第13話「どちらが面白いか」

 後日、国境付近を偵察しに行っていたアクネスから連絡が来た。


 連絡を受けた俺たちは街を出て国境付近へと向かった。


 そこには何千年前からあるのかわからないほどに古びた城壁が、地平線の向こうまで続いていた。


 苔が生い茂り、ツタが絡みついたりしてはいるが、整備されているのか未だ頑強な城壁だ。


「あの城壁を突破すればいいんだろ?簡単じゃねえか」


 茂みの中には俺を含め四人が屈んでいた。


 俺、フラン、アマネ、アクネス。


 身を低くしながら城壁の様子をうかがう。


「これを」


 アクネスに望遠鏡を渡されると俺はそれを覗いた。


「かなりの衛兵の数だな。国境警備にしては少し過剰じゃないか....?」


 城壁の上にも下にも槍を持った衛兵たちがうじゃうじゃいた。


「城壁の門の下で話してる男が見えますか?背中に一本の剣を刺した男です」


 アクネスに言われ俺は双眼鏡をずらした。


 そこには衛兵と話し込む男の姿が見える。


 背中に剣を刺し、鍛え抜かれた引き締まった身体をしている。


「あいつ、かなり強いな」


「ええ」


 見る者が見ればわかる。


 立ち姿から漂う圧倒的なオーラ。


 周りにいる衛兵たちの動きもぎこちない。


 だがその表情は少しやつれているようにも見えた。


 寝不足か?


「で、俺はあいつを殺せばいいのか?」


 双眼鏡から目を離すと俺は聞いた。


 観察した限りだが、相手は今回の旅で出会った中で最も強い。


 かなりの強敵だ。


 これは腕がなるぜ。


「何言ってるんですか。あれはあなたでも無理ですよ」


「は?喧嘩売ってんのか?」


「はぁ……とりあえず俺の話を聞いてください」


 深くため息をついたアクネスは、俺たち三人にあの男についての情報を話し始めた。


 ここまで連絡に時間がかかったのは、どうやらあの男の情報を探っていたかららしい。


「彼の名前はファルムンド。一視当千の二つ名を持つこの国の戦略級です」


 その説明に対して。


「えっ....」


 と、アマネは絶望的な表情で言葉をこぼし。


「おぉ~」


 と、フランは俺の顔を見ながら声を上げ。


「ちょっと行ってくる」


 と、俺は城壁に向かって立ち上がった。


「待ってください」


 が、俺の身体はアクネスの腕から伸びた鎖にグルグル巻きにされた。


 ぐいっと引っ張られて地面に座らされる。


「相手は戦略級なんですよ。俺達が束になっても勝てるかどうか...」


 呆れた顔を向けてくるアクネス。


 こいつはいつも考えすぎなんだよ。


「勝てるだろ。早く行こうぜ」


「そうです!勝てます!行きましょう!!」


 珍しくフランと意見が合致した。


 彼女の後ろではアマネが首を横にぶんぶん振っている。


「彼の目を見てください」


 鎖から開放された俺は持っていた望遠鏡でファルムンドとかいうやつの目を見た。


「ん?なんだあれ」


「違和感に気が付きましたか。あれは魔眼ですよ」


 あーなるほど道理で。


 なんか嫌な感じがすると思った。


 魔眼持ちだったか....。


 これはめんどくさいことになってきたぞ。


「魔眼ってなんですか?狼人間さん」


 疑問に思ったフランがアクネスに質問した。


「俺は狼人間では......まあいいです。魔眼というのは特殊な能力を秘めた瞳のことです。今まで観測されているだけでも数百の魔眼があるとか。大抵は扱いが困難で、魔眼を所持していたとしてもその力を使いこなせるのはごく一部の人間だけです」


「「へ~」」


 なんかめんどくさい目、くらいに思っていた俺は、フランと共に声を出した。


「彼の魔眼を調べるのにはかなり苦労しましたよ。あれはどうやら硬直眼の一種らしいです」


「ってことは対象者の動きを止めるってことよね?」


 アマネが横から口を挟んだ。


「はい。流石に発動条件はわかりませんでした。対象者を視界に入れた時点なのか、それとも目を合わせた時点なのか、どちらにせよ厄介なことには変わりない。あの城壁を突破するには作戦が必要です」


 作戦を覚えるのが苦手な俺は眉をひそめた。


「なあ。俺が突っ込んで敵の注意を引いてる間にお前らがフランを連れて突破じゃだめなのか?」


 俺が提案すると『この戦闘馬鹿』と誰かが小声で呟いた声が聞こえた。


 アマネか、アクネスか。


 もしくはその両方かもしれない。


「バックアップにエックスのやつを連れてくればいいだろ?あいつのスキルがあれば戦略級相手でも逃げ切れるだろうし」


 俺は言った。


 エックスというのは組織の仲間の一人だ。


 便利屋と呼ばれており複数のスキルを使いこなすことができる。


 俺もあいつが一体いくつのスキルを所持しているのかは知らない。


 得体の知れないやつだ。


「俺も考えましたが、エックスは今他の任務で忙しいみたいです。とりあえず連絡はしましたが力を借りられるとは思わないほうがいいでしょう。それにあの衛兵の数をちゃんと見てください」


 望遠鏡を覗けば、槍を持った衛兵だけでなくローブを羽織った魔法使いのような者も見えた。


「仮にあなたがファルムンドを足止めできたとしても、私とアマネの二人であれだけの数の衛兵から逃げ切るのは難しいです」


 ここまで聞かされた俺はバタンと地面に背をついた。


 じゃあその作戦とやらを教えてくれ。


「作戦はシンプルです。色々と考えましたが、これしかないでしょう」


 そう言ったアクネスはフランをじっと見つめ、その手は赤色のラベルがついた瓶を持っていた。


 その瓶を見たフランは「まさか」といった目を俺に向けてくる。


 いやいやいや。


 この拝金主義者はもう少し頭いいだろ。


 そんな俺みたいな強硬策を打ち出してくるはずはない。


 と、その時は思った。




 そして現在。


 時刻は夜。


 俺たち四人は浮遊する小龍が引く龍車に他の客とともにゴトゴト揺られていた。


「なあ、俺はお前がもう少し頭がいいと思ったんだが。他に作戦は思いつかなかったのか?」


「悪かったですね。これ以外に思いつかなくて」


「最悪です...」


 俺の隣の席ではフランが死んだ目をしていた。


 どうしてそんな目をしているのかだって?


 彼女の特徴的な白髪が、真っ赤に塗料で塗りつぶされているからだ。


 現在の彼女の容姿は赤髪赤目。


 雪が見たいといった少女は、雪を溶かす勢いの苛烈な見た目をしていた。


「アクネス。他にもやりようはあったんじゃないの?こんなんでごまかせるとは思わないけど」


 同情するような、励ますような、そんな顔でアマネはフランの赤髪を撫でる。


「確かにこの国境を抜ければ目的地であるナムカまですぐだけど、遠回りして他の国境から他国を経由してもよかったんじゃない?そうすればあそこで仁王立ちして検閲してる戦略級の男を避けられると思うんだけど」


 少しずつ検問に向かって進む龍車の列の先では、一視当千のファルムンドが腕を組んで、前列の龍車の乗客から積み荷から、何から何まで睨み殺すように調べていた。


「俺もこの国境線を避ける案は考えましたよ。しかし、あの戦略級の男がいる時点でこの件のバックにはこの国の重鎮たちが絡んでいるのは確定的になりました。ということは、今から遠回りするのにも相当なリスクがかかります。ここまですんなり来られたのは単に運がよかったからだと考えた方がいい」


「つまり、もと来た道を戻るのは危険だと?」


 俺は足を組み替える。


「そうです。この国の転移魔法陣が全面的に封鎖されたのも俺たちの逃走を制限するためだったのでしょう」


 なるほどねえ。


 話している間に列が進んでいく。


「戦略級が他国に足を踏み入れるにはそれなりの手続きが必要です。そう簡単に国境は越えられない。つまり、俺たちはあの国境線を一歩でも抜けた時点であの男から逃げられるということです。わざわざ正面から戦う必要なんてないんですよ筋肉ダルマ」


「あっそ」

「最速で転移魔法陣がある街まで移動して適当な冒険者を倒して鍵を手に入れましょう」


 転移魔法陣を使用するには冒険者がクエストを発注した際に渡されるキーが必要だ。


 だからその辺の街にいる冒険者を倒して手に入れれば移動できる。


 そいつらは帰れなくなるけどな。


 まあ、他の移動手段で帰ってもらえばいいだろ。


「グリムス。くらぐれも馬鹿は起こさないように」


「はいはい」


 アクネスに念を押された俺はつまらない顔で背もたれに寄りかかった。


 しばらくするとようやく俺たちの龍車の番が回ってきて検閲が始まった。


 松明を持った衛兵たちが白い息を吐きながら積荷を降ろしていく。


 前の龍車と同じように乗客も降りるものだと思っていたら、突然一人の男が龍車の中へと入り込んできた。


「みなさん。動かないで」


 戦略級、一視当千のファルムンドが背中に剣を刺して乗り込んできたのだ。


(思ったよりも礼儀正しいんだな)


 俺とアクネスは微動だにしなかったが、男のあまりにも素早い動きにアマネがつばを飲み込む音が聞こえた。


 男は奥の席から順に確認を始めていく。


 じわじわと俺たちの順番が回ってくる。


 最初はアマネだった。


「あなたは獣族ですか?」


 彼女の猫耳を見てファルムンドが聞く。


「そうよ。見ればわかるでしょ」


 先程までは怯えていたが、流石はアマネ。


 その声は震えること無く平然を装っていた。


 何も言わずにファルムンドはその隣りにいるフランに目を向けた。


「赤髪......」


 戦略級である男の目には疲労が見えた。


 長いことこんなことをしているからだろう。


「.............」


 声をこぼすファルムンドに対し、フランは無言だった。


 だがその表情はなにか考えているように見える。


 対面に座るアクネスはフランをじっと睨んでいた。


「綺麗な赤髪ですね」


「............」


 無言の返答を年相応と受け取ったのか、ファルムンドはフランを素通りして俺の前までやってきた。


「フードを取ってください」


 命令された俺は素直にフードを外した。


 俺の顔を見たファルムンドの動きが止まる。


「半人半魔、こいつが策士なのか.........?」


 小声でそんなことを言ったように聞こえた。


 しばらく見つめ合う俺とファルムンド。


 やつの右手は背中にさす剣の柄へとゆっくり伸びていた。


 こちらの反応を伺っているのだろう。


 対面に座るアクネスはその動きを見てゆっくり首を横に振った。


(言われなくてもわかってる)


「微動だにしないな」


 剣の柄に触れた男は言った。


「何もしてないのに怯える必要もねえだろ」


 怯えた演技でもしようかと思ったが、俺にはアマネほど演技の才能がないのでやめた。


 ボロ出してバレるだけだ。


「いや、目の前の男が剣に触れたら普通は何かしら反応を見せるものだ」


「眠いんだよ。斬るなら斬るでさっさとしてくれ」


「.............................」


 永遠にも思える時間が流れた。


 俺の目をじっと睨むと、ファルムンドは柄から手を離した。


『ファルムンド様!少し来てください!』


 外から男を呼ぶ声が聞こえると、ファルムンドは素早い動きで龍車を出た。


 どうやら見逃されたらしい。


 それを見てアマネとアクネスは安堵した表情を見せる。


 ただ、フランだけは違った。


『怪物さん。それでいいんですか?』


 彼女は小声でささやく。


 俺は返答しなかった。


 しばらくするとファルムンドが戻ってきた。


 俺の隣の乗客からまた質問が始まる。


 俺は聞き取りを続けるファルムンドを横目で見た。


 見れば見るほど強そうだ。


 あの魔眼からも禍々しいものを感じるのだが、背中にさした剣も何かがおかしい。


 絶対普通の剣じゃない。


 魔力を感じる。


 俺は武者震いする拳をなんとか抑え込んだ。


(落ち着け俺。確かに目の前にいる男は普段だったら絶対に拝めないような上玉だ。だがここで喧嘩を売れば、任務は失敗する)


 そうだ。


 そうだよな。


 ここに来て喧嘩を売るほど俺は馬鹿じゃない...........よな?


(あーでも戦略級にお目にかかれるなんてこの先の人生ないかもしれねえ......)


 俺は苦虫を噛み潰すような思いでフランとアクネスの顔を交互に見た。


「やっちゃいましょう!」という顔をしているフランと「やめろ。やったら殺すぞ」という顔をしているアクネス。


 俺は悩んだ。


 今までこんなに悩んだことはないと断言できるほどに。


 常日頃言っているが、俺は頭を使うのが苦手だ。


 だからいつも、悩んだときにはこう考えるようにしている。


(どちらが面白い?)


 そんなの......。



 決まってるよなあ!!

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