。もし今後何か希望があれば、ワタクシ達が何でも相談に乗るわ」
必ずお返しはするからと言われても、それはそれで恐ろしいきがしてしまう。どっと疲れてしまった。
「放課後に報告します。もう戻って良いですか?」
「うん、ヨロシクね!」
満面の笑顔が弾ける。グラウンドに戻って走り始めると大きくため息をつく。
「あーもう、なんで綾小路なんだか。はあ……憂鬱」
◇
「あああもうやだな。だからってバックレるわけにもいかないし。はあああ」
あれから一日でどれだけため息をついたかわからない。席につくと綾小路のことを見た。目が悪いせいで最前列に座っている。周りに誰か居るようなところでこんなことを話したくなかったが、意を決すると立ち上がり、彼女の前にやってくる。
「ちょっと綾小路」
「はい、何ですか藤田さん?」
腕組をして仁王立ち、睨んで視線を下げて来る。
「話あるから廊下にきて」
「……はい」
今まで何度も藤田から嫌がらせを受けていた綾小路だが、言われたら素直に返事をしてしまう。それが自身の意に添わずとも。クラスではなんだまたか、程度の反応でしかない。これといって気にするような者は誰も居なかった。
「……あの、お話って……」
また酷いことを言われるのかと半ば諦め気味でうつ向く。 藤田だけではなく、嫌でも従ってしまうのは結構日常でもあることなのだ。
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「あー……別にあんたが嫌ならどうでも良いんだけどね……」切り出し辛い感じで一旦視線を外して間を置く。少ししてから小さく溜め息をついて続けた「夏休み、もうすぐだけど、その……何ていうか……」
「……はい?」
まったくもって要領を得ない呼びかけに、不審な表情を見せてしまう。今までにない感じだなとは気づいているけれども、全く先が読めない。
「あー、だから、もうなんでこんなことしなきゃいけないのよ。もう……その、あれよ、あんた時間作れる?」
「えと……はい」
「断ってもいいからね。……うーん……そのうち喫茶店にでもどう?」
むしろ断って欲しい、それなら先輩にも言い訳出来るなどと内心で思っている。きょとんとして何を言われているのかを少し反芻して、聞き間違いではないのを確認すると、目をパチパチして綾小路は答えた。
「えと、はい。誘って頂けるなんて思いませんでした」
承諾されてしまう。常々嫌な思いをさせられている相手だというのに、いともあっさりと。それは藤田の常識から大きく外れている。
「あんた、それ本気で言ってるの? ちょっと位嫌がりなさいよね。ってか普通行く?」
「はい楽しみです。藤田さんが誘ってくれるなんて嬉しいです」
「あー……わかった。いつにするか明日決めるから。それだけ」
申し出を受けてもらえたというのに、何故か釈然としない表情の藤田である。綾小路としては終始不思議でならなかったが、疑問はあってもそれで返事が変わることもなかった。今までもそうだった。自分が著しく不利でも、不満があっても、いつだって嫌だなどと断ったことなど無かったのだから。
◇
「あーあ、明日で学校最後だよ。ひかり先輩、あんなこと言ってたけどどうするつもりなんだろ?」
ベッドに転がっている、あとはもう寝るしかない。ふと思い出して無料チケットを取り出してみる。宣伝用にしては随分と価値があるように見えた、何せケーキセットの利用券だ。スマホが着信を告げる。
「あ、ひかり先輩からだ」
「はい、木原です」
「ゆーうちゃん。今いいかな?」
「ええ、構いませんけど」
「ふふふ、ニュースだよニュース」
「どうしたんですか?」
「綾小路さんのこと上手く誘えたよ。はーい、拍手ー、パチパチパチ!」
「ええ! ほ、本当ですかそれ! どうやってそんな」
「ふふふん、どうだ、恐れ入ったかー」
「ひかり先輩凄いです!」
「ちょーっとおまけもついて来るけど、それはご愛嬌ってことで」
「おまけですか? それより、いつなんですかそれ!」
「おーさっそく食いついて来たね。それをじっくり検討しようと思ってさ。明日うちにおいでよ、ま・さ・か・嫌なんて言わないよね?」
「行きます! 是非行かせて貰います!」
「ふむふむ、素直でよろしい。んじゃ明日ね、おやすみぃー」
通話が切れても悠は興奮が醒めなった。奇跡のような状況が、他人によってもたらされたと。
「こ、これでまた会えるぞ! あ、でも会って終わったら同じだよな、どうにかしてその先を考えないと。うーん……明日ひかり先輩に相談してみよう」
眠ろうとしても眠ることが出来なかった。遠足前の子供のように、唸りながら寝返りを繰り返す悠であった。
◇
終業式。本来ならば厳かに行われるべき儀式であったが、卒業式や入学式に比べて気が軽く、更に夏休み前ということもあって生徒も教師も浮ついた感じが隠せないで居た。悠もそのうちの一人で、自由になったらすぐにでもひかりのところへ行きたいとうずうずしている。
教室へ戻り、教師のありがたい言葉を頂くと、鞄を掴んで走って教室を飛び出した。クラスメイトが呆れているのがチラッと視界の端で見えたような気がした。三年一組へ急ぎやってくると、ひかりの姿を見つけようと教室をキョロキョロと見回す。
「ひかり先輩!」
「え? あ……悠ちゃん」
まさか悠が教室にまでやって来るとは思っておらず、不意をつかれて少し固まってしまう。喜色を浮かべててまで振っている。
「あらあら、いつの間にかお迎えですか? ひかりも隅に置けませんね」
「ゆ、由美、そういうのじゃないって!」
ひかりに抗議されるもどこ吹く風でニコニコしている。親友に何を隠したところで、というところだろう。由美にしてみれば、ひかりが幸せそうなのが一番うれしい。
「ひかり先輩、ほら早く!」
「ゆ、悠ちゃんってば!」
クラスでクスクスと笑いが起きる、同じ高校生でも子供だなと。ひかりは顔を赤くして教室を出て行く、嬉しいけれども恥ずかしい。
「あのね悠ちゃん、そんなに急がなくても時間は一杯あるから大丈夫だよ」
「そうですけど、早くひかり先輩と話がしたくて!」
全く違う意味だというのはわかっていたけれども、その台詞が自然と笑みを誘う。意図はどうあれ嬉しい気持ちにさせてくれるから。
「そ、そうなんだ……あははは、じゃ行こっか!」
チラッと教室を見ると、由美が手を振っていた。お幸せに、目がそう語っているのがよーくわかった。 苦笑すると前を向く。学校自体は午前中で終了した。ひかりが言うように時間はたっぷりとある。
「大切な話はお家でするとして、お昼時間だねっ」
「そうですね。今日は弁当持ってきてないし、学食もやってませんし、どうしましょうか」
生徒玄関でそんな話をしていると、倉持時雨と西田真琴が通り掛かる。他にもたくさんの生徒でごった返していた。
「なに木原、あんたあんなに急いで出てったのにまだこんなとこにいたの?」
「おお倉持か。居て悪かったなってのはアレだけどさ、今帰るところだよ」
「ふぅん。それで藤崎先輩とデートか、いいご身分ねー」
隣に居る人物に見覚えがあった、それもごく最近。
「えっと、僕のとこ知ってるのかな?」
何故か名前を呼ばれたので首を傾げた。ひかりからは面識はない、部活関連の生徒でもなかったし、と考えるも答えが出てこない。
「教室に木原を連れてきた時に多分クラス全員先輩の名前を覚えた」
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