第12話「ずるはしてないです!」
夜になった頃、宿への帰り道を3人で歩いていた。
前を歩くフランがフードを外しては、アマネがそれを被せる。
それを何度も繰り返す。
「怪物さん、なんだか賑やかな声が聞こえてきますね」
アマネと戯れるフランの目線の先には怪しげな酒場が。
フランの問いに答えるため、アマネが猫耳をそちらに向けた。
「どうやら中で賭け事をしてるみたいね」
賭博だったか。
「賭け事……ということはお金が増やせるってことですか!」
どこで得た知識なのかは知らないが、フランは目を輝かせていた。
「増やせるかどうかは運次第だろ。でも、大抵のやつが不思議なことに一文無しになって出てくるけどな」
そう言って建物に目を向けると、意気消沈して肩を限界まで下げた男がちょうど出てきた。
「あんな風になりたくなかったらギャンブルなんてしない方がいいぞ。それよりも強いやつと戦う方が何倍もエキサイティングだ」
俺はフランに忠告すると、げっそりとした顔の男に小石を蹴飛ばした。
それが足に当たっても男は振り向きすらしない。
あれは相当搾られたな。
「でも私、結構運がいいと思います!」
「やめろ」
「ギャンブルしてみたいです!」
「ダメだ」
俺が止めるとフランはむぅーと言いながらフードを外して特徴的な白髪を晒そうとしていた。
それを止めようとするアマネと力比べをするようにフードの引っ張り合いをしている。
「私も反対よフランちゃん。ギャンブルするにはちょーっと年齢が低いかな」
ちょっとどころじゃないと思うが。
少なくとも後十年は必要だろ。
「いやです!やりたいです!エキサイトしたいです!」
駄々をこねるフラン。
彼女がここまで言うことを聞かないのは初めてかもしれない。
ギャンブルするのが夢だったのかもな。
いや、どんな夢だよ。
「えー、でもさ……、あ、そうよ。お金はどうするの?」
アマネはしゃがみながらフードをフランの頭に深く被せる。
フランはそれを振り払うように左右に動いて。
「怪物さんに借ります」
と、当然のように言っているが。
「貸さねえよ?」
当然、俺は1ドラも貸す気はなかった。
「それなら私にも考えがあります」
俺が即否定するとフランは俺たちから一歩距離を取った。
何をするつもりだ、とあくびをしながら眺めていると、彼女のポケットからキラリと光るものが……。
「おい!待て待て待て待て!!」
焦った俺は思わず声を張ってしまった。
彼女が取り出したのはナイフだ。
それを自分の首につけていつでも切れるぞという顔をしている。
一体どこでそんなもん拾ったんだ?
襲撃者から漁ったのか?
と、とにかくこの状況はまずい。
このままじゃ任務失敗になっちまう。
「言うこと聞いてくれないなら……」
ナイフがジリジリと動き始める。
「わかった!貸してやる!俺の金を貸してやるから!」
俺は思いもしなかった状況に財布袋を投げた。
彼女の足元に落ちると、彼女はにっこり笑いながらそれを拾う。
「やった!」
俺を脅して俺から全財産をぶんどったフランは意気揚々と賭博が行われている酒場へと歩いて行った。
俺とアマネはあまりにも唐突で一瞬の出来事に唖然としていた。
やっぱりあのガキは何考えてるのかまったく見当つかん。
「グリムス、あの子なんであんなに生き急いでるのよ」
そんなの。
「俺が知るか」
酒場の入り口では俺たちを待つように立ちながらフランが手を振っている。
俺とアマネは顔を見合わせると、絶対碌なことにならないという思いで同時にため息を吐いた。
「エキサイティング……ねえ」
酒場に入るといきなりウェイトレスに席まで案内された。
この国の法は知らないが、どう見ても対象年齢じゃないガキがいるのだがそんなことお構いなし。
『3名のカモは入りまーす!』
『『『ウェーイ!!!!』』』
こんな感じで客のことを初っ端からカモだと言ってくれるのはきっと良心的な方なのだろう。
世の中にはカモだと思わせず、勝たせるだけ勝たせて気持ちよくさせてから全財産没収させるような賭博場もあるからな。
血も涙もない天国から地獄への下り専用階段への扉が開かれなかったことに感謝しよう。
まあ、どうせ負けるのだろうが。
「よいしょ」
フランを真ん中にして俺とアマネは彼女を挟むように席に座る。
彼女の足が床につかずぶらぶらしているのが妙に印象的だ。
しばらくするとやってきたのは中肉中背の如何にもギャンブルが好きそうなオヤジだった。
無精髭を生やし、どかっと俺たちの対面に座る。
「おいおい。ここは子供の来る場所じゃないぜ?」
「忠告ありがとうございます」
店員によってシャッフルされたカードが配られる中、慣れた手つきでオヤジはそれを集める。
対するフランは手が小さいせいで集めることすらままならない。
俺はなんだか恥ずかしくなって席を立とうとすると、アマネにぐいっと腕を掴まれ止められてしまった。
『ちょっと、どこ行くのよ』
小声でやり取り。
『こんなくだらねえことに付き合ってられるか。俺はあっちのカウンターで酒でも飲んでる。お前らで勝手にしろ』
カウンター席ではギャンブルする男達をつまみに酒が飲まれていた。
俺もあっち側にまわりたい。
負けたやつを見て美味い酒を飲みたい。
その負けた奴がフランでも構わない。
むしろその方がいい。
『何言ってるのよ。私を一人にするつもり?』
懇願するような目をアマネは向けてきていた。
その後ろではゲームルールを説明されているフランがうんうんと頷いている。
『お前のスキルでも使って、相手を負けさせればいいだろ』
『そんなことしたら面倒なことになるわよ。大体こういう施設にはね、スキルを看破するスキルも持った人間が監視役として一人はいるのよ。そんなことも知らないの?』
(知るか)
そんなこと言ってる間にゲームがスタートしていた。
俺たちが小声で会話してる間に、オヤジとフランが睨み合いながらカードを切っている。
『このゲームだけでいいから、あなたも一緒に観戦してよ。負けた時に泣かれたら私一人じゃ困るわ』
チッと舌打ちすると俺は席に戻った。
しょうがない。
一回戦だけ一緒にいてやる。
フランの隣に座ると机の上に捨てられるカードを俺は眺めた。
そもそも俺はルールを知らないので観戦してても楽しめない。
こういう頭使うゲームは苦手なんだよ。
どっかでどれだけ人を殴れるかみたいな勝負が開かれてないものか。
もっと簡単で単純なものが。
そんなことを考えつつも、俺はフランとオヤジの顔、そしてゲームマスターの顔を見比べた。
ルールは分からなくても表情からどちらが優勢なのかくらいはわかる。
いつもの澄ました顔でカードを切るフランに対して、オヤジの方はわかりやすく焦っている。
首筋には汗が流れ、瞬きの回数が増える。
瞳孔は開かれ、息も荒い。
あ、息が荒いのは最初からだったか。
ゲームを進行するゲームマスターにも注目だ。
戦闘と同じ。
状況を俯瞰してみてる人間は、時に冷めた目を向けることがある。
結果が予想できているからだ。
そして今、その冷めた目はオヤジに向けられている。
「ゲームセット」
「クソッ!!!!」
ゲームマスターが告げると、オヤジはカードをばら撒くように机を叩いた。
直後、大人気ないなんて言葉はどこかに置いてきてしまったかのような剣幕でフランに近づこうとした。
「このガキッ!イカサマしやがっ——」
「あ゛?」
だから俺が睨んで黙らせた。
押し黙ったオヤジは舌打ちし、文句垂れながら席を後にする。
「やりましたよ怪物さん!二倍になっちゃいました!」
まさかこんなガキが初戦で所持金を二倍にするとは驚いた。
カウンター席で観戦してる奴らもどよめき始めている。
だが油断は禁物だ。
「ビギナーズラックってのがある。今回はたまたま運が良かっただけだろ。負けないうちに勝ち逃げするぞ」
早く帰りたかった俺はフランを説得した。
どんな賭け事も勝った時点で終われば金を失わなくて済む。
当たり前のことだが、大抵の人間はここで欲をかくから結果的に負けるのだ。
例えばこれが命を賭けた戦いだったら、負けた時点で次負けることはあり得ない。
だがギャンブルは何度でも負けられる。
俺にはこっちの方が余程残酷に思えるがね。
「次もいけます!そんな気がしますよ!」
だが俺の忠告なんてお構いなしに、フランは張り切っていた。
物珍しさからか、すでに彼女の対面には次の挑戦者が。
「一瞬で所持金が二倍よ二倍!フランちゃん次も頑張って!!」
いつの間にかアマネもその熱にほだされてやがる。
やはり碌なことにならなかったか。
「もう勝手にしろ」
呆れた俺はそのまま席を離れてカウンターまで歩いた。
興奮しているアマネに金を貸してもらい適当な酒を注文する。
俺が背中を向ける会場では、数分に一回のペースで誰かの悲痛な叫びが響いていた。
酒のつまみとしてはこれ以上ない光景。
俺も思わず喉を鳴らす。
酒が進む進む。
気がつけば何杯も飲んでしまっていた。
何杯目かも分からない酒を飲み干すと、カウンターから後ろを向いた。
(そろそろあいつらの悲痛な叫びが聞こえる頃か……)
が、俺の予想とは裏腹に。
アマネとフランが座る机の上には金が山のように積まれていた。
いや、本当に。
山のように積まれているのだ。
「は?」
俺は思わぬその光景に声を漏らした。
「いやー、あなたのお連れさん方強いですねー。今の所10連勝中ですよ」
カウンター内にいるマスターがジョッキを拭きながら俺に声をかけた。
なに?10連勝?
ビギナーズラックってのは有効期限が一日中だったか?
フランの席には溜まりに溜まった金を奪い取ろうと、また取り返そうと、長蛇の列ができていた。
「おいおい………」
ある意味めちゃくちゃ目立っていることに気がついていない2人を横目に、俺は酒を進めた。
「親父、もう一杯」
「はいよ」
その後、フランが負けることはなかった。
全勝だった。
フードを被った幼女が賭博場で大暴れしているという噂が広がり始め、酒場への人の出入りが増え始めたところで俺は頭を2人の頭を叩いて彼女たちを外に連れ出した。
俺が2人を抱えて連れ出すと、賭博場の男どもから俺の背中に罵声が浴びせられた。
俺が止めなければ2人は際限なく、明日を生きる金すらままならない男どもから有り金全部ぶんどっていたことだろう。
文句じゃなくて感謝しろよ馬鹿どもが。
「ほら、言った通りでした。やっぱり私は運がいいです!」
脇に挟んだフランがパンパンに膨れ上がった俺の財布袋を持ちながら言う。
金が増えたのはもちろん嬉しい、嬉しいのだが。
なんだ、この言いようのない感情は。
酒場から離れ、喧騒も聞こえないところまでやってきたので俺は抱えていた2人を降ろした。
フランはゆっくり、アマネは雑に。
「った!ちょっと!!」
文句を垂れながら着地失敗したアマネは膝を払う。
彼女は体勢を立て直すとフランに向き直って言った。
「ところでフランちゃん。その増やしたお金はどうするの?」
ちなみにフランが持ってる袋の中身は、今回の勝ち分の4分の1ほど、残りはアマネが持っている。
「うーん………」
聞かれたらフランは悩むような動作をしているが、既に使い道は決まっている様子だった。
周りをキョロキョロしながら何かを探しているように見える。
しばらく歩いていると目当ての場所を見つけたようだ。
「私、ちょっと行ってきますね」
彼女が向かった先は書店だった。
無造作な状態で店頭に本が並べられているタイプの古本屋。
目星をつけていたのか、積み上げられた本の中から迷いなく一冊の本を取り出した。
それを買ったフランはテクテクとこちらに戻ってくる。
「自分で稼いだお金で何かを買ってみたかったんです」
そう言った彼女の胸に抱えられた一冊の本。
表紙はボロボロで題名すらわからない、紺色が特徴的な古ぼけた本だ。
それでも手にしたということはすでに題名は知っていたのか、もしかしたら有名な本なのかも知れない。
それにしても自分で稼いだお金で何かを買いたいなんて変わってるな。
いや、子供はみんなそうなのか?
俺がガキだった頃は他人から奪った金で飯を食ってたものだが。
「二人共、帰りましょう」
黄色いローブについたフードの隙間から微かな白髪をほのめかす彼女。
そこに紺色の本が加わった。
ここ最近ではフランの後をついていくのが日課みたいになっていた俺たちは、その言葉に無意識的に従った。
その日の深夜、宿にて。
アマネはいつも通り少し離れた宿に泊まっている。
この部屋にはフランと俺だけだ。
俺は扉に寄りかかるようにして目を瞑っている。
足音がしたので目をわずかに開けると、眠そうな目をこすりながらフランのやつが俺の目の前に立っていた。
「起きてますか?怪物さん」
この時間にガキが起きてるなんて珍しい、と思いながらも俺は話すのが面倒なので無視を決め込むことにした。
今日のギャンブル騒動のことを少しは反省しろってんだ。
「まあ、起きてなくてもいいです」
そう言った彼女は暗い部屋の中、俺の目の前に座った。
どうやら勝手に話し始めるみたいだ。
俺が起きていることに気がついているのか、それとも気がついていないのか。
それはわからない。
「今日買ったこの本、小さいときに読んでもらったことがあるんです」
(今でも十分小せえだろ)
と、俺が内心ツッコミを入れると、ペラペラとページを捲る音が聞こえてきた。
古本特有の匂いがする。
「この国では有名な本なんです。小国であるこの国で生まれた勇者が、仲間と共に旅をして、名をあげて、功績を積み上げて、それでも最終的にはこの国に戻ってきて幸せな余生を過ごす。そんなお話なんです」
俺はそんな話聞いたことがなかった。
フランと一緒にいる期間を除いても、俺はこの国にはもう半年ほど滞在している。
他にも色々な国に行ったことがあるからわかるが、たしかにこの国は小国だ。
だからきっとその話には、資源が乏しい小国であっても勇者が生まれることはある、そしてその有能な勇者が戻ってきてくれるような良さがこの国にはある、みたいなよくわからない希望が込められているのかもしれない。
作者は余程の愛国者だな。
「でも私、このお話が好きじゃないんです」
ページを捲りながら思い出すように紙に触れるフラン。
俺もその意見には同意だった。
「だって、幸せな余生ってなんですか?パーティーメンバーである女の子と結婚して、故郷に戻ってただ生活するだけ。勇者ならもっとできることがたくさんあるはずなのに、どうしてこんな小さな国に戻ってきたりするのか意味分からないです。全然エキサイティングじゃないじゃないですか」
相変わらずフランの面白いの基準はエキサイティングかどうからしい。
でもそれならなぜそんな本を買ったんだ?
「まあそれでも、話の本筋とか結末は私にとってはどうでもいいんです。私が好きなシーンがあるんですよ、このお話には。だからこの本を買ったんです」
彼女は該当するページを探している。
お気に入りのワンシーンがあるだけで、物語の評価が変わるもんなのかね?
俺にはさっぱり分からなかった。
「あ、あった。これですこれこれ」
彼女は目を瞑る俺の顔の前にそのページをかざした。
細いペンで描かれた挿絵には四人の人間の後ろ姿と彼らに降りそそぐ雪が描かれていた。
「この国では滅多に雪が降りません。私も一度も見たことがないんです」
そうなのか。
確かに最近じゃちょっと肌寒くなってきたが雪が降る気配はまったくないな。
「だからこのシーンを読んだ時は感動しました。内容もセリフもよく覚えてないんですけど、それでも感動したんです」
感動の余韻を残すような表情で彼女は本を閉じた。
しばらく沈黙が続くと。
「怪物さん。ここから北にある大国ナムカでは雪がふるんですよね?」
「ああ」
「ならやっぱり、私は怪物さんに会えてよかったです」
薄暗い部屋を照らすような彼女の満面の笑みが俺に向けられていた。
「もう寝ろ」
「はい!」
立ち上がった彼女はトコトコとベッドへと戻っていく。
大国ナムカの本部に行く前に、雪が降りそうな地帯を横切るのもありかもな、なんて。
その時の俺は、どうしてだかそんなことを考えてしまっていた。
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