第14話「一視当千の力」

 立ち上がった俺は聞き取りを続けるファルムンドの後ろに立つ。


「お前ら、フランを頼むぜ」


「ちょっと!?」


 俺はアマネの叫び声を意に返すことなく、ファルムンドの背中を思い切り蹴り飛ばした。


 龍車から勢いよく射出されたファルムンドは数十メートル架空すると、何事もなかったかのように地面に着地する。


 流石は戦略級。


 蹴る瞬間、俺は完全に殺気を消していたが、ファルムンドは既に受け身の姿勢に入っていた。


 ファルムンドを追うようにして俺も龍車から飛び出す。


「やはり、お前が策士だったか....」


 よくわからないことを呟きながら俺と対面するファルムンド。


 男は背中に装備した剣の柄に右手で触れた。


『ファルムンド様!!』


 周囲は既にパニック状態。


 列を成していた龍車も城壁から引き返していく。


 砦にいた衛兵たちが集まり俺を囲んだ。


「あなたたちは逃亡した赤髪の少女を追ってください。この男は私一人で仕留めます」


 ファルムンドが丁寧な口調で命令を下すと、俺を囲んでいた衛兵たちは素早く離散した。


 わざわざタイマンの舞台を用意してくれるとは、ありがたいねえ。


「お前、名前は?」


 砦の松明が照らす中、ファルムンドはオレンジ色の瞳を輝かせていた。


 聞かれた俺は正直に答える。


 この男は答えるだけの価値がある人間だ。


「トー・グリムス。俺は、半人半魔のトー・グリムスだ」


 組織から名前は極力伏せるよう言われているが、そんなこと知ったことか。


 この男をここで殺せば同じことだろ?


「私はファルムンドだ」


「この国の戦略級だろ?知ってるぜ。その魔眼のことも....」


 俺はとりあえず魔眼を見ないよう目線を外していた。


「流石の情報収集能力だな。そこまで知られていたとは」


 ん?


 俺に情報収集能力がある?


 なんだか先ほどからこの男は初対面にも関わらず俺のことをやけに高く評価しているように感じるんだが。


 気のせいか?


「疑問だ。どうしてお前ほど頭の回る男がそちらから攻撃をする?何もしなければ国境を抜けられたはずだ」


 俺の頭が回るだと?


 やっぱりこいつなんか勘違いしてねえか?


 ま、いいか。


 こいつが俺のことをどう思っていようが関係ない。


「最高の獲物を前にして、耐えられる猛獣がいるか?」


 俺はスキル範囲内にファルムンドが入るようじりじりと距離を詰める。


「短絡的思考........いや、これもブラフなのか........?」


 対するファルムンドはブツブツと何かを呟いて上の空だった。


 俺を前にしてその余裕。


 久しぶりだぜ、ここまで舐められたのは。


「くだらない御託は十分だ。始めようぜ」


 男の間合いからギリギリ外れた位置で、俺のスキル範囲内に男が入ったことを確認すると、俺は宣戦布告を行った。


 俺だって格上と何の考えもなしに戦うほど馬鹿じゃない。


 必要最低限、自分に有利な状況は作らせてもらった。


「そうだな。戦えばわかることか」


 男はシャキーンと剣を抜いた。


 一般的な剣よりも少し刀身が短い。


 それ以外は一見普通の剣だ。


 が、油断は禁物だ。


 魔眼とあの剣に細心の注意を払わなければならない。


「行くぞ!」


 ファルムンドは地面を蹴り上げて滑空するように距離を詰めてきた。


 やはりこの間合いなら最速で詰めに来るか。


 予想通りの展開だ。


 その速度では急に止まることはできない。


「アブソードシールド!!」


 俺は最適なタイミングでドーム状のシールドを周囲に展開した。


 あとは直進してくる獲物が粘着性のあるこの沼のようなシールドにかかるのを待つだけだ。


 慣性の法則に任せれば自然とファルムンドは飲み込まれる状況。


 必勝のパターンだった。


 だが。


「なに!?」


 ファルムンドはシールドに剣の切っ先を突き刺すと、物凄い腕力で直進の勢いを止めた。


 柄を握る手からミシミシと音が鳴る。


 いや、鍛え抜かれた両腕の筋繊維が音を出したのか?


 そう錯覚する程、物理的にあり得ない動き。


 最高速度からゼロへ。


 男の動きが止まった。


(俺のスキルを初見で見切った!?いや、落ち着け。剣は犠牲になった)


 とりあえず男の剣は俺のシールドに触れた。


 もう抜き取ることはできない。


 シールドをひっこめて剣を破壊すればいい、その後は無防備になった男を殴り殺しにすれば……と考えていると。


 シールドの前で止まったファルムンドが勢いよく身を低くした。


(まずい、目が合うッ!)


 男の足下を見て動きを探っていた俺に冷や汗が流れる。


 焦った俺は魔眼を避けるため、視線を空に外した。


「は?」


 そこには一本の剣が浮かんでいた。


 おかしい。


 確かにファルムンドの剣は俺のシールドに飲み込まれている。


 それなのにどうして宙に剣がもう一本ある?


 いや、そんなことよりもどうして空中に剣を投げたんだ?


 反射的に状況を脳が処理するが、答えが出る前に俺の身体は硬直していた。


 動けない。


「クソ............マジかよ........」


 目を合わせてないのにどうして硬直したのか。


 ああ。


 確かに直接は目を合わせていなかった。


 直接はな。


 空中に上がった剣、その刀身にファルムンドの両目が反射していた。


 それと一瞬、目が合ってしまったのだ。


「惜しかったな」


 硬直した俺の体から力が抜けていく。


 展開したシールドも効果を失った。


 両膝をついて固まる俺に、正面から何事もなかったかのように剣をキャッチした男が歩み寄ってきた。


 強者の余裕。


 これが戦略級の実力か........。


「ネタばらしだ」


 ファルムンドは俺の眼前に緩慢な動きでしゃがんだ。


 俺は最早、口を動かすこともできない。


「俺の魔眼は直接目を合わせなくても、間接的に合わせさえすれば相手を硬直させることができる」


 それはわかってる。


 俺が知りたいのは剣のほうだ。


 どうしていきなりもう一本剣が出てくるんだよ。


 最初に所持していた剣は一本だったはずだ。


「あぁ、剣のことか。この剣は特殊でな。魔剣と呼ばれるものの一種だ。名は再剣ガルムガルド。強力な魔力が付与されているわけでも、尋常ならざる切れ味を誇るわけでもない。剣自体のスペックはその辺の衛兵が持ってる普通の剣と変わらない。だが......」


 ファルムンドは説明しながら、持っていた剣を捨てた。


 空いた右手で背中の鞘の先、空を掴むようになにもないその空間に手を伸ばした。


 すると、驚いたことに何もなかったはずのそこに剣の柄が現れた。


 ファルムンドは三本目の剣を抜く。


(そういうからくりだったか....)


「再剣ガルムガルド。こいつはまったく同じ品質の剣をその鞘から無限に生成できる。時間が経過すれば古いものから消えるがな」


 つまり、ファルムンドは一本目の剣をわざと犠牲にしたわけだ。


 そして身を低くした瞬間には既に生成された二本目の剣を宙に投げていた。


 刀身に自分の魔眼を反射させるために。


 完璧な勝ちパターンに俺はまんまと引っかかったわけだ。


 必勝パターンを必勝パターンで返された。


「私以外の剣士にとっては使い物にならない剣だ。見世物小屋の見世物としてはいいかもしれないがな」


 魔眼を反射させるための刀身を無限に生成することができる。


 こいつのために作られたような魔剣だな。


 才能とそれを最大限発揮させるための道具。


 そして、その両方を生かせるだけの技量を持つ男。


(…………こりゃ勝てねえわ)


 俺の完敗だった。


 読み合いも、実力も、おそらく経験でさえ俺が劣っていた。


 何一つ、勝てる要素はなかったようだ。


「お前には選択肢が二つある」


 立ち上がったファルムンドは俺を見下した。


「一つ、ここで殺される。二つ、俺の弟子になる。お前は強い。今この状況を見ている者は一人もいない。俺の権限でお前を見逃してやってもいい」


 確かに、辺りにの気配はなかった。


 かなり後方では衛兵たちの叫び声と轟音が聞こえる。


 アマネとアクネスが戦闘をしているのだろう。


 あいつらなら逃げ切れると思うが……。


 俺にはもう、関係ない話だ。


「殺せ」


 俺は言い放った。


 正々堂々勝負して負けた以上、俺の中に他の選択肢はなかった。


 自ら喧嘩を売り、そして負けた。


 格好は悪いが、いつか負ける時が来ることは覚悟していたことだ。


 もちろん思うところはある。


 俺の最期はこんなにも呆気なく終わってしまうのかと。


 壮絶な闘いの果てに息絶えるものだと、心のどこかでそう思っていた。


 が、それは夢物語だ。


 現実は非情で無慈悲、この世界が俺専用の箱庭でないことは、わかっていた。


 理想は叶わないからこそ理想だったんだ。


(夢か………。あのガキ、どうなったかな………)


 俺に興味を失ったファルムンドから冷たい視線と共に、音のない一閃が俺の首に伸びる。


 その瞬間ふと、あのガキのことが頭に浮かんだ。


 俺にとって最後の旅。


 楽しくなかったといえば、嘘になるだろう。


 悪くない。


「————死ね」


 そんな最期だった。

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